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第9話 四天王ヴァレンの諜報活動、疲れた夜を癒すのは…?

注)今回は多少の百合要素が含まれます

 石造りの神殿に、朝の光が差し込んでいる。


 俺、ヴァレン=ナイトフォールは、一般人の姿でグランディール聖王国の大神殿に潜入していた。茶色い髪に地味な服装、どこにでもいる平凡な若者の姿だ。シェイプシフターの能力は、こういう時に本当に便利だ。


 大神殿の内部は、圧倒的な荘厳さに満ちていた。天井は見上げるほど高く、白い大理石の柱が整然と並んでいる。壁には聖王の偉業を描いた巨大な壁画が連なり、ステンドグラスからは七色の光が降り注ぐ。空気は香の匂いで満たされ、どこか息苦しい。


 周囲には数十人の信者たちが跪き、聖王への祈りを捧げている。


「聖なる王よ、我らに光を」


「人族に栄光を、異端に裁きを」


 整然とした祈りの声。だが――


(熱がないな)


 形式的で、義務的。まるで仕事のように祈りを唱えているだけだ。魔王様のライブで観客たちが見せる、あの熱狂とは全く違う。


 魔王様のファンは、心の底から魔王様を愛している。叫び、笑い、涙を流し、全身全霊で「推し活」をしている。その熱量こそが、魔王様の力になっているのだ。


 それに比べて、ここの信者たちは……


(祈りを「こなしている」だけだ。これじゃあ、聖王のパワーも落ちるわけだ)


 俺は他の信者たちに紛れて祈りの仕草をしながら、神殿の構造を観察した。正面には聖王の巨大な像が鎮座(ちんざ)し、その周囲を神官たちが警備している。


 奥には神官専用の通路があり、さらにその先には上層部の執務室があるはずだ。


 祈りの時間が終わり、信者たちが三々五々と神殿を後にする。俺もその流れに紛れて一度外に出た。


 神殿の裏手に回り、人目のない場所で姿を変える。


 茶色い髪が白に変わり、地味な服装が神官の白い法衣に変化する。顔つきも少し老けさせ、神殿で見かけた神官の一人の姿になった。


(よし、これでいい)


 俺は堂々と神殿の裏口から入り、神官専用の廊下を歩く。すれ違う神官に軽く会釈をすると、相手も僅かに頷いて通り過ぎていく。完璧だ。誰も俺を疑っていない。


 廊下を進み、上層部の執務エリアへと向かう。途中、いくつかの扉の前を通り過ぎ、そして――ある部屋の前で、俺は足を止めた。


 扉の隙間から、複数の声が聞こえてくる。


「……アークデモニア帝国の件だが」

「あの異端の魔王め。人族以外を受け入れるなど、神への冒涜だ!」


 俺はメルに借りて持ってきた携帯版ウォッチャー・バットをそっと放ち、扉の隙間から会議室の中を覗かせた。


 長いテーブルを囲んで、五人の高位神官が座っている。その中央には、金色の刺繍が施された豪華な法衣を(まと)った老人――大神官だろう。


「軍務卿からの要請はどうする?」


「例の軍備増強の予算か。奴は相変わらず戦を急いているな」


「魔王国への圧力を強めるべきだと主張しています。国境への兵の配置と、聖なる光の大砲の増産を求めていますが」


「ふむ……まずは予算を少し増やしてやれ。ただし、実際の行動は慎重にな。我々にはまだ準備が必要だ」


(……まだ時間はあるか)


 俺は冷静に会話を記憶していく。軍務卿の動向、予算の流れ――すべて魔王様に報告すべき情報だ。


「聖王陛下にも困ったものだ。」

 大神官が重々しく切り出す。


「民の信仰心が薄れている。聖王陛下の力は弱まるばかりだ」


「……ルシフェリオ陛下は、確かに血統は申し分ないが」

 別の神官が声を潜めた。


「どうしてもカリスマが足りない。先王のような威厳がない」


傀儡(かいらい)としては扱いやすいが、民を熱狂させる力に欠ける」

 大神官が苦々しく呟く。


「十二世陛下の『()()』は、少し性急だったかもしれんな……」


「しかし、今更どうにもならん。我々は今の陛下で何とかするしかない」


(……なるほど、そういうことか)


 俺は背筋が寒くなった。若き聖王は神官たちの操り人形で、しかも失敗作扱いされている。


「それに比べて魔王サリオンの人気には困ったものだ。純粋な信仰ではなく、興行のようなことで人気を集め、我が国にまで進出してきおって!」

 別の神官が憤慨したように叫んだ。


「あんな下品な文化が、我が国の若者たちにまで侵食している。神への祈りより、偶像崇拝(ぐうぞうすうはい)に夢中になるなど……」


「取り締まりを強化すべきです」


「ああ。密輸されている魔王サリオンの像や絵などはすべて没収だ。所持者は異端として処罰する」


 俺は内心でニヤリとした。これは興味深い情報だ。後で裏町を探ってみる価値がある。


「では、評議会会議はこれで終わりとする。各自、準備を怠るな」


 席を立つ気配を感じ、俺はウォッチャー・バットを回収して足早にその場を離れた。


――


 翌日、俺は再び一般人の姿に戻り、王都の裏町を歩いていた。


 表通りは整然としていたが、裏町は雑然としている。怪しげな店が軒を連ね、行き交うのは主に人間だが、たまに異種族もこそこそと人目を気にして歩いている。


 その中に、ひときわ目立たない小さな店があった。


 看板には「雑貨店」と書かれているだけ。だが、俺の影(諜報員の部下)が教えてくれた。この店が、例の「密輸魔王様グッズ」を扱っているらしい。


 俺は店に入った。薄暗い店内には、様々な雑貨が並んでいる。食器、布、装飾品――どれも普通のものだ。


 だが、店の奥。棚の影に、何かが隠されている。


「いらっしゃい」


 店主――小柄な老婆が、俺を見て警戒したような目をした。


「何か、お探しで?」


「ああ……」


 俺は店主に近づき、小声で囁いた。

「『特別な商品』はあるか?」


 店主の目が鋭くなる。

「……何のことだ?」


「魔王サリオン様の商品さ」


 俺がそう言うと、店主は一瞬驚いた表情を見せた。そして、周囲を確認してから小さく頷いた。

「……奥へ」


 店主に導かれ、俺は店の奥の小部屋に入った。


 そこには――


 魔王様のミニチュア像、肖像画、そして「MY LORD SARION♥」と書かれたバッジやキーホルダー。ラブリアやメルが作った公式グッズが、密かに並べられていた。


「どうやってこれを?」


「国境を越えて密輸する商人がいるんだ。危険な仕事だが、需要があるからな」


 店主が小声で答える。


「このご時世、聖王への祈りなんて形だけさ。若い連中は、もっと自由で楽しいものを求めてる。魔王様のような、カリスマのある方をね」


 その時、店のベルが鳴った。


「客だ。隠れててくれ」


 俺は部屋の隅に身を潜めた。


 店主が表に出ると、若い女性の声が聞こえてきた。


「あの……『特別な商品』、ありますか……?」


 緊張した声だ。きっと初めて来たのだろう。


「ああ、あるよ。奥へどうぞ」


 フードを被った女性が小部屋に入ってきた。緊張した様子の人間の娘だ。彼女は並べられたグッズを見て、目を輝かせた。


「これ……!魔王様の肖像画!」


 彼女は震える手で小さな肖像画を手に取った。


「魔王様……本当に素敵な方ですよね。先代の聖王様は少し怖くて、今の13代目聖王様は遠目にしかお目にかかったことがないんですけど、あんまり現実味がなくて……」


「そうさね。魔王様はそのお姿をたくさん見られるしねぇ。ちゃんとご本人の口から民に言葉をくださるからね」

 店主はうんうんと頷いた。


 魔王様を褒められて、俺は自分まで嬉しくなってしまう。


 女性は代金を払い、肖像画を大事そうに隠して店を出て行った。


 俺も店主に礼を言い、店を後にした。

(種は、もう撒かれているな…)


 俺はニヤリと笑った。


(あとは育てるだけだ。時が来たら、内側からこの国を変えてやる)


――


 1週間後、長かった潜入調査を終え、俺はアークデモニア帝国に戻っていた。


 城の中にある魔王様の執務室に向かうと、魔王サリオンが書類に目を通している。


「魔王様、グランディ―ル聖王国への潜入調査より戻りました」


「ああ、ヴァレン。待っていたぞ」


 俺は跪き、グランディール聖王国での諜報内容を報告した。軍務卿への予算増額、神官たちの不穏な動き、そして聖王が傀儡である事実――詳細に報告した。


「ふむ……やはり、向こうは内部で揉めているか」

 サリオンは冷静に頷いた。


「当面は大規模な侵攻はなさそうだが、油断はできんな。ガルドに警戒態勢の維持を指示する」


「はい。それと……」

 俺は裏町での出来事も報告した。


「魔王様関連の商品が密かに我が国から密輸されておりました。魔王様のファンが密かに増えているようです」


「ほう?」

 サリオンの赤い瞳が興味深そうに輝いた。


「聖王国にも、俺のファンがいるのか。嬉しいことだ」


「はい。魔王様の善政を褒めたたえておりました。移民も増えるかもしれませんね」


「なるほどな。ラブリアにも伝えておけ」


 サリオンは満足そうに頷いた。


「ヴァレン、流石だ。よくやった。しばらく休んでいいぞ」


「はい、ありがとうございます」

 俺は頭を下げた。


(魔王様に褒められると……やっぱり嬉しいな)

 緩んだ口元を隠しながら、俺は玉座の間を後にした。


――


 その日の夕方。魔王城の奥にある小さな会議室――「魔王様公式FC本部」に、四天王が集まっていた。


「お疲れ様、ヴァレン」

 魔王様の秘書、ラブリア=ヴェルミリオンが、いつもの真面目な表情で俺を迎えた。


「潜入調査はどうだった?何か掴んだのか?」

 騎士団長、ガルド=バーンが力強い声で尋ねる。


「われも聞きたいのだ!」

 科学者メルクリウス=ギアは、目を輝かせ、身を乗り出していた。


「ああ、色々収穫があった。詳しく話す」

 俺は席につき、今回の潜入調査で分かった内容を皆に報告した。


 軍務卿の動きを聞いたガルドが、拳を握りしめる。

「戦争をしたがっている奴がいる……そして軍備増強か。警戒が必要だな」


「それはそれとして……」

 ラブリアの目が鋭く光る。


「聖王国の内部に、もう魔王様のファンがいるなんて、ムネアツね。彼らを増やせば、内側から国を崩せるんじゃないかしら」


「なるほど……」

 ガルドが唸る。


「つまり、戦わずして勝つってことか」


「その通り。魔王様は圧倒的に強いけど、暴力による征服はお好みではないのよ」


 メルが勢いよく立ち上がった。

「われに任せるのだ!より小型で精密な魔王様グッズを開発するのだ!」


「小型?」


「そうなのだ!大きな肖像、大きな人形もいいけど、運ぶのが大変なのだ。もっと小さくて、隠しやすくて、でも魔王様の魅力がしっかり伝わるグッズ……!」

メルの目がキラキラと輝いている。


「さすがメル。だけどやっぱり魔王様は実寸大を隅々まで眺めたいわ」

ラブリアは悩ましい顔で真剣に考えている。魔王様のことになると誰よりも本気だ。


「この前の『魔王様お姿(すがた)投影装置(とうえいそうち)』、これを低出力で小型化できない?画像は固定で魔王様一人、キーホルダーくらいのサイズにできたら……」


「ラブは天才なのだ!いつでも等身大魔王様に会えるキーホルダー!!!」

 メルは机をバンッと叩いて立ち上がった。


「はは、それいいな!聖王国の紋章を(かたど)ったものにしてやろうぜ。逆さにしてボタンを押せば、魔王様登場だ!!!」

 俺は先日見た神殿協議会の老人たちの驚く顔を思い浮かべて笑った。


「しっかり種をまいて、向こうがしびれを切らしたころに、何か事件を起こしましょう。傀儡の聖王……ここに付け入る隙がある気がするのよね」

 ラブリアが悪い顔をしている。こうなったらあらゆる謀略(ぼうりゃく)を企てて聖王国を侵略してしまうだろう。


「……それはそうとして、今はガルドに引き続き注意しておいてもらいましょう」


「ああ、もちろんだ。任せてくれ」

 ガルドが力強く頷いた。


「われは、キーホルダーの開発に取り掛かるのだ!早く作りたい!もう解散でいいのだ?」

 メルがそう急かすので、今日の会議はお開きとなった。


――


 会議室を出ると、俺はラブリアに近づいて声をかける。明日は休みだ。会議も終わったし、彼女も夜は時間があるはずだ。


「よっ、お疲れ。ラブリア」


「お疲れ様、ヴァレン。1週間の潜入に長旅、大変だったでしょう?」


 疲れた気配を感じ取ったのか、少し心配した顔で俺を見ている。確かに今日は長い一日だった。諜報活動から帰ってすぐ魔王様に報告をして、すぐさま会議をして……


「ああ、そうだな。だけど明日は休みだ。お前も休みだろう?どうかな、一緒に酒でも……グランディール聖王国の神殿にあった高級酒をちょろまかしてきたんだ」


「ちょっと、私がお酒を飲んだらどうなるか、知ってるでしょう!?」

 ラブリアが目を丸くする。


「サキュバスの衝動がうまくコントロールできなくなったら、()()()どころの話じゃないの。今まで酔っぱらって、一体何人()()()()()きたと思ってるの?」


 俺はニヤリとして彼女の腰に腕を回す。

「だからさ、酔わせたいんだって……」


 彼女は一瞬、眼鏡の奥の瞳を細めた。そして――俺の意図を理解したようだ。


「ふふ……そういうことね。いいわよ♥」


 そう言うやいなや、彼女から何とも言えない香りが放たれる。普段抑えていたフェロモンを解放したのだろうか、俺は正気を保つのがやっとだった。


 サキュバスの血を引いてるラブリアは、定期的に精気を吸う必要がある。そして俺はハーフサキュバスという絶妙な存在(通常のサキュバス相手ならば、精気を吸われすぎて事後の喪失感がすごいが、彼女のその辺の調整は完璧だ)によって、極上の体験を提供してもらえるのだ。


 お互い忙しい身で恋人も作れないため、ちょうどいい夜の相手。いわばこの関係は精気フレンド、()()()とでも呼べばいいか……。


 俺たちは少し周りを気にしながら、触れるか触れないかの距離で並んで廊下を歩いた。静かな夜の城。誰も通らない廊下。


 静寂が気恥ずかしくなって、俺は冗談っぽく言った。

「……魔王様に変身してやろうか?」


 しかしラブリアは即座に答えた。

「却下。ありえない」


「え?」

 あんなに魔王様が好きなのに、即答とは驚きだ。


「魔王様を(かて)にするなんて、そんな気はないの」

 彼女の声は、はっきりしていた。


「魔王様は『推し』。私にとって、特別な存在。だから、そういう形で消費するつもりはない。夜の相手ならあなたの方がいいわ」


「……そっか」

 俺は自分で提案しておきながら少し安堵した。


「それに……」

ラブリアが振り向いて俺の瞳をのぞき込む。

「あなたの瞳は好きよ。アレキサンドライトみたいにいろんな色をしてる……」


 眼鏡の奥の色っぽい眼差しに、俺はドキッとした。

(そういうとこなんだよなぁあああ~~~~~!!)


 部屋の前に着き、周囲を確認してから中に入る。ジャケットを抜いで髪を解くラブリア。彼女が魅了の効果を抑えるための眼鏡を外すと、俺の鼓動は激しく打ち始めた。


(くっそ!!普段の堅物風な見た目とのギャップがヤバイ……そして魔王様すら知らないその顔を俺だけに見せるっていうのがさらに……)


 俺だってそれなりにモテるし、経験が乏しいわけじゃない。しかし、魅力解放時の彼女の前では毎回童貞のように緊張してしまう。


 彼女が俺の隣に腰を下ろし、ふわりと髪の香りが鼻をくすぐった瞬間、もう俺は高級酒の事なんて頭になく、微塵も我慢できなかった。


――

次回予告

リビングドールの真骨頂!?メルのわがままボディは日々進化中!


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