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第3話 ファン熱狂!魔王様ライブ(講演会)

アークデモニア帝国の首都では、二か月に一度の「魔王様定期講演会」(通称:魔王様ライブ)が開催される。


 他国では、王や皇帝が人民の前に姿を現すのは年に数回程度。それも厳重な警備に囲まれ、遠く離れた場所から拝謁するのが精一杯だ。ましてや直接お声を聞けるなど、夢のまた夢である。


 だが、この国は違う。


 魔王サリオンは定期的に人民の前に現れ、国政について語り、時には個人的な質問にまで答えてくれる。その理由を魔王様本人は「優秀な統治者なら人民の声を聞くのは当然」だと考えているが——実際は、四天王が仕組んだ「公式推し活イベント」なのである。


 信仰や忠誠といった求心力より、さらに能動的で創造的な「推し活」こそが、この世界で最も強力な力の源になる。そしてそれを最も理解している四天王たちは、今日もまた魔王様を世界最強の存在にするべく、裏で奔走していた。


――

「ラブ様!物販の準備が整いました!」


 城の会場に隣接する広間で、ハーレムの女性の一人——ダークエルフのセレナが駆け寄ってきた。深緑の髪に褐色の肌、そして何より目を引くのは彼女の服装だ。


 魔王様の肖像がプリントされたTシャツに、「MY LORD SARION♥」と書かれたハチマキ、さらには魔王様の紋章をあしらったはっぴまで羽織っている。完全武装とはまさにこのことだ。


「ご苦労様、セレナ。みんなの準備はどう?」


 私、ラブリア=ヴェルミリオンは手にしていた売上予測表から顔を上げた。下がっていた眼鏡をぐいと押し上げて、入場待ちの長蛇の列を見やる。今日は特別に忙しい一日になりそうだ。


「はい!滞りなく。売り子のみんなも気合い十分です」


 セレナの後ろから、兎人族のリリアと魔族のマリアが顔を覗かせる。二人とも同じような魔王様グッズで武装している。


「あ、ラブ様!」

 リリアが長い兎の耳を揺らしながら手を振った。


「メル様が開発されたペンライト、本当にすごいです!触っただけで魔王様への"想い"がたぎるような……」


「それよ!」


 私はパチンッ♥と指を鳴らした。メルが開発した"想い"増幅グッズは、単なる記念品ではない。持つ人の「魔王様への愛」を効率的に魔王様の力に変換する魔導具なのだ。


「今日のメイン商品、魔王様の瞳の色をイメージした赤のペンライト。想い増幅率120%の最新作よ」


「120%!?前回のアミュレットが112%だったのに、また更新したんですね」

 マリアが驚きの声を上げる。


(メルいい仕事しすぎ!!! 技術進歩で魔王様強化、これぞ理想の推し活ッッッ!!! 最高の貢献!!!)


「じゃあみんな、物販は任せたわよ。魔王様のために、売って売って、売りまくりなさい!」


「はい!ラブ様!」


 三人が声を揃えて返事をする。現在ハーレムにいる十人の女たちは、魔王様ライブでは売り子として活動している。もちろん売上は国庫に入り、魔王様と国のために使われるのだ。表向きは国家事業だが、実際は最高の推し活イベントである。


 その時、廊下の向こうから地響きのような足音が聞こえてきた。


「ラブリア」


 現れたのは、2メートルを超える巨体の騎士団長——ガルド=バーンだった。普段は堂々としているガルドだが、今日は何故かそわそわと落ち着きがない。


「どうしたの、ガルド?そんなに慌てて」


「その……今日のオープニング、大丈夫だろうか……」


 ガルドの金色の瞳に、珍しく不安の色が浮かんでいる。


 実は今回の講演会では、特別な演出を予定していた。戦いの前に士気を高める他国の舞踊「ハカ」を参考にした、騎士団による雄叫びパフォーマンスだ。これはFC本部——つまり四天王会議で企画されたものである。


「大丈夫よ、ガルド。あなたの号令ひとつで、会場の熱気は最高潮に達するはず。魔王様の登場を最高に盛り上げる大事な役割なのよ」


「うむ……魔王様のためなら、俺は何でもする。だが、あの大勢の前で声を張り上げるのは……戦場とは違うからな」


 戦場では百戦錬磨のガルドも、エンターテイメントは苦手分野のようだ。


「心配いらないわ。騎士団のみんなも練習してるでしょう?」


「ああ、一カ月前から毎日練習している。足を踏み鳴らし、槍を地面に打ち付け、『サリオン!サリオン!』の大合唱……最初は恥ずかしがっていた部下たちも、今では気合い十分だ」


「それなら問題ないわね。あなたたちの熱意が観客に伝わって、きっと素晴らしいオープニングになる」


 私がそう言うと、ガルドの表情が少し和らいだ。


「そうだな……魔王様のためだ。必ず成功させる」


「その意気よ!」


 そうこうしているうちに、開演時間が近づいてきた。城の外では早朝から並んでいた人々が続々と会場に押し寄せてくる。ガルドの部下である騎士たちが手慣れた様子で列整理を行い、会場はあっという間に満員になっていく。


 物販ゾーンでは魔王様グッズが飛ぶように売れている。特に今日のメイン商品である赤いペンライトは完売寸前だ。


(よし順調!!! さすが魔王様大人気!!! 今日も大成功確定ッッッ!!!)


 会場は円形闘技場になっており、客席にも闘技場にも人がぎっしりと詰めている。闘技場を一望できる塔の中腹に魔王様のステージが設置され、その下にはガルドたち騎士団がパフォーマンスの準備で整列していた。


 私は魔王様が立つ予定の特設舞台の脇で、最終確認を行う。音響や照明を制御する魔導装置をいじっているメルの方に目を向けると、準備万端とばかりに頷いてくれる。


 ヴァレンは影を放って会場の隅々まで監視している。魔王様に害をなすものがいないか、各所で確認を行っているのだ。その連絡を受けて一人でぼそぼそと呟いていたが、私と視線が合うと親指を立てて見せた。


 時間も丁度良い。魔王様をお迎えに行こう。


 魔王サリオンは玉座に腰かけて今日のスピーチ内容に目を通していた。今日のお召し物は深紅と黒の光沢のある生地でできた軍服風のジャケット。胸元から肩にかけて精緻な金糸の刺繍が施され、銀のチェーンとブローチが威厳を演出している。


(魔王様の正装凛々しすぎ無理ッッ!!! 魅力がバグってる!!! 待て待て落ち着けラブリア、本番前だぞ冷静に!!!)


「魔王様、そろそろ始まります」

「ご苦労。では、行くとするか」


 魔王様は優雅に立ち上がると、私と共に会場へ向かった。


 舞台裏に到着すると、既に会場では壮大な音楽が響き始めていた。魔王様楽団の演奏だ。


 そして——


「グオォォォォーーーッ!!」


 ガルドの力強い雄叫びが会場に響き渡る。続いて騎士団精鋭たちが足を踏み鳴らし、槍を地面に打ち付けながらリズムを取り叫ぶ。


「闇に跪け、我らが王〈サリオン〉!」


「血も魂も、王に捧げよ〈サリオン〉!」


「魔王サリオン様に栄光を!!!」


 観客席からも声が上がる。


「サリオン!サリオン!サリオン!サリオン!」


 騎士団と会場のサリオンコールが最高潮に達した時、魔王様が舞台に姿を現した。


「うおおおおおお!!」


 地鳴りがするほどの歓声が響く。赤いペンライトの光が海のように揺れて、まるで会場全体が生きているかのようだ。


(きたァァァこの瞬間ッッ!!! 魔王様登場の感動ッッッ!!! みんなの想いが魔王様に一直線ッッ 飛んでけ飛んでけ!!!)


 観客たちの熱狂的な想いが目に見えない力となって魔王様に向かって流れ込み、魔王様のオーラをより高めているのがわかる。


 やがて魔王様が片手を上げると、数千人の観客が一斉に静まり返った。圧倒的なカリスマによる完璧な統率力だ。


「我が民よ」

 低く響く美声が会場に響き渡る。魔力に乗せた声は、マイクなど使わずとも会場の隅々まで届いた。


「今日もよく集まってくれた。まずは我が帝国の近況から話そう」


 魔王様の声に合わせて、舞台脇の巨大な石壁に魔導プロジェクターによる映像が映し出される。帝国の全体図や各領地の様子が美しく表示され、誰にでもわかりやすい。


「西のクルミール山脈で新たな鉱山が発見された。そこで採れる金属は魔導具の材料として極めて優秀だ。ドワーフたちには大いに頑張ってもらいたい」


 観客席のドワーフたちが雄叫びを上げる。


「国家事業は軒並み成功してるなぁ!さすが魔王様!」

「魔王様のために、腕が鳴るぜ!」


 観客席から感嘆の声が上がる。我が国の民は行儀がよく、聞くところは静かに拝聴し、盛り上がるところはちゃんと沸く。まさに理想的な国民ファンだ。


「また、遠方の海洋国家との貿易において、ついにドラゴン輸送の許可が下りた。これまでより遥かに短時間で交易が可能になり、我が国の発展はさらに加速するだろう」


(抑揚ある声ヤバッッ耳が幸せ!!! 一言一句全部聞き逃したくない!!!)


 私は舞台脇で魔王様の横顔に見惚れながらも、次の資料の準備を怠らない。


「そして今日は、新たな政策を発表しよう」


 魔王様の声が一段と力強くなる。会場の空気が一気に引き締まった。


「魔導技術の発展に、国家予算を大幅に投入する。メルクリウスを筆頭とする研究陣には、さらなる技術革新を期待している」


 観客席から「おおお!」という感嘆の声が上がる。魔導技術の発展は、民の生活向上に直結する政策だ。


「また——」

 魔王様が意味深な笑みを浮かべる。会場が息を呑んで次の言葉を待った。


「近々、俺自身が各地方を視察する予定だ」


 瞬間、会場が沸き立った。

「きゃぁぁああああああ!!!」


「魔王様が地方に!?」


「私たちの街にも来てくださるの!?」


 城の外で魔導放送を見ている民衆も、ラジオの向こうの人々も、きっと今頃大興奮しているだろう。


(サプライズ大成功ッッッ!!! 魔王様ツアーとか全国のファン発狂案件ッッ!!! 狂喜乱舞不可避!!!)


 興奮がようやく収まったところで、魔王様が再び口を開いた。

「さて、今日も民の質問に答える時間を設けよう」


 それを聞いた私は、事前に選別しておいた質問票を手に、舞台前方へ進み出た。政治的なものからプライベートまで、バランスよく選んでおいたものだ。


 実際に魔王様に質問ができるかもしれない、読み上げてもらえるかもしれないという期待、会場のわくわくがこっちにまで伝わってくる。魔王様は威厳のある声で、時に冗談も交えながら答えていった。


 そして——


「次の質問は……」

 私は質問票を見て、思わず微笑んでしまった。


「『ぼくはおふろが苦手です。魔王様はお風呂は好きですか?』犬系獣人族、7歳のジャッジくんからです」


 会場がほっこりとした笑い声に包まれ、魔王様の表情も政治を語る時とは全く違う優しいものに変わる。


「風呂は大好きだぞ。良い男は清潔感があっていい匂いでないといけない。俺のように、匂い立つようないい男になれよ」


「きゃー♡」


 会場が一気に沸く。普段の威厳ある魔王様と、子供に優しく語りかける魔王様のギャップに、観客たちは完全にノックアウトされていた。


(ギャップ萌え!!! 政治の顔→子供に優しい顔、振り幅エグすぎ!!! だから魔王様から目離せないッッ尊い!!!)


 質疑応答も終わりに近づき、会場の熱気はますます高まっていく。そしてついに——フィナーレの時間がやってきた。


 イベントも終盤になると、観客たちの熱狂的な想いの力で、オーラが見えるほど魔王様のパワーは漲っていた。


「お前たちに祝福を与えよう!!」


 その瞬間、ガルドの部下たちが複雑な術式を刻んだ魔導大砲を舞台に運び込んできた。「サリオン砲」と呼ばれるこの魔道具は、講演会のラストお決まりの演出になっている。


 魔王様がその魔導大砲に手を翳すと、夕陽のようなオレンジ色の魔力が渦を巻いて集まっていく。


「いくぞ!」


 サリオン砲から放たれた魔力は、空高く舞い上がって巨大な花火となって花開いた。カラフルな光が空に舞い、やがて魔力の欠片となって会場全体に降り注ぐ。


「きゃー!」


「魔王様の祝福よ!」


 観客たちは必死に手を伸ばして魔力の欠片をキャッチしようとする。その祝福はささやかなもので、少し元気になったり前向きになったり、ちょっといいことがあったりする程度。


他国の神のように特別なものにだけ与えられる強い祝福・恩寵ではないが、弱くてもみんなに平等に行き渡らせたい魔王様の方針に沿って四天王が生み出した仕組みなのである。


(これよこれッッ理想形ッッッ!!! 魔王様の優しさと愛、少しでも感じたらまた推せる!!! 永久機関すぎる!!!)


 降り注ぐ魔力の欠片の中で、赤いペンライトを振る観客たちの姿は、まるで星空のように美しかった。


――

 講演会が終了し、観客たちが満足そうに帰路につく中、私たち四天王は例の会議室に集まっていた。


「お疲れさま〜」


 最後に現れたのはヴァレンだった。警備の任務を終えて、魔王様を居城に送り届けた彼は、少し疲れた様子だが表情は晴れやかだ。


「今日のガルドのパフォーマンス、めちゃくちゃ迫力あったな!SNSのトレンドも『#魔王様講演会パフォーマンス』が1位になってるぞ」

ヴァレンがスマホを見せてくれる。


「俺の写真もアップされているのか…何だか恥ずかしいな」

 そう言いながらも、ガルドは誇らしそうな表情になった。


メルも目を輝かせて話に入ってきた。


「『サリオン!』の合唱とペンライトの相性も良かったのだ!それに、想い増幅率120%の効果がばっちり出ていたし、魔王様のパワーめちゃくちゃ上がってたのだ!」


「そうね、私も肌で感じたわ。イベント開始時と終了時では、魔王様のオーラが段違いだった」


 四人で顔を見合わせ、満足そうに頷く。

 今日もまた、愛する魔王様を少しでも強く、そして民を幸せにすることができた。これ以上の喜びはない。


「さあ、次回の企画会議を始めましょう。魔王様のために!」


 推し活に終わりはない——私たちの愛と情熱も、また然りである。


――

**次回予告**

奇才天才!メルの発明は国を救う!?


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