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第11話 雌ゾンビ(腐女子)の危機!?魔王様のご趣味♂♀は如何に

 夜の宴の間は、熱気と酒の香りに包まれていた。


 年に二度ほど行われる、お城の大規模な飲み会。魔王様が気楽にわいわい楽しみたいという理由が発端だが、全職員を労う行事──という建前だ。


実際のところ、四天王だけでなく事務官に騎士、研究者にハーレムの女性たちまで、城に勤める者およそ八十人が集まるお祭り騒ぎである。


 魔王様の配下、四天王の一人であり魔王様の影武者を務めることもある俺、ヴァレン=ナイトフォールも今日ばかりは仕事を忘れ、酒を片手に笑っていた。


「ヴァレン。楽しんでいるか?」


 その時だった。魔王様の低い声が耳を打つ。


 振り向くと、そこには深紅のシャツを開けた胸元を見せる魔王サリオン様が、まさに絵に描いたような美しさで立っていた。


「魔王様!」


 心臓がドクンと跳ねる。反射的に立ち上がると、魔王様は片手を上げた。


「いや、座っていろ。こういう時ぐらい堅苦しくなくてもいいだろう」

 そう言いながら、魔王様は俺の隣に座った。いや、座るというより身を寄せるように。


(近い……!)


 普段、謁見の間では魔王様と距離を保つ。秘書のラブリアや騎士団長ガルドですら、そこには常に、主と従の間に引かれた一線がある。だが今は違う。肩が触れんばかりの距離。夕方に纏った香水の香りが、酒の香りとまじって鼻をくすぐる。


「飲んでいるか?ヴァレン。あぁ、杯が空だぞ」


 魔王様は俺のそばに置いた陶杯を手に取り、するりと酒を注いだ。その所作一つ一つが優雅で──


(か、かっけぇえええ~~~~!!!)

 つい口から出そうになる率直な感嘆を飲み込んだ。


「魔王様に注いでいただけるなんて!光栄ですっ」

 俺は照れ笑いを浮かべながら盃を受け取った。


「さぁ、どんどん飲め。俺のペットは酒が強かったか?」


 魔王様は片方の口角をあげて微笑む。シェイプシフタ―の能力で猫に変身している時と同じような、可愛がるような目で見られて何ともこそばゆい。


「ふふ、いい飲みっぷりだ。俺も飲もう」


 俺が懸命に盃を飲み干しているのを見て、魔王様もぐいと酒を煽った。それを見て俺もすかさず魔王様の盃に酒を注ぐ。


 他愛無い会話と共に、酌をし、酌をされ、が繰り返され……


 何度目かの一杯を終えたとき、魔王様は俺の肩に腕を回した。


「ん゛ん゛っ!!!──」


 心臓が止まりかけた。


 肩越しに、魔王様の横顔が見える。赤い瞳は酒で薄っすら潤んでいて、長い睫毛が影を作っている。そして、その横顔の美しさ。


(ま、魔王様が……近い!!!)


 魔王様は何も言わず、自分の盃から飲む。その時の首筋の線、喉元の動き、全てが色っぽくて──


「ヴァレン、お前は実によく仕えてくれている」


「え……?」


 不意に声がかかった。


「あの日ラブリアに言われて、気分転換に旅芸人の一座を見に行った訳だが、お前を見つけられてよかった。お前と出会ったのはまさに運命だった」


「魔王様……俺の方こそ、魔王様に見出していただいて感謝しています。魔王様に尽くすのは当然です」


「そうだな。さすが俺様だ」


 笑う。ナルシスティックで、でも自信に満ちた、そして何処か孤独を感じさせない、完璧な笑み。


(やばいやばいやばい!魔王様の色気の暴力!!!男の俺でもヤバイこれは!!!)


 心臓がドクドクと高鳴っている。背中に回された腕の温度が妙に意識される。魔王様のお顔が、酒の酔いと共に、妙にドキドキと心を揺さぶってくる。


 さらにほろ酔いでいつもより饒舌になった魔王様が、俺の桃色の髪を指にくるくると絡めながら呟く。


「俺のかわいいピンクの子猫……」


 その瞬間、俺の顔が沸騰して湯気が噴き出した。いや、真っ赤になってしまった顔を見られないように、瞬時変身してしまったのだが、うっかりやかんになってしまい、文字通り湯気を噴き出したのだ。


「はっはっは!猫だと言ってるのに、何でやかんなんだ。さては酔っているな?」


 やかんと化した俺を楽しそうにちゃかす魔王様を見て胸をなでおろす。しかし、一部始終を熱い視線で見つめている奴がいる事には微塵も気づいていなかった。


◇ ◇ ◇


 私、ラブリア=ヴェルミリオンは、テーブルの端で酒盃を手に、会場全体を眺めていた。


 秘書の仕事としては、こうした宴でも「何か問題がないか」を見守るのが役目である。だが内心は──推しである魔王様のお姿をなるべく多く拝見したいという気持ちが占めていた。


(今日も最高に素敵ぃぃぃ!!!深紅のシャツが肌の色に映えすぎ!バラ花が擬人化したのか???)


 ため息が出そうになるのを堪える。メガネを調整し、プロの秘書として表情を保つ。


 なぜか私に纏わりついているハーレムの女子の相手をして、顔を魔王様に戻した時、彼がヴァレンに酒を飲ませている様子が目に入った。いつになく気楽で楽しそうな魔王様を見ていると思わず笑みがこぼれる。


(サリヴァレきたぁぁぁああああ!!!わかる、ヴァレンはイケメンだけどかわいいタイプ。からかいたいの激しく同意!!!魔王様の意地悪な顔最&高!!!)


 猫姿のヴァレンによるアニマルセラピーを定期的に堪能している魔王様だ。その延長のようなところもあるのだろう。しかし、人の姿で肩を抱く様子は禁断の香りがする。


(ダメよ。ラブリア、叫んじゃだめ!!!いつもより密着してるぅぅぅ、写真撮りたいぃぃぃ!!!ヴァレンの緊張してるような照れてるような顔も何よあれ!!!合掌!!!)


 次の瞬間私は目を見開いた。魔王様が指で彼の髪を弄び、愛おしそうに何かつぶやいている……


(な、ん、だ、と!!???口の動き、ちゃんと読み取れなかったけど……『かわいい』とか『子猫』とか言わなかった???)


 対するヴァレンはというと……顔を赤らめ、目が潤み、恋する乙女のような顔になって……

やかんに変身した。


 私は見逃さなかった。変身前の刹那、平常心を保てなくなったその顔は―


(ヴァレン!!!落ちた???落ちたの!!??堕ちたの!!??)


 心の中で雌ゾンビ度が一気に跳ね上がる。


(ふ、ふふふふ……!!!やかんに変身して逃げてもダメよ!!!魔王様のカリスマに憧れている、いつもの羨望の顔じゃなかったわ。お仲間ね♥ようこそ魔王様沼へ……)


 眼鏡の奥で目が光る。心の中は悶絶しているが、表面は平静を装う。


(サリヴァレすぎる光景!!!ファン歓喜だけど、夢女子とか別カプ推しの人は死ぬわね。私だけの心に留めておきましょう。そしてヴァレンも注意しなきゃ。四天王が魔王様に恋慕なんて論外よ!)


 私は、理性で本心を封じ込めながら、やかんになったヴァレンを見て笑う魔王様を見つめた。と同時に、別の疑問が頭をもたげる。


(そういえば……魔王様のハーレムって、いつも女性ばかり採用していたわ。魔王様のあの行動……もしかして両方いける!!??そうよね、あり得なくはない!)


 その疑問を心の片隅に留めたまま、私は飲み会の後片付けに当たるのだった。


――


 翌日、魔王城の執務室。魔王様の机の横で書類整理をしていた私は、昨晩の疑問を改めて思い出した。


(あの時の魔王様、ヴァレンを可愛がるあの色っぽい仕草……。やっぱり、聞いた方がいいわね)


 私は決心を固めた。


「魔王様、少々確認したいことがあるのですが……」


「ん?何だ?ラブリア」

 魔王様は書類から顔を上げて、私に視線を向けた。


 私は秘書の顔で大真面目に話す。


「これまで、魔王様のハーレムには様々な種族の雌を集めておりました。が、もしかして雄もお好みなのではと思いまして。青年も準備いたしましょうか?種族や見目の好みなどありましたらお知らせください」


 あまりに唐突な提案だったのか、魔王様は驚きで椅子から飛び上がった。


「はぁあああ!??何を言ってるんだ!!??」


 魔王様は椅子に座り直すと、咳払いをして私に告げた。


「ラブリア。俺にそっちの才能はない。対象は女だけだ」


 ぶっきらぼうで、率直で、一片の疑問の余地もない宣言。私は自分でそれを聞いておいて、しばし固まってしまった。


(えっ!!!??魔王様はノーマルオンリー???サリヴァレはないの?えっっ?ええええええぇぇぇ~~~!!!聞きたくなかった。そんなはっきり!うぇえええええええええ~~~)


自分でも驚くほど、力のない声で告げる。

「え……えっと……今のは……聞かなかったことにしましょう……」


「なぜだ?ちゃんと言ったぞ。本当のことだ」


 魔王様は首を傾げた。まるで、なぜ秘書がそこまで動揺するのかわからないという表情で。


「それを……公式が認めたら……」

 私は小さく、しかし必死の表情で呟いた。


「国中の雌ゾンビが死にます……!!!」


「どういうことだ???」

 魔王様はますます首を傾げた。


 私は深く息を吸い、もっともらしい理由を探してゆっくり口を開く。


「こ、こほん。いいえ。えーー……」


 心のダメージは置いておいて、秘書らしく、プロフェッショナルに、言葉を選ぶ。


「魔王様は懐が深く、種族問わず博愛される尊きお方です。今どきは様々な種族間、性別間の愛の形がありますし……恋愛対象のような細かいことをおっしゃらない方が、魔王様らしいというか、より魅力的ですので公にはせず、私の心の中に留めておきます」


 私は完璧に言い繕ったが、心の中では泣いていた。


(ひぃぃ~~~ん、サリヴァレないのか……悲しみ、泣きそう。でもこの傷は私だけで十分。腐った仲間は救って見せる!!!)


 魔王様はしばし沈黙したが、やがて──ふふ、と笑った。


「はぁ、俺の発言が下々に与える影響は大きいということか……。全てを愛する存在、か、そうしておくのも悪くない……」


 そう言った魔王様は、自分の美学を嚙みしめるようでいて、どこか寂しそうだった。


「さすが、いと尊きお方。さすが、魔王様でございます。では、ハーレムは現状通りで……」


(あぶない……あぶない……本当に、あぶなかった。もし『俺は男に興味ない』なんて公式に宣言されたら、サリヴァレ同人誌即売会が……地獄絵図……)


 ゾクゾクと背筋が寒くなる想像。


(本当、推しのご趣味って、ファン活動には直結するんだから……)


 すると魔王様が何か思い出したかのように、今度は私に尋ねてきた。


「ハーレムで思い出したが、ラブリア。えー、何だったか、お前が女たちを研修しているとかどうとか……」


 あまりに唐突な問いかけに、今度は私が飛び上がる。


「ふぇ!?あ、あぁ~~~、そうですね。毎回面接と、魔王様の素晴らしさなどをプレゼンしております!」


 私も焦っているが、問いかけた魔王様もなぜかドギマギしている。


「そうか。それは興味があるな。座学だけ……なのか?その、閨の実践的な研修などは……い、いや、何でもない」


(ちょ、ちょ、ちょっと待って!!!魔王様、何が言いたいの?私の研修について、あの娘たちうっかり話したのかしら……)


 魔王様には、私の過去のことや、サキュバスと魔族のハーフということを話していないので、見た目から魔族だと思われているはずだ。だから、精気吸収や魅了の事はもちろん、"浄化"や"教育"、ハーレムの新人の"研修"など、裏で行っている黒い仕事、いや桃色の仕事について、魔王様は全く知らないのである。


 冷や汗が止まらない私と、何故か少し顔を赤らめている魔王様。部屋には微妙な沈黙が流れている……


――

次回予告

城の兵士Aと濃厚なキスをしていたら、魔王様に問い詰められた件


いつもご読了ありがとうございます!


この度、作品の管理と連載ペースの効率化のため、

『推しは俺様魔王様!』をカクヨムでの連載に一本化させていただきます。


これまで応援してくれた皆様への感謝を込めて、

カクヨムではさらに推し活の世界を深掘りしていく予定です。


引き続きカクヨムでお会いしましょう!


▼カクヨムでの最新話はこちら

https://kakuyomu.jp/works/822139836680072775

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