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第5話 護衛騎士ガルドの神対応!魔王様出張イベント大作戦

 朝日が昇る前、俺――ガルド=バーンは国境の森を駆けていた。


 昨夜、辺境の村から盗賊団の襲撃報告が入った。魔王様の治める領土で民を脅かす不届き者がいるなど、騎士団長として見過ごせるはずがない。


「団長、こちらです!」


 部下の騎士が叫ぶ。俺たちは木々の間を縫って走り、盗賊たちの野営地を発見した。


「包囲しろ。一人も逃がすな!」


 低く命じると、騎士たちが散開する。盗賊は十数人。俺たち騎士団にとっては造作もない相手だ。


「な、なんだお前ら!?」


 盗賊の頭目が剣を抜くが、俺はそれを一瞥もせずに拳を振り上げた。


「魔王サリオン様の名において、貴様らを討つ!」


 ドラゴニュートの膂力を込めた一撃が盗賊のリーダーを吹き飛ばす。残りの盗賊たちも次々と制圧し、縄で縛り上げた。


「団長、全員確保しました。他国からの密入国者ですね」


「よし。城の牢獄に連行し、一人一人細かい罪状を確認しろ。その後、ラブリアに引き渡す」


「はっ。ではラブリア様に伝令を飛ばしますか?」


「そうだな。13人不届き者を送るから、"浄化"と"教育"を頼むと伝えてくれ」


 俺は連れてきた騎士の半分が盗賊たちを城へ護送するのを見送り、残りの騎士と共に周囲の見回りをしてから城へと戻っていった。


――

 城に到着すると、黒髪にメガネの秘書――ラブリア=ヴェルミリオンが立っていた。

「ラブリア。どうした?」


「会議室に来てちょうだい。緊急の四天王会議よ」


 城の奥にある小さな会議室。俺が扉を開けると、既にヴァレンとメルが席についていた。


「よぉ、ガルド。盗賊を捉えたんだろう?お疲れ様」

 ヴァレン=ナイトフォールが、今日は紫に輝く瞳をこちらに向けて笑いかけてくる。


「ガルド〜!今日もムキムキなのだ!」

 小柄なメルクリウス=ギアは、自分の寝癖を気にすることなく大きな椅子にちょこんと腰かけている。


 俺は目で挨拶すると席についた。それを見てラブリアが早速話し出す。

「さて、今日集まってもらったのは他でもない。魔王様の隣国訪問イベントについてよ」


「ああ、ヴェルディア自由都市連盟での美術館開館式だな」

 ヴァレンが頷く。


「そう。2週間後なんだけど、ちょっと気になることがあって……」

 ラブリアが資料を配る。そこには美術館の見取り図、魔王様が歩くレッドカーペットのルート、警備配置などが詳細に記されていた。


「美術館に入ってしまえば、関係者だけになるから安心なの。でも、竜篭を降りてから美術館の入り口まで、魔王様がレッドカーペットを歩くこの区間が問題よ」


 ラブリアの表情が真剣になる。


「自国のイベントと違って、他国のファンは規律が取れていない可能性がある。それに、わざわざ出張まで追いかけてくる熱烈なファンもいるでしょう」


「過剰な行動を取る可能性があるってことか」

 俺は腕を組んだ。


「そういうこと。だから警備が重要なんだけど……」

 ラブリアが俺を真っ直ぐ見つめる。


「力任せの警備だと、ファンを傷つける可能性もあるの。ガルド、あなたなら理解できるわよね?」


「む……」

 確かに、俺の体格と力では、少し押しただけでもファンが怪我をしてしまうかもしれない。


「魔王様を守りたい。でもファンも傷つけたくない……なかなか難しい注文だな」


「そこで、みんなで知恵を出し合いましょう」


「われに任せるのだ!」

 メルが手を挙げた。


「ファンが押しかけないよう、ふわふわで透明な柵を作るのだ!魔力で作った柔らかい壁なら、押しても痛くないし、透明だから視界も遮らないのだ!」


「それ、いいわね!」

 ラブリアが目を輝かせた。


「本来なら鎧の大男がずらりと並んでバリケードを作るところよ。それだと視界が遮られるし、圧迫感もある」


「確かに……俺たちが並ぶと、前列のファンなんかは見えないだろうな」

 俺は自分の巨体を見下ろして苦笑する。


「ファンと魔王様を隔てるものがないように見えて、実はちゃんと守られる。素晴らしいアイデアよ」


「えへへ〜♪」

 メルが嬉しそうに笑う。


「ただし」

 ラブリアが真剣な表情になる。


「魔王様のお声が聞こえるように、音は通すようにしてちょうだい。声が遮られたらファンは不満に思うわ」


「了解なのだ!音響透過性も計算に入れるのだ!」

 メルが勢いよく頷いた。


 その時、ヴァレンが腕を組んで首を傾げた。

「でも、ファンの声が大きくて魔王様のお言葉なんて聞こえないんじゃないか?」


 ラブリアの表情が曇る。

「確かにそうね。我が国のファンは教育が行き届いてるから静まるところは静まるけど……他国のファンはそうじゃないかもしれない」


俺は顎に拳をあて考えた。

「むぅ……俺が雄叫びで黙らせるか?」


「ダメなのだ!魔王様の優雅なイベントが台無しなのだ!」

 メルが慌てて首を横に振る。


「じゃあどうすればいいんだ?魔王様のお声を聞けないファンは不満だろうし、かといって力づくで黙らせるのも……」


 四人が頭を抱えた、その時。


「……手信号は?」

 ヴァレンがぽつりと呟いた。


「手信号?」


「ああ。俺が敵地に潜入して影と連携を取る時は、声が出せない状況や周りがうるさくても対応できるよう手信号で合図するんだ。何か視覚的に分かる合図とかいいんじゃないか?」


「手信号……」

 俺は金色の目を見開いた。


「そうか!騎士団でも戦場では旗信号を使う。声が届かない距離でも、旗の動きで指示を出すんだ」


「それよ!」


『パチンッ♥』 ラブリアが指を鳴らす。


「しっかりファンを"教育"できなくても、事前にちょっとした"訓練"ならできるわ。魔王様登場の前に、みんなに静かにする合図を教えておきましょう!」


「しかし、俺の手の合図で……数千人の群衆の後方まで届くだろうか」

 俺は自分の手を見つめた。


「なら、魔力で光らせればいいのだ!」

 メルが目を輝かせる。


「ガルドはドラゴニュート、炎の魔力を上手に使えるのだ!手から赤い光りを放てば、遠くからでも見えるのだ!」


「……なるほど」

 俺は拳を握りしめる。炎の魔力を手に集中させれば、確かに目立つだろう。


「よし、魔王様のために、やり遂げてみせる」


「ファンを()として()()んじゃなくて、()()として()()んだぞ」

 ヴァレンがにやりと笑う。


「ファンは魔王様を愛してる。ガルド、お前もそうだろ?」


「むろんだ!」


(そうだ……俺も魔王様のお姿を拝見する時は、一瞬たりとも見逃したくない。声だって、一言一句聞き漏らしたくない……)


「つまり、ファンが『魔王様をちゃんと見られる、魔王様のお声が聴ける』ように、俺が誘導すればいいんだな!」


「その意気よ!」

 ラブリアが満足そうに頷いた。


「ガルド、あなたなら必ずできるわ。魔王様のために、ファンのために、お願いね」


「ああ、任せてくれ!」


 俺は力強く頷いた。魔王様のため、そしてファンのため――騎士として、これ以上の任務はない。


「じゃあ、私は今朝捕まえてくれた盗賊たちの"浄化"があるから、行くわね♥ ふふ、忙しくなるわ〜♥」


 ラブリアが満足そうに微笑みながら立ち上がる。


「いつも思うんだが、『浄化部屋』では一体何が行われているんだ?」

 俺は以前から気になっていたことを口にした。


「みんなすごくスッキリした顔で出てくるから……()()ではないと思うのだ」

 メルも首を傾げる。


「30分ほどで澄んだ瞳になるんだよな……ヴァレン、お前は何か知ってるんだろ?」


 俺がヴァレンを見ると、彼は玉虫色の瞳を逸らした。


「あー、うん。あいつの固有能力だから他言はできないんだ……」


「むぅ……」

 やはり何かあるのか。だが、ヴァレンがそう言うなら、深く追求するのは野暮だろう。


「まあいい。結果的に犯罪者が更生してくれるなら、それでいいんだろう」


「そうなのだ!ラブの仕事は完璧なのだ!」

 メルが頷く。


「じゃあ、われは『ふわふわ★透明柵』を作るのだ!」


「俺は影と一緒に現地の下見をしてくるよ」

 ヴァレンも立ち上がった。


「俺は訓練を続ける。魔王様のために、完璧を目指す」


 こうして、それぞれが準備に戻っていった。



 そして二週間後――


 ヴェルディア自由都市連盟、中央広場。


 朝からすごい人出だった。広場を埋め尽くす数千人のファンたち。彼らの視線は全て、一点に注がれている。


 美術館へと続くレッドカーペット。


 その両脇に設置された『ふわふわ★透明柵』は、メルの自信作だけあって完璧に機能していた。柔らかな魔力の壁が、ファンたちとレッドカーペットの間に薄い境界を作っている。


 俺はレッドカーペットの中央に立っていた。


 魔王様がお乗りになる竜篭は、まだ到着していない。空の彼方から、ドラゴンに曳かれた豪華な篭に乗って降臨されるはずだ。その前に――俺がやるべきことがある。


「よし……」


 深呼吸をする。背筋を伸ばし、胸を張る。


 俺は両手に意識を集中させた。魔力をゆっくりと手に集めると、手が赤く輝き始める。


「ガルド、準備はいい?」


 耳につけた魔導通信機から、ラブリアの声が聞こえた。彼女は美術館の中で、全体の指揮を執っている。


「ああ、問題ない」


「俺も影を放って警戒してる。変な奴が紛れ込んでないか、常に監視中だ」

 ヴァレンの声も聞こえる。


「『ふわふわ★透明柵』も完璧に機能してるのだ!」

 メルの嬉しそうな声。


「じゃあ、始めましょう。ガルド――魔王様のために」


『パチンッ♥』


 通信機の向こうで、ラブリアが指を鳴らす音が聞こえた気がした。


 俺は群衆の方を向いた。数千の視線が、俺に注がれる。


(落ち着け、ガルド。お前は魔王様のために、ファンのために、ここに立っている)


 俺は大きく息を吸い込み――そして、吠えた。

「お前たち!!」


 ドラゴニュートの声帯から発せられる轟音が、広場全体に響き渡る。ざわめいていた群衆が一瞬で静まり返った。


 俺は炎の魔力を込めた手を高く掲げる。赤々と燃える手が、数千人の注目を集める。


「魔王様を崇拝しているか!?俺は崇拝している!!」

 俺は胸を叩いた。鎧が鈍い音を立てる。


「だからお前たちの気持ちは痛いほど分かる!!魔王様のお姿を一瞬たりとも見逃したくない。魔王様のお声を一言一句聞き漏らしたくない――その想い、俺も同じだ!!」


 集まった人の瞳が光を帯びる。そうだ、そうだ、という声があちこちから聞こえてくる。


「俺は警備する立場だが、お前たちと魔王様の間に立ちはだかりたいのではない!魔王様の安全、そしてお前たちの安全を守りたい!そしてできることなら――」


 俺は両手を大きく広げた。


「集まった多くのファンに、魔王様の勇姿をお見せしたい!魔王様のお声を、お前たち全員に届けたい!」


「おおおおおお!」

 群衆から歓声が上がる。


「だから――」

 俺は右手の人差し指を立てた。炎の魔力が一点に集中し、赤い光が空を指す。


「俺の言うことを聞けぇぇぇ!!」


「おおおおおおお!!」

 轟音のような歓声。俺の言葉を、真剣に聞こうとしている。


(いける……!)


 俺は深呼吸をして、声のトーンを少し落とした。


「魔王様が登場すれば、お前たちは魔王様への愛を叫んでしまうだろう。そうなれば魔王様の声が聞こえないかもしれない。それは望むところではない!」


 群衆がハッとした表情になる。


「そこで、魔王様がお声を発せられる瞬間、皆が拝聴できるよう静かにしてもらいたい。そのための合図を教えておく」


 群衆がごくりと息を呑む。


「いいか、まず練習だ!」


 俺は両手を高く掲げた。


「この合図が出たら――静粛!!」


 瞬間、数千人が一斉に口を閉じた。驚くほどの静けさが広場を包む。


「……素晴らしい」

 俺は頷いた。


「次だ。右手を前に突き出す――解除!歓声OK!!」


「うおおおおおお!!」


 今度は全員が声を上げる。統制の取れた、しかし熱のこもった歓声。


「いいぞ!もう一度!」


 俺は再び両手を高く掲げる。

 一斉に静まり返る広場。


 そして右手を突き出す。

「うおおおおおお!!」


 完璧だった。数千人が、まるで一つの生き物のように俺の合図に従っている。


「完璧だ!!」

 俺は拳を掲げた。


「お前たちは最高のファンだ!魔王様は必ずお喜びになる!!」


「おおおおおおお!!」


 割れんばかりの歓声。そして――


「ガルド、魔王様が到着されるわ」

 ラブリアの声が通信機から聞こえた。


 俺は空を見上げた。群衆もそれにつられて空を見る。遠くの空、雲の合間から――巨大なドラゴンが、豪華な竜篭を掴んで飛んでくる。


 竜篭がゆっくりと降下してくる。赤と黒の布で飾られた篭は、まさに魔王に相応しい威厳に満ちている。


 そして――竜篭がレッドカーペットの端に着地した。


 扉が開く。美しい銀髪を風になびかせ、赤い瞳で広場を見渡す。

 魔王サリオン様、降臨である。


「うおおおおおおおおお!!!」


 数千人の歓声が一斉に爆発する。地響きのような轟音が広場を揺らした。


 魔王様は優雅に竜篭から降り立ち、片手を上げてファンたちに応える。その仕草一つ一つが絵になる。


「魔王様ああああ!!」


「サリオン様ああああ!!」


 ファンたちの絶叫が止まらない。


 魔王様は悠然とレッドカーペットを歩き始めた。時折立ち止まり、左右のファンに手を振る。その度に歓声が大きくなる。


(完璧だ……『ふわふわ★透明柵』がなければ、今頃ファンが殺到していただろう)


 俺は魔王様の歩みを見守りながら、そっと拳を握りしめた。


 魔王様がレッドカーペットの中央――俺の前まで来られた。そして、立ち止まる。


 今だ!


 俺は炎の魔力を込めた両手を高く掲げた。赤々と燃える手が、数千人の視界に飛び込む。


 瞬間―― 数千人が一斉に口を閉じた。さっきまでの轟音が嘘のような、完璧な静寂。


 それを見て、ニヤリとした魔王様が、ゆっくりと口を開いた。

「この地の民よ、そして――我を慕ってくれる者たちよ」


 低く、響く美声が、静まり返った広場の隅々まで届く。

「よくぞ集まってくれた。友好の証として建てられる我が像、光栄に思う」


 魔王様の言葉が、一言一句、全てのファンに届いている。


「今日という日を、共に祝おう」

 魔王様がそう言って微笑まれた瞬間――


 俺は右手を前に突き出した。


「うおおおおおおおおお!!!」


 統制の取れた、しかし心からの歓声が空を震わせた。


 完璧だった。


 魔王様は満足そうに頷かれ、再びレッドカーペットを歩き始める。美術館へと向かう後ろ姿を、数千のファンが感動の表情で見送っていた。


――

**次回予告**

美術館でのセレモニーで事件発生!名画が魔王様に襲い掛かる!?


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