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7.当然の帰結

 ・ベルティナ辺境伯は、皇都から「勉学のため」と追放された皇帝陛下(当時は皇子)を庇護し、決起の際には、陛下の一の家臣となった。

 ・戦の時、敵の凶刃に襲われた陛下をかばって、伯は亡くなった。

 ・陛下が、幼い遺児を手厚く遇するのは、亡くなった伯への恩返しの意味も含まれているのだろう。親を亡くした子への詫びのつもりなのかもしれない。

 ・娘も同じだ。父親が参戦していたことで、縁談が持ち込まれることもなく適齢期を過ぎてしまった娘。陛下はお優しいから、そんな娘を哀れんで皇妃に据えると言い出したんだろう。そうだ。そうに決まってる。でなきゃ、あんな年増の美しくもない平凡女を皇妃にするなんてありえない!


 ……そういうこと、らしい。

 

 「申し訳ありません、エナさま」


 なぜか、教えてくれたミリアが、櫛を置き、床に額づき謝罪する。


 「別にいいわよ、そんなぐらい」


 全然「そんなぐらい」じゃないけど、「そんなぐらい」ってことにしておく。

 夜、部屋に戻って。誰もいないことをいいことに、わたしの髪を梳いてくれたミリアから無理やり訊き出した情報。

 ようするに。


 あんな美人でもなんでもない年増で身分低い女を皇妃にって言い出したのは、亡くなった辺境伯への罪滅ぼしのためなんだろう。でなければ、あんな(以下略)を皇妃になさるはずがない。


 ってこと。

 まあ、的を得た推測よね。

 辺境伯ってのは、国家の辺境で夷狄と戦う存在なだけであって、軍事を司れるだけの身分があって、下手すりゃ中央の貴族よりも身分が高い――なんてのは、過去の話。こうして皇都に来てみれば、自分たちがどれだけ文明みたいなのから遅れてるのか、身にしみてわかる。「戦バカ」とか「田舎者」とか。そういうふうに思われても不思議じゃない。

 だからこそ、そんなところの女をなぜ皇帝は皇妃に選んだのか。

 わたしが田舎の掘り出し物、官能的な肢体を持つ絶世の美女だったとか、か弱く護ってやりたくなるような年下美少女とかなら、「うんうん、皇帝のお気持ち、よくわかりますぞ」になるけど。どこといって取り立てて褒めるところも見つからない、平凡年上女じゃねえ。こういう理由があったんじゃないかっていう、想像で無理やり皇帝の気持ちを推し量るしかない。


 行き遅れたわたしを哀れんで。父親の戦功に報いるために。

 

 ま、真っ当な推測よね。

 逆を言えば、それ以外にわたしを皇妃に選ぶ理由なんて、どこを探しても見つからないってこと。

 陛下はまだ十八。そしてなんてったって、この国で至高の存在。顔も体躯も遜色ない。性格だって悪くない(おそらく)。

 愛妾だって、皇妃だって。女性を選ぶになんの苦労もない、よりどりみどりな人。なんなら、毎日女をとっかえひっかえ抱いても、文句言われないだけの存在。(腹立つけど) もしかすると、「抱いていただき、ありがとうございますぅ」って感謝されるかもしれない。(殴り飛ばしたくなるけど)

 そんな陛下が、わたしなんかを「遊びで、一夜だけつまみ食い」したとかじゃなく、「皇妃に!」なんて言い出したら……。まあ、「なんで、どうして?」で、「たぶん、こういう理由じゃないか」って理由探しを始めて、「こういうことだろう。陛下はとても情に厚い、お優しい方だから」ってことで、疑問を解消するだろう。

 想像した答えを、噂として流して、話す側、聞いた側、双方互いに納得しあうんだろう。


 「ねえ、ミリア。もういいから、顔をあげてちょうだい」


 「よろしいの……ですか?」


 「別に。アナタが言いふらしてる噂ってわけじゃないだろうし」


 それに、ミリアはあそこでわたしが噂を聞くまで、ずっと黙っててくれていたし。きっと今までわたしだけが知らなかっただけで、噂は皇宮全体に広まっていたんだろう。それを、あえて今まで話さずにいてくれたミリアを責めるつもりはまったくない。むしろ、黙っててくれた優しさに感謝している。

 もし、わたしに対して額づく必要があるのだとしたら、それはミリアじゃなく、面白おかしく噂を笑って話してる連中だと思う。


 「あの、エナさま」


 ノロノロと立ち上がったミリアが言う。


 「噂はあくまで噂です。陛下の本当のお気持ちは、誰も存じておりません」


 つまり。

 噂どおりに、温情で皇妃に据えるつもりなのかどうかわかんないってこと?


 「でも、これはあくまで私見ですけど。陛下はエナさまを愛しておられるからこそ、皇妃になさりたいのだと。わたくしは、そう思っております」


 少し、いやかなり必死なミリアの言葉。

 お願い。噂よりも陛下を信じて。


 「……わかったわ」


 その真剣な熱情に、フウっと軽く息を吐き出す。


 「言いにくいこと、教えてくれてありがと」


 あの妹皇女が言い出さなかったら、絶対教えてくれなかっただろう噂の存在。こうして白状してくれたけど、ホントは、今でもわたしに知らせたくなかったんだろうな。

 お仕えする主人の悪い噂なんてものを、教えたくてウズウズしてる侍女なんていない。そりゃ、主人を嫌ってる、傷つけたいとか思ってたら、すすんで教えてくれるかもしれないけど。


 「わたし、そろそろ疲れたし、寝るわね」


 「エナさま……」


 「大丈夫。そんな気にしてないから」


 そう、気にしてない。だから、ニッコリ笑って、手をヒラヒラ振ってみせる。


 「夜も遅いし。ミリアも、もう休んで。明日もいろいろお世話してもらわなくちゃだし」


 「で、では……」


 「うん。おやすみ」


 「おやすみなさいませ」


 部屋の主でもあるわたしに、「休んで」と言われたら、ミリアはこの部屋を出ていかなくてはいけない。納得いってなくても、どんな気がかりがあっても。

 後ろ髪を目一杯引っ張られてるってふうなミリアが、それでも命令に従って部屋から出ていく。


 パタリ。


 静かに閉められた扉。

 遠のいていく足音が、夜の空気に吸い込まれるように消えていく。

 

 (……ハア)


 部屋に静寂だけが残ったことを確認して、笑みを消して、手を止める。

 目の前の鏡に映るのは、ミリアが梳いてくれたことで、ツヤツヤになったけれど、平凡茶色の髪を持つ、わたしの顔。塔に幽閉されてた時と違って、波打つように髪が広がってるからか、まっさらな絹の夜着を着せられているからか、余計に垢抜けない顔立ちなのが際立つ。


 (噂……ねえ)


 あんな年下の皇女が知ってるぐらい、皇宮のなかに充満してる噂。

 わたしとセランだけが知らなかった噂。

 陛下をかばって戦死した父への償い。セランの後見人になってくださったのも、わたしを皇妃にと望まれたのも。


 (全部、わかってたことじゃない)


 噂として聞かなくても。

 一人、ポツンと映る鏡を前に自答する。

 たぶん、おそらく、そうじゃないかって、自分でもわかってた。

 陛下より3つも年上。婚期を逃した女。皇都を遠く離れた辺境伯の娘。

 容姿だって、身分だって、年齢だって。

 なにもかもが、釣り合ってない。


 どうして陛下が、わたしを皇妃に選んだのか。


 それは、ずっとわたしも考えていた。

 陛下はまだ即位して日が浅い。

 幼い頃、皇都を離れて暮らしたこともあって、皇都に己の地盤のようなものがまだ存在しない。後ろ盾が乏しいのだ。

 後ろ盾を得ようと思ったら、婚姻が一番手っ取り早いけど、そうすると逆に妃の実家に牛耳られてしまう可能性もある。権力が妃の実家に一極集中しないようにするためには、対抗するだけの力を持つ貴族とも手を結ぶ必要があるけど、一夫一妻のこの国で、側妃を持つことは出来ない。

 そして、陛下の地位が盤石でないことは、どの貴族も知っている。年頃の娘がいれば、誰だって皇妃の座を求めて熾烈な争いを始めているだろう。陛下をお支えするという名目のもと、自分たちが権力を得るために、娘を皇妃にと望むだろう。

 だから。


 だから、陛下はわたしを選ばれた。


 そう思った。

 特定の貴族と手を組めば、そのことに不満を持つ貴族との間で対立が起きる。そうすると、まだ盤石な地位を獲得してない陛下の治世は、危ういものになる。下手したら、また戦が起きて、隣国からも攻め込まれる事態にもなりかねない。

 だから。

 だから、どの勢力にも組みしてないわたしを皇妃にと言い出した。

 わたしなら、その背後に誰の力もない。

 先の辺境伯の功に報いるためとすれば、「陛下はお優しい」で、表面上は不満も言えなくなる。 

 「十八にもなったんだし、そろそろ皇妃を」って声を封じるために、わたしを「とりあえず」皇妃にしておいて。国政が落ち着いたら、本当に好きな人を伴侶に迎える。それまでは、「とりあえず」とは白い結婚を貫き通して、「子が出来ない。離縁だ」ってことにしておく予定……? だってブサイクだし。年増だし。抱く気にもならないし、子が出来ないのは、その顔と、年齢のせいにすれば、問題なし……?


 (最低……)


 何度もなんども考えて、何度もなんどもたどり着いた答えに、何十回目かのムスッとした顔を作る。


 ――弟の辺境伯位相続のため、後見人になってやったんだ。それぐらいの恩返しは当然だろう?

 ――行き遅れのお前を、身分の低いお前を、一度でも皇妃という立場にしてやったんだ。ありがたいと思え。

 ――離縁のときには、それなりの金は支払う。それで問題ないだろう?


 部屋に誰もいないはずなのに。

 耳に、陛下の冷たい、突き放したような声が届く。


 (サイテー)


 バンッと鏡を叩く。

 何度もなんども、鏡に映る、唇を圧し折った不機嫌女めがけて、手を振り下ろす。

 こんな答えしか導き出せない、そんな自分が一番キライ。

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