第4話 奇才天才!メルの発明は国を救う!?
魔王城の奥にある小さな会議室――「魔王様公式FC本部」で、自分の金髪を指にまきつけながら、四天王の残り3人を待っている。
われの名前はメルクリウス=ギア、みんなにはメルと呼ばれている。魔王サリオン様に仕える四天王の一人で、天才科学者である。
今日は新しい発明を持ってきたのだが、ちょっと思い入れのある品から思いついた発明なので早くラブリアに見せたかったのだ。複雑な魔法陣を刻んだ魔導装置を触っていると、ラブリアと出会ったあの日のことが思い出される――
**五十年前――**
人間の国、アルテミア王国の片隅にある古い塔。その地下室でわれは今日も研究に励んでいた。
人間の寿命では納得いくまで研究を続けることができないので、年老いてからは不死の研究に熱中していた。そして寿命の前に研究を完成させ、人の肉体は捨てて魂を人形に移し替えることに成功した。
われは死を克服した不死者、リビングドールとしてかれこれ30年、人目を忍んでここで研究を続けている。
この国は人族至上主義だ。生きた人形、しかも不死者なんて見つかったら大変なことになる。しかし研究には素材に魔石にと何かと金がかかる。われは発明品を細々と売って研究費を工面していた。
売れるものを作るために頑張るのか?いや、金が欲しいのではなくわれは認められたかったはずなのだ。なのにこの身体、こんな状況ではわれの発明を世に知らしめることも難しいだろう。
少女のような人形の顔はあまり表情を作れないが、今のわれは暗く沈んでいる。
部屋の中には発明品が所狭しと並んでいるが、どれも埃を被っていた。街では普通の人々が普通の生活を送っている。彼らには「普通じゃない」発明など必要ないのだろう。
(このまま引きこもって、誰にも理解されずに永遠を過ごすのだろうか……)
その時だった。
ガチャン!
突然、研究室の扉が勢いよく開かれた。
「うわあああ!?」
われが振り返ると、黒髪にメガネの地味な女が、巨大な鏡を担いで立っていた。
「失礼いたします」
女は丁寧にお辞儀をすると、鏡をずしりと自分の脇に置いた。
表面には複雑な魔法陣が刻まれ、周囲には魔石がびっしりと埋め込まれている、その鏡には見覚えがあった。
「そ、それはわれの『もうワードローブで悩まない★姿保存鏡』ではないか!何度も着替えなくても、一度姿を写して保存しておけばどんな雰囲気か確認できる画期的な商品……」
「そう、ではあなたがメルクリウス=ギアなのね。孤高のマッドサイエンティスト」
「な、なんだこいつ……この場所は誰にも知られてないはずだぞ!」
われは身構えた。だが、女の次の言葉は予想外のものだった。
「申し訳ありません。私はアークデモニア帝国の者で、ラブリアと言います。あなたの事は調べました。不死者であることも存じております」
「え?」
「あなたの素晴らしい技術を偶然拝見し、スカウトしに参りました」
「えぇ~!?」
ラブリアと名乗るメガネ女は、驚くわれを気にも留めず、姿保存鏡について語りだした。
「この魔法陣の組み方、魔石の配置、光学理論の応用……すべてが完璧。よくこれほど精密な術式を一人で組み上げましたね」
真面目な顔で鏡の縁に刻まれた複雑な文様を指差す。
「特にこの部分。大きな画像を極小の魔法に変換して保存する技術。過去に保存した画像を任意のタイミングで呼び出せる……これは応用次第で軍事利用も可能な高度技術です」
「ほ、本当にわかるのか?」
われは嬉しくなった。自分の発明を技術的に理解してくれる人に出会ったのは初めてだった。
「もちろんです。そして……」
彼女は『小さくなっちゃう不思議レンズ』をポケットから取り出した。これもわれが作ったものの売れなかった発明品だ。
「こちらの縮小レンズと組み合わせれば、携帯可能なサイズまで小型化できる。さらに魔石の品質を上げれば、より鮮明で安定した画像が……」
「確かに!そうなのだ!!」
われは興奮して立ち上がった。
「でも魔石が高くて……この国では良質な魔石を手に入れるのは大変なのだ……」
「それなら問題ありません」
ラブリアが微笑む。
「我が国では良質な魔石が豊富に採れます。研究環境もあなたのために整えましょう」
「そ、そんなことが可能なのか!?お前は一体何者なのだ!?」
「私は、アークデモニア帝国の王、魔王サリオン様の秘書を務めております。帝国の技術革新のために、今までにない奇抜な発想の科学者を探していました」
「魔王……様?」
われの表情が困惑に変わった。人間国では魔王といえば恐怖の象徴だ。
「どんな方なのだ?われは人間でも魔族でもなく、リビングドールだぞ。大丈夫なのか?」
「もちろんです」
ラブリアの表情が一気に明るくなった。
「魔王様は種族で差別をしない方。実力があればスケルトンだろうがスライムだろうが取り立ててくださいます」
ラブリアは姿保存鏡に魔力を流し込み操作した。すると鏡の表面に光が走り、やがて一人の男性の姿が映し出された。
銀髪に赤い瞳、完璧に整った顔立ち。深紅のマントを羽織った威厳ある姿------魔王サリオンその人だった。
「うわあああああ……!」
われは目を釘付けにされた。
「こ、これが魔王様!圧倒的に格好いいのだ。目が離せない!」
「そうでしょう!そうでしょう!!」
ラブリアが興奮して手を握る。
「この方を見てると、アイデアがどんどん湧いてくるのだ!」
「想像を掻き立てるでしょう!創作意欲が湧いてくるでしょう!!」
「す、すごい……こんな気持ちになったのは初めてだ……」
われの胸の奥で、何かが熱く燃え上がった。心臓はないはずなのに、胸が高鳴っている。
「魔王城で……科学者として……?」
「はい。どうでしょうか?」
われは迷った。人間国を離れることへの不安もある。だが------
鏡に映る魔王様の神々しい姿を見つめていると、心の奥から込み上げてくるものがあった。
この方のために何かを創りたい。この方の力になりたい。この方をもっと知りたい。
「……わかったのだ」
われは決心した。
「魔王城に行く。この方のために、最高の発明をしてみせるのだ!」
「素晴らしい!」
ラブリアが『パチンッ♥』と指を鳴らす。
「きっと後悔はさせません。魔王様もあなたのような才能を心から歓迎してくださるでしょう」
**そして現在――**
そうして、われは魔王城にやってきたのだ。
あれから五十年。魔王様の予算投入で城内に研究所ができて、たくさんの研究者仲間もできた。
魔導ネットワーク、スマホ、様々な魔導具……みんなで一緒に開発した。最高の環境、そして魔王様という最高の創作源……
その時、会議室の扉が開いた。
「あら、メル。今日は早いのね」
現れたのはいつも通り、黒髪を一つにまとめたメガネの女――ラブリアだった。
「われは、魔王様を輝かせるためにここにいるのだ!」
「ふふ、どうしたの?やる気に満ちているわね、メル」
そうこうしているうちに、ヴァレンとガルドも会議室に入ってきた。
それを見て、いつも通りラブリアが会議の進行をする。
「さあ、それじゃあ今日のFC会議を始めましょう」
「聞くのだ!今日は画期的な魔導装置を持ってきたのだ!」
われは机の上に置いた装置を、みんなの前に差し出した。
「なんだ?また新しい発明か?」
ヴァレンが玉虫色の瞳をキラキラさせながら机に身を乗り出した。
「今度は何を作ったんだ?」
大柄なガルドも興味深そうに覗き込む。
「ふふふ……今回の発明は、『姿保存鏡』を応用して作った『カメラ』、その逆転の発想でできたのだ!」
われは得意げに胸を張った。
「その名も……『魔王様お姿投影装置』なのだ!」
机の上に置かれたのは、人の頭ほどのサイズの魔道具だった。球体にはたくさんの目がついており、てっぺんには四角い水晶の板が刺さっている。
「これでいろんなところに実寸大の魔王様を投影することができるのだ!写真を撮ったり、一緒に並んだりもできる!」
「まぁ!素晴らしいわ!」
ラブリアが『パチンッ♥』と指を鳴らす。
「それだけじゃないのだ!魔王様を一度にたくさん出すこともできるのだ!」
「これがあれば、一度にたくさんのファンと写真が撮れるじゃない!ファンサが捗るわ!」
ラブリアは鼻息を荒くしている。
「へぇぇ~。俺は魔王様に変身はできるが、分身はできないからな……」
ヴァレンが感嘆の声を上げる。
「ウォッチャー・バットも良かったが、これはまた別次元の発明だな」
ガルドも唸った。
「でも、魔力の消費は大丈夫なの?」
ラブリアが心配そうに尋ねる。
「そこは問題ないのだ。実験してみようではないか!」
われは自信満々で魔道具の操作を始める。
「朝のうちに、魔王様にサンプルのお写真を撮らせていただいたのだ」
「な、なんですって!?」
ラブリアが身を乗り出す。
「じゃあ、本日のラフなお召し物の魔王様が出せるの!?はやくしなさい!」
「いったい何人くらい出せるんだ?」
ヴァレンが興味深そうに聞く。
「魔力を一気に込めればたくさん出せるのだ」
「じゃあ俺がやってみよう」
ガルドが立ち上がった。
「ぬぅうう~~~ふんっ!!!」
「ああ!待つのだ。まだ場所を指定してないのだ!このままじゃ見取り図をインプットしておいた城全体に……」
ブゥゥゥゥン!!! ピカーッ!!
大きな音と共に、装置が眩しく光を放つ。
その瞬間、魔王城のいたるところに魔王サリオンの投影が出現し始めた。廊下に、広間に、バルコニーに……数えきれないほどの魔王様が城を埋め尽くした。
「待って……無理ぃぃぃ~……」
会議室にも複数の魔王様が現れ、二体の魔王様に挟まれたラブリアが鼻血を出して崩れ落ちている。
「すごい!大成功なのだ!」
喜ぶわれを制止して、ヴァレンが慌てて言った。
「いやいや、大変だぞ!城の奴らが大混乱するだろう」
「確かにそうなのだ。この水晶板の地図に記されているところにいるから、消して回るのだ」
装置のてっぺんに刺さった四角い水晶板には城の見取り図が浮かび上がり、複数の光点が表示されていた。
「消すとはどうやるんだ?必要な呪文か何かがあるのか?」
ガルドが尋ねる。
「魔法でできた風船みたいなものなのだ。魔力でちょっと攻撃したら弾けるのだ!」
「ダメよ!魔王様に攻撃なんて!!できないわ」
ラブリアが鼻血を拭いながら叫んだ。
「あれ?投影の魔王様、消えてってるのだ」
水晶板を見ると、光点がいくつか消え始めている。
その時、ヴァレンが城の見回りをさせている影から通信が入った。
「何だって?魔王様が突然城に湧いたと思ったら、どこかから出てきた刺客が攻撃して、魔王様が弾けて消えたって……」
「刺客!!」
四人は一斉に駆け出した。
城の廊下を走ると、黒装束の刺客が混乱した様子でたくさんの魔王様の投影に攻撃を仕掛けている。
「ま、魔王が……こんなにたくさん……!どれが本物なんだ!?」
刺客は必死に投影を攻撃しては、それが弾けて消えることに困惑している。
「侵入者だ!」
ヴァレンとガルドが同時に動いた。混乱に乗じて、あっという間に刺客を取り押さえる。
気絶した刺客を縄で縛りながら、ガルドが呟いた。
「やれやれ、結果的に刺客をおびき出すことができたが……」
「残りの投影はどうする?」
ラブリアが尋ねる。
「皆で協力して、魔力を込めた手でタッチして消して回ろう。攻撃じゃないからいいだろう?」
ヴァレンが提案した。
数分後、城中の投影をすべて消し終わった四人は、再び会議室に集まった。
「ふう……なんとか片付いたな」
ガルドが額の汗を拭う。
「今まで通りパネルでいいんじゃないか?」
ヴァレンが苦笑いを浮かべた。
「で、でも!技術的には成功なのだ!魔道具本体で消せるように改良すれば~~」
せっかくうまくいったのに…われは必死に弁解した。
「そうね、メル。確かに素晴らしい技術よ」
ラブリアが優しく諭すように言った。
「ただ、戦いの目くらましとか……使いどころはちょっと検討しましょう」
刺客も捕まえ時間もだいぶ過ぎていたので、今日の会議はお開きになり、各々部屋に帰っていった。
◇ ◇ ◇
俺は玉座に座り、ウォッチャー・バットから送られてくる映像を眺めていた。
城に大量発生した俺の投影、そして混乱する刺客、慌てる部下……おそらくメルの発明の試験か何かだろう。あの小さな科学者は、いつも俺を楽しませてくれる。
「ふふ……メルの発明は相変わらず面白い。しかも、投影の精度もなかなかのものだ……」
俺はふと面白い悪戯を思いつき、廊下へと向かう。
(そろそろラブリアが部屋に戻るはずだ。驚かしてやろう)
彼女が通るであろう廊下に、まるで立体写真のように微動だにせず佇む。投影と同じポーズ、同じ表情で――。
カツン、カツン。
廊下に足音が聞こえてきた。俺は動かずに、赤い瞳だけでそちらを捉える。スーツ姿の秘書がこちらに向かって歩いてくる。
「あら……まだ残ってたのね」
ラブリアが俺を見つけた。予想通り、投影だと思っているようだ。
「すごい……素晴らしい出来だわ」
彼女は本物だと気づかず俺に近づいてきた。
「私の部屋に持って帰れないかしら……フェロモンが留まるところを知らない……いい匂いがする気がする……」
そう言うと俺の前で立ち止まり、全身を眺めた後、うっとりと顔を近づけた。
(ほう……どこまで近づくつもりだ?)
俺の胸元が開いた服、そこから覗く素肌へ顔を寄せてくる。鼻先が触れるかというところで、俺は笑いを堪えきれずに声をかける。
「ふふ、ラブリア。そんなに俺は魅力的か?」
「ふぇ……!??」
ラブリアの表情が凍りつく。
「え? え? えええええ!?」
慌てるラブリアの顎に指を添えて囁く。
「投影は喋らないぞ?」
「ま、ま、魔王様!? ほ、本物……!?」
彼女の顔はみるみる真っ赤になり、眼鏡が曇り始めた。
「本物なら部屋に持って帰れるが、どうする?」
「ち、違います! あれは、その、魔王様の魅力を研究したいという意味で……!」
両手で顔を覆い、いつになく焦っている。
「はは……からかいすぎたか」
俺は目の前で小さくなっている秘書の頭にぽんと手を置いた。
「も、も、申し訳ございませんんんん~~」
ラブリアは顔を真っ赤にしたまま、深々とお辞儀をした。
(まあ、たまにはこういう息抜きも悪くない)
普段はすまし顔で表情を変えない彼女の、意外な一面を見ることができた。俺は何とも言えない満足した気持ちでその場を後にした。
――
**次回予告**
魔王様、隣国へ訪問!荒れ狂う他国のファンに、護衛騎士ガルドが神対応!?
感想やブックマーク、評価での応援が励みになります!
応援よろしくお願いします★