第1話 推しが魔王様なんですけど!?
"想い"はただの幻想ではない。
これは、神への信仰も王への忠誠も、
"推し"への愛すらも――すべて"推し"の力になる世界のお話。
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赤い瞳が夕日に映える。
魔王サリオンは玉座に脚を組んで座り、銀髪を風になびかせながら臣下の報告に耳を傾けていた。長い睫毛に縁取られた赤い瞳は宝石のルビーよりも深く、整った鼻筋から薄い唇へと続く横顔は、まさに絵画のような美しさで——
(は??? 麗しすぎるんだが???)
魔王様の秘書を務める私、ラブリア=ヴェルミリオンは手でメモを取りながらも、視線は主であり生涯をかけた"推し"でもある魔王様に釘付けだった。
「魔王様、東のポルトス領からの税収報告です。前年比一割増となっております」
老練な財務官が私に書類を差し出す。私はそれを受け取り、内容を素早く確認してから魔王様に恭しく手渡した。
(待って待って待って、今の眉の動き天才すぎない???増収で喜んでるのに表情クールとか余裕ありすぎ惚れる!!! 指先エモ!!!所作全部神ィィィ!!!)
「よし、順調だな」
魔王様が満足そうに頷く。私は簡単な議事録を取り、その横に「ポルトス税収増加で魔王様ご満足♥」と書いた付箋を貼った。
続いて別の臣下が進み出る。
「魔王様、隣国フェルナンド王国からの親書が届いております」
「ふむ。ラブリア、読み上げろ」
私は臣下から親書を受け取り、封を開けて内容を素早く確認する。
「はい。貿易協定の更新についてのご相談です。現在の協定が来月末で期限切れとなるため、新たな条件での締結を希望している旨が記されております」
私は内容を要約して報告した。
「詳細は明日確認しよう。下がってよい」
サリオンの低く響く美声が謁見の間に響いた。その声は威厳に満ちながらも、どこか蜜のような甘さを秘めていて——私はその余韻に浸りながら、魔王様の本日のお召し物を再度確認していた。
今日は漆黒のタイトパンツスタイルに素肌×漆黒のコート。襟元のルビーが赤い瞳とマッチしている。そして脚を組む角度も美しい。私は退出する臣下たちにも気づかず、うっとりとそのお御足を見つめていた。
「ラブリア」
魔王様が私の名を呼んだ瞬間、心臓が跳ね上がる。
「はい、魔王様」
いつもの淡々とした口調で答える私。しかし心の中はとてつもなく騒がしい。
(またきたああああ!!!名前呼びいいいい!!!今日12回目ィィィ!!!)
本来なら悶絶しそうな出来事だが、顔に出すことはない。私のだらしないニヤけ顔で魔王様のご気分を害さないよう、表向きは冷静沈着な秘書を演じている。
「今日の予定はこれで終わりか?」
「はい。本日も滞りなく。お疲れ様でございました」
それを聞いてサリオンは優雅に立ち上がる。長い指が玉座の肘掛けから離れ、188cmの長身がゆっくりと伸び上がる様は、まるで彫刻が命を得て動き出したかのよう。その動作一つ一つが洗練されていて、まるで舞台を見ているような気分になる。
(所作完璧すぎ泣きそう!!! コート裾のなびき計算??? 存在が芸術ッッ魔王様という概念が優勝ッッッ!!!)
「さて、まずは食事だな。その後は俺のハーレムで夜を楽しむとしよう」
片方の口角だけを上げた、まるで悪魔のような艶然とした笑み。その表情に宿る自信と余裕、そして僅かな悪戯心が混じり合って——私の心は完全にノックアウトされる。
(その笑顔ッッッ!!! 悪戯っぽいのに品あり、危険な香り、全部盛りで完璧ッッ!!! 尊い、無理、死ぬ!!!)
「ラブリア。お前も来るか? 可愛がってやるぞ」
冗談っぽく誘うこんなやり取りも、もう何回目だろうか。疲れた私を気遣ってくださっているのだろう。主君の配慮に心が温まる。
(セクシー冗談エモ!!! 鼻血案件ッッ!!! ファンとして秘書として推しのハーレムには入れないけど、覗きポイント情報求ム!!! 見たい見たい見たい!!!)
そんな不埒な妄想を抱きつつも、私は淡々と首を横に振った。
「滅相もありません。私など魔王様の美しいハーレムに不釣り合いですし、何よりまだ仕事が残っています。どうぞ心置きなくお楽しみくださいませ」
「……面白くない奴め!」
サリオンは肩をすくめ、少し拗ねたような表情で出て行った。
扉が閉まった瞬間、私は深く息を吐いた。一人になると、さっきまでの緊張が一気に解ける。
(今日も美しすぎ優勝!!! このビジュ焼き付けて魔王様抱き枕とお休みしたい!!! あ〜〜〜幸せ!!!)
私は魔王様の玉座をさっと払い、サイドテーブルの位置を整え、今日受け取った書類の数々を持って自分の書斎へ向かった。
秘書としての表の仕事はこの辺でいいだろう。デスクトップ魔導デバイスを立ち上げ、いつものサイトを開く。
私の裏の仕事……それは「魔王様公式ファンクラブ」の運営である。管理画面を開き、本日二度目の投稿をする。お召し物については今朝投稿しておいたので、税収の件でいいだろう。
『ポルトス領の税収増加に、魔王様微笑!ご満足の様子♥』
そのように書き込んで投稿ボタンを押す。
いつもこのくらいの時間に投稿するので待っていたのだろうか、早速魔王様の熱狂的なファンや信奉者たちがコメントをする。
私も自分のスマート魔法通信機、通称スマホを取り出して個人アカウントからコメントを入れた。
『頑張ったポルトスの領主ナイスすぎる!!魔王様の微笑見たいィィィィ!!』
これでポルトス領の人民評価も上がりWin-Win(双方に利益あり)だ。
大事な仕事が終わって、一息つこうとしたその時だった。
ピアスを通じてアラートが聞こえる。張り巡らせた魔法の糸に何か引っかかったようだ。
城への侵入者の可能性が高い。
私は表情を引き締める。
(今月二回目ね……。推しの平穏乱す奴、速攻で始末する!!!)
魔王様ほどの影響力がある支配者は、他国から常に狙われている。国の侵略を目論む者から、美しい魔王様を我が物にしようという不届き者まで、その理由は様々だ。もちろん、ご本人でも充分に対処できるだろう。だが私は、少しでも魔王様の平穏を守りたい。
部屋から出て音もなく闇に紛れる。夜の廊下を忍び足で進んでいると、どこからともなく馴染みのある声が聞こえてきた。
「よぉ、お前も来たのか」
振り向くと、夕暮れの雲のような淡い桃色の髪をした青年——魔王様の配下で暗殺や諜報を生業とするヴァレン=ナイトフォールが影から滑るように姿を現した。
緑とも紫とも言えない、角度によってその表情を変える玉虫色の瞳が暗闇の中で妖しく光る。
「魔王様を狙う不届き者は許さないわ。最優先事項よ」
「そうだな。敵は二人、こっちだ」
ヴァレンが促すのは上方向——石柱を登った梁の上だった。私たちは音もなく石柱を登り始める。ヴァレンの動きは猫のようにしなやかで、私も長年の訓練で身に付けた技術で彼に続いた。
石柱の彫刻の凹凸を利用し、指先と足先だけで体重を支えながら上へ上へと進む。梁に辿り着くと、そこからハーレムの一角を覗き見ることができた。
(待って、こんな最高の覗きポイントあったの!? こいつ隠してたな、許さん!!!)
私が睨みつけると、ヴァレンは困ったような表情でウィンクを返してきた。そして目で獲物を指し示す。長年の連携で、言葉は必要ない。
梁の上で身を潜めていた二人の暗殺者は、下のハーレムの様子を息を潜めてうかがっていた。一人は小型のボウガンを構え、もう一人は暗器を手にしている。魔王様の隙を狙っているのは明らかだ。だが彼らは、背後に迫る死の影に気づくことはなかった。
私とヴァレンは同時に動いた。私は暗器使いに、ヴァレンはもう一人に向かう。音もなく背後から襲いかかり、首筋の急所を正確に突いて二人の敵を気絶させる。
任務完了——のはずだったのだが……。
隙間から見える魔王様のセクシーな姿に、私の目は釘付けになってしまった。
(待って腹筋ッッッ!!! 露出ッッ神ッッッ!!! もう無理、尊い、死ぬ、生き返る!!!)
ハーレムの女性たちに囲まれたサリオンは、普段の威厳ある姿とは違った、艶やかな表情を浮かべている。コートを脱ぎ捨てた上半身は、まさに彫刻のような美しさで——
(ちょ待ってベルト外してる!? 脱ぐ!? ここで!?!? 無理無理無理ッッッ心臓止まる!!!)
私の鼻の奥がツンと熱くなる。これ以上見続けたら本当に鼻血を出してしまいそうだ。でも、でも!
「おい、行くぞ!」
ヴァレンが小声で私を呼んだ。だが私の足は地に根を張ったように動かない。
「ちょ、ちょっと待って!」
私は手でヴァレンを制する。
「もうちょっとで、“魔王様の魔王様”が!!!」
「馬鹿野郎!」
ヴァレンは呆れ果てた表情で私の腕を掴むと、有無を言わさず引きずっていく。
「あああ、せっかくの激レア映像が! 千年に一度のチャンスだったのに!」
「変態秘書め。見つかったらどうする!」
「でも〜〜〜〜〜!」
「ダメだ!」
結局、私は渋々とその場を離れることになった。だが心の中では、今夜見た魔王様の美しくきわどい姿を何度も何度も反芻していた。
(わかってる、覗きダメ絶対……でも妄想はセーフでしょ!? 脳内なら合法!!!)
「おい、お前よからぬ妄想をしてるだろ……」
ヴァレンに言われてドキッとする。
「う、ううん? とりあえず、こいつらに色々吐かせましょう」
気絶させた刺客を引きずって、二人は夜の闇に消えていった。
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**次回予告**
魔王サリオン配下の四天王見参!その裏の顔は……魔王様公式FCの運営チーム!?
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