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3.身に覚えのない婚約

 「すごい、すごいです、姉さま」


 「こら、セラン。そんなにめくってしまっては、カーテンの意味がないわよ」


 「でも……」


 馬車の中。目隠しにと閉めておいたカーテンを握りしめ、全開一歩手前で外を見ていたセランが口を尖らせる。


 「『でも』じゃないわ。そんなに見ていては、品位に関わるわよ」


 そこまで諭すと、ようやくセランが窓から離れた。顔は、不服そうだったけど。

 セランが、そこまで目を輝かせて外を見ていた理由はわかってる。

 皇都の町並み。

 都の城門も圧巻の荘厳さだったけど、町並みはもっとすごい。

 故郷の、ベルティナ辺境伯領じゃ見たことないほど、高く大きな建物がずらりと並ぶ。大通りなんだろう。いくつもいろんな看板を掲げたお店が並ぶ。チラッと(セランがめくったカーテンの隙間から)見た限り、店頭に並ぶ品々もとても豊富。明るい日差しもあってか、とてもキラキラしているように思えた。


 (さっきのお店、あのガラス細工、キレイだったなあ)


 セランをたしなめたものの、実はわたしも興味ある。

 チラッとだけど見えたガラス。すっごくキレイですっごく華やかだった。特に、ランプ!王侯貴族の持ち物かって思ったけど、店先に並べられているんだから、きっと皇都の民は、ああいうのを日常で使ってるんだろう。

 いくつも書籍の並んだ本屋。溢れんばかりに積み上がった果物のお店。

 ベルティナではおよそ見たことない、豪華な皇都の暮らし。

 そして。


 ワアッ!


 ベルティナでは聞いたことのないような、人々の歓声。

 わたしたちの乗ってる馬車が、街の様子をコッソリ見て、何が売ってるのかわかるぐらいにゆっくりな理由。


 ――陛下ぁっ!

 ――皇帝陛下、万歳っ!


 「すごいわね」


 馬車より先を行くのは、皇帝であるリアハルトさま。

 ベルティナを出るときは、いっしょの馬車に乗ってたんだけど、皇都に入る前に、馬に乗り換え、堂々と入城した。

 その結果が、道いっぱいに集まった民と、この歓声である。


 「すごいですね、陛下って」


 同じことを思ったらしい。歓声のあまりのうるささに、少し顔を歪めたものの、セランも同じ意見をこぼす。


 「そうね。陛下は、即位なされてから、他国の侵略を見事に退けたって聞くし。戦で疲弊してた国を立て直したとも聞いてるわ」


 亡き父皇帝の愛妾と、その息子。

 二人との戦いで、国家は疲弊した。(まあ、それまでにも重なる税の取り立てで疲弊はしてたんだけど)

 そこにつけ込んで、侵略しようとやってきた敵国を、アッサリ返り討ちにしたとか。

 即位されてからまだ三年。

 それで、ここまで豊かな皇都を取り戻したんだから、そりゃあ、民も熱狂するわよ。


 「若く聡明な皇帝。これを喜ばない民はいな――」

 

 ――キャーッ! リアハルトさまぁっ!


 ……なんか、「国を守ってくれてありがとう」とは違う、黄色い歓声もあるような気がする。


 「陛下、カッコいいですもんねえ」


 セランの呟き。「そうね」と同意したほうがいいのかしら?

 けぶるような金の髪。深いふかい青色の瞳。

 うちに来た頃は、目だけがギョロギョロした、やせっぽち、手負いの獣みたいだったけど。それも、いっしょに過ごすうち、母さまの用意してくださった料理を食べて、父さまに乗馬や剣の稽古をつけてもらううちに、解消していって。

 手負いの獣から、本来の天使みたいな容姿に変貌していってた。

 

 (でもそれが、いつの間にか、……ねえ)


 先頭を行く馬上で民の声を受ける陛下は、手負いの獣感も、天使感も残ってなくて。

 颯爽たる王者の風格?

 堂々とした体躯。自信に満ちた目。

 父さまに乗馬を教えてもらってた頃は、「お馬さまに乗せていただいてる」「お馬さまの背にへばりつかせてもらってる」感じだったのに。今は「馬を従え、歩ませてる」って感じ。お馬さまの背のへばりつきじゃなく、馬に跨る立派な王者。

 日差しを浴びてキラキラ輝く金色の髪も、その威厳と若々しさを強調してるように思える。それでいて、顔立ちの甘さ、優しい雰囲気はちゃんと残っている。

 黄色い声が上がるのもむべなるかな。

 物語の王子さまって感じだもん。(皇帝だけど)

 でもね。


 ――おい、皇帝陛下が婚約者を連れ帰ってきたって本当かい?

 ――そうらしいぞ。突然都を留守にしたのは、婚約者を迎えに行ったからって話だ。

 ――ずっと昔に交わした約束らしい。


 (……だから、約束なんて交わしてないってば)


 ハンカチ渡しが、結婚の約束って意味なら、わたし、絶対渡してなかったわよ。

 民衆の噂話に、心のなかで反論。


 ――あの陛下が、どうしてもって迎えに行くぐらいなんだ。さぞかし美しいご令嬢なんだろうな。


 ギク。


 ――あの馬車に乗ってるらしいぜ。


 ギクギク。


 ――そりゃあ、きっと美しくお優しい、英明な女性だろうさ。なんたって、あの皇帝陛下が是非にって譲らなかったご令嬢だからな。きっと女神さまのようにおキレイなんだろうよ。


 ギクギクギク。


 「あの~、それってわたしのことですかぁ?」って窓から顔を見せても、「おい侍女、ご令嬢はどこだ? 女神のようなご令嬢を見せろ」って返されそう。


 「――姉さま?」


 「な、なんでもないわ、セラン」


 いけない、いけない。

 セランがいるのに、ギクギクしてる場合じゃないわ。だけど。


 「お願い、セラン、もう少しキッチリカーテン閉めてもらっていかしら」


 別に、自分が平凡容姿だってことは重々承知してるけど。

 今のリアハルトさまの隣にふさわしくないってのもわかってるけど。


 平凡。

 年増。

 コイツの魅力は、どこですか? 行方不明?


 リアハルトさまとの結婚を了承したつもりはないけど。どっちかというと、身に余りすぎる光栄なので、ご遠慮させていただきたいぐらいなんだけど。

 下手に見られて、ガッカリされるのも辛いし悔しいから。

 普通に結婚を取りやめたいけど、だからって「ブッサイクだから、(我に返った)皇帝に捨てられて婚約破棄」は嫌だから。

 

 薄暗い馬車の中。背筋をピンと伸ばしてみるけど、明るい日差しと沸き起こる歓声と、人々の「ちょっとぐらい見てみたい」視線から身を隠す。

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