第2話 最強の四天王は、魔王様ファンクラブを運営する
魔王サリオンは玉座に座り、定例の報告を受けていた。窓から差し込む光が銀髪を神々しく輝かせている。今日は深紅のベルベットマントに金の刺繍が施された正装——まさに魔王の貫禄を示すお召し物だ。
(今日も魔王様尊い!!! 光に照らされた顔ッッ神々しすぎ!!!深紅で白肌際立ちすぎ、このコーデ優勝ッッッ!!!)
私、ラブリア=ヴェルミリオンは内心で魔王様に悶絶しながらも、表面は完璧な秘書として控えていた。
謁見の間には、私を含めアークデモニア帝国の四天王が勢揃いしている。月に二度の定例報告会——魔王様に直接各部門の状況をご報告する、重要な会議の日だ。
まず最初に、大柄な体躯の男が足音高く進み出た。
「魔王様!」
力強い声と共に片膝をつくのは、騎士団長ガルド=バーン。2メートルを越える巨体に、赤い鱗が肌に浮かび上がり、後ろに反り返る角が威圧感を醸し出している。金色の瞳に赤い髪——まさに竜の血を引くドラゴニュートの特徴そのものだ。
私はガルドと魔王様を交互に見て目を細めた。
(ガルド今日も熱血ッッ!!! あの真っ直ぐな瞳ッッ忠誠心ダダ漏れ!!!漢すら惚れさせる魔王様最高ッッ熱ッッッ!!!)
「魔王様、国境警備の報告を申し上げます。東の国境にて不審な越境者集団を発見、これを撃退いたしました。その他は軽微な諍いの仲裁のみ。王都は至って平和でございます」
「ご苦労だった、ガルド」
続いて、猫のようにしなやかな動きで進み出たのは、桃色の髪の青年——ヴァレン=ナイトフォール。玉虫色の瞳がキラキラと輝いている。
「魔王様、お疲れ様です!」
ヴァレンの顔を見て、思わず私の頬が緩む。
(その眼差しッッ羨望すぎわかる!!! 圧倒的カリスマを前に憧れ隠せてないッッいい顔してる!!! 雌ゾンビども※がサリヴァレ推すの納得ッッッ!!!)
「影を放って隣国の動向を調べて来ました。人族至上主義のグランディール聖王国は、信仰力の低下により聖王の弱体化が著しく、その他は変化なしといったところです」
「流石だなヴァレン。良い情報だ」
「はっ。ありがたき幸せ。魔王様、近々影武者として俺が必要な日はありますか?」
「そうだな、明日は休日にしたい。1日代わってくれるか?」
「承知しました!」
ヴァレンがシェイプシフターの能力を活かして魔王様の影武者を務めていることは、極秘中の極秘だ。この場にいる四天王以外で知っているのは、魔王様本人だけ。完璧に魔王様の姿に変身し、政務の代行まで行う——それだけの信頼を魔王様から寄せられているのだ。
そして三番目、とことこと小さな足音を響かせながら進み出たのは——
「我が主よ〜! メルクリウス=ギア、参上なのだ〜!」
金髪碧眼の人形のような少女——メルクリウス。人形のように可愛いのではなく、実際に体は人形だ。魂を人形に移した不死者、リビングドール。
「魔王様! 監視用ゴーレムの小型化に成功したのだ!」
メルが差し出したのは、手のひらサイズの蝙蝠のような魔法生物だった。
「ウォッチャー・バットなのだ! 今までの目玉ゴーレムは大きかったけど、錬金術で蝙蝠と魔物の目玉を合成したら、こんなに小さくできたのだ!」
「ああ、あれはスケルトンの頭くらいのサイズがあったからな。廊下を転がって移動するのも邪魔だったんだ」
魔王様の明るい顔を見て私も嬉しくなる。
「これなら天井に取りつくから邪魔になりませんし、諜報にも使えそうですね」
メルの目がさらに輝く。
「そうなのだ!音もなく空を飛べるし、伸縮性もあるから、ちょっとした隙間にも入れるのだ」
それを聞いて魔王様もにこりとする。
「メル、よくやった。引き続き面白い発明を見せてくれ」
(メル心臓も体温もないのに高揚してんのエモ!!! 魔王様のために創作する喜び、推しの役に立ちたい気持ち……わかりみしかない!!! 痛いほどわかるッッッ!!!)
最後に私が前に出て、膝をついた。
「魔王様、内政および外交関係の報告です。各領地からの税収は順調で、フェルナンド王国との貿易協定も有利な条件で更新できる見込みです」
「問題ないようで何よりだ。して、近々なにか催しはあったか?」
「はい。月末に、協定を結んでいるヴェルディア自由都市同盟への親善訪問があります。新設される美術館の開館式セレモニーへの参加です」
「俺の像が設置されるんだったか……ちゃんと美しく仕上がってるんだろうな?」
「もちろんでございます!!最高の彫刻家に作らせ、私も何度も現地に赴き確認いたしました」
「なら、安心だな」
「ヴェルディアにとっても、わが国にとっても、素晴らしい催しになるでしょう」
「よし。お前たち全員、実に頼もしい」
サリオンは満足そうに頷き、そして——その赤い瞳に、深い感慨を込めた光を宿した。
「お前たちを取り立ててよかった。俺の見立ては間違いなかった」
その瞬間、私の胸が熱くなった。きっと他の三人も同じだろう。
私たちは皆、それぞれ違う経緯で魔王様に拾われた。種族も出自も能力も全く違う。だけど、一つだけ共通していることがある。
——魔王様のために世界を征服し、魔王様を世界の覇者にする——
この世界では、多くの国が種族至上主義だ。人間の国では魔族や獣人は迫害され、エルフの国では他種族は二等市民扱いされる。だけど魔王様の治めるこの国、アークデモニア帝国は違う。
魔王様は、種族や身分で判断せず、すべてを受け入れてくれる。部下として迎え入れる際も、能力と人となりを公平に見てくださる。
権力や領土を巡って世界は戦争や侵略が絶えない。けれど、魔王様が世界を征服すれば平等で平和な世の中になるはずだ。
(いや違う、私たち全員ただただ魔王様が好きすぎる!!! 世界の王に君臨させたい!!! 世界丸ごと献上したい!!! 魔王様が統べる世界見たいッッッ!!!)
「さて、今日も皆よくやってくれた。下がってよい」
魔王様の一言で、私たちは席を立とうとした。その時——
「ああ、そうだヴァレン」
「はい、魔王様。何でしょうか?」
「ちょっと疲れたから、その……撫でさせてもらえるか?」
ヴァレンは目を輝かせ、淡い光に包まれながらピンク色の毛玉のような愛らしい猫へと姿を変える。魔王様の膝元にすり寄ると、幸せそうにゴロゴロと喉を鳴らし、その美しい手に身を委ねた。
私たちは魔王様とヴァレンを残して、謁見の間を後にした。
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城の奥にある小さな会議室。ここは表向きは「四天王専用会議室」だが、実際は私たちの裏の会議室——「魔王様公式FC本部」でもある。
私とガルド、メルの三人が既に席についていると、ヴァレンがにこやかな顔で入ってきた。
「お疲れさま〜」
私は腕組みをしてヴァレンを睨みつけた。
「あんた、何ホクホクしてるのよ!ずるいわ。その変身能力」
「しょうがないだろ?魔王様は覇気が強すぎて、普通の動物は逃げ出しちゃうんだから。アニマルセラピーも俺の大事な役目なんだよ!」
「われもホムンクルスを献上したのだが、『死体で作ったやつは何か違うし、臭い』と返されたのだ〜」
メルが残念そうに呟く。
「ぐぬ……俺にもふさふさの毛があればよかったのだが……」
ガルドまでもが羨ましそうに呟いた。
「まぁいいわ。じゃあ、今日も『魔王様公式FC会議』を始めましょう」
私は溜息をついた。
「今日の魔王様もとても素敵だった……あの深紅のマントがお似合いで」
「ああ、報告を受ける時のあの堂々としたお姿……」
ヴァレンも目を輝かせる。
「魔王様のパワー、また強くなってる気がするのだ」
メルが呟いた瞬間、四人の空気が変わった。
「そう、私も感じてる。最近の魔王様、前よりもオーラが強い」
「戦闘でも、以前より力が増してるように見える」
「私たちの活動が、しっかり実を結んでいるということね……」
私たちは顔を見合わせた。そして、その答えを知っている。
この世界の真理を――
この世界では「信仰心」や「忠誠心」、また「愛情」や「感謝」などの『求心力』が、その『惹きつける者』の力になる。神と崇められる者は信仰心を、王は忠誠心を糧にパワーを増し、強くなっていくのだ。時には「畏怖」という手段でパワーを得ている支配者もいる。
主のパワーを強くするための手段は様々で、信者の祈りを促したり、教えを説いて布教したり、善政を敷いて人民に称えられたり、圧倒的な力で恐れ敬わせたりという活動を、各国が日々行い、主の、国の力を強くしているのだ。
しかし、私たちは魔王様の愛ゆえにそれ以上の方法にたどり着いた。
魔王様への「推し活」——それは能動的で、創造的で、何より熱量に満ちている。
「魔王様が好き」
「魔王様を応援したい」
「魔王様を多くの人に知ってもらいたい」
「魔王様の役に立ちたい」
「魔王様がもっと愛されるように」
そんな“想い”と“想いを伴った活動”こそが、従来の信仰システムを遥かに超える力を生み出すのだ。
そしてそれを最も深く理解しているのが、私たち四天王なのである。
「つまり、われらの推し活こそが、魔王様を最強にしているのだ!」
メルが興奮して立ち上がった。
「ああ。だから俺たちは『魔王様公式FC』を本格的に運営していく必要がある」
ヴァレンが頷く。
(魔王様は仕組み知らない、でもそれでいい!!! 細かいこと気にせず己の強さと美しさ信じてる魔王様ッッ!!! これこそ至高ッッッ!!!)
私は立ち上がって宣言した。
「さぁ、私たちの本当の仕事を始めましょう。敬愛する魔王様を世界最強の存在にするために!」
※雌ゾンビ=この世界の腐女子の意
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**次回予告**
最高に盛り上がる「魔王様ライブ」!公式イベントの裏側で四天王たちは暗躍する
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