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20.心と本音は裏腹に

 「そうか。異母兄上はまだ……」


 「はい」


 神妙な表情で、アルディナさまに伝える。


 ――リアハルトさま、昏睡。


 夜が明けて、日が昇っても、リアハルトさまが目を覚ますことはなかった。

 悪化しているわけじゃない。でも快方に向かってるわけでもない。

 倒れた時と同じ、ずっと目を覚まさないままでいる。


 「大丈夫だ、エナ。異母兄上なら、必ず良くなる」


 わたしを励ますように、ニッコリ笑ってくださったアルディナさま。ご自身だって、わたしと同じぐらい沈痛な表情を浮かべていらしたのに。

 自身の感情よりも、周囲の者の感情を慮る。上に立つ者らしい配慮なんだろうか。


 「せっかく、エナを妻にできるというところまで来ているのに。エナを遺してなど、死んでも死にきれんわ」


 ハッハッ。

 

 アルディナさまが声を上げて笑うけど、どこかウソ臭く感じてしまう。

 だって。


 (心配して、朝一番に駆けつけていらしたんだもの)


 事故の翌朝。

 お供の侍女も何も連れずに、一人で駆けつけてくださったアルディナさま。たった一人の家族。逆を言えば、よく今まで訪問をガマンしていてくれたと思う。


 (でも、会わせてあげられない)


 医者から言われた絶対安静。

 よほどのことがない限り、誰も寝室に入ってはいけないと申し渡された。

 わたしがつきっきりで看病できるのは、わたしがリアハルトさまの妻だから。(式は挙げてないけれど) 特別に、とっても特別にわたしだけが付き添いを許可された。

 それ以外の面会は禁止。

 だから。

 だから、朝一番に駆けつけてもらっても、リアハルトさまに会わせるわけにはいかない。申し訳ないけれど、寝室の隣、リアハルトさまの応接室でアルディナさまに、状況を報告させていただいてる。

 扉一枚向こうのことなのに。容態を、アルディナさまに見せるわけにはいかない。とても歯がゆいけれど、仕方ない。


 「それで、あの、アルディナさま……」


 「ああ、セランのことだろう?」


 「はい」


 昨夜、わずかな時間だけ会えたけれど、そこからはずっと離れたまま。

 リアハルトさまの容態も気になるけれど、あの子の様子も気になる。


 「大丈夫だ。今朝も医者に診せたが、異常はないとのことだ。安心せよ」


 「――よかった。ありがとうございます、アルディナさま」


 アルディナさまの言葉に、ホッと胸をなでおろす。

 

 「今朝も、ユージィンに馬を教えてくれとせがんでいたぞ。さすがに昨日の今日はいかがなものかと、ユージィンが止めていたがな」


 「まあ……」


 笑うつもりなどなかったのに。

 その様子が想像できて、口元がほころぶ。


 「次は落馬せぬように、落馬したとしても、キチンと受け身が取れるように学びたいと申しておったぞ」


 「あの子ったら……」


 リアハルトさまに守られたこと、きっと申し訳なく思っているのだろう。

 次こそは、自分で対処する。

 その幼く健気な決意に胸が締め付けられる。


 「まあ、セランのことは任せておけ。ユージィンと二人で面倒を見ておく」


 「はい。よろしくお願いいたします」


 「いや。よろしく頼むのはこちらのほうだ」


 お辞儀しかけたわたしを、アルディナさまが制止する。


 「わたくしのほうこそ。どうか異母兄上を頼む」


 わたしより深く、アルディナさまが頭を下げる。


 「異母兄上を、皇帝陛下をこの世に留め置けるのは、お前だけだ。異母兄上の魂をこの世に留める〝舫い〟、それがエナだ」


 「そんな……」


 わたしに、そんな役目、務まるのだろうか。


 ――コンコン。


 驚くわたしの後ろ。回廊につながる扉を叩く音がした。


 「アルディナさま。ランエルゲン公爵とその御子息が、ぜひお会いしたいと参られております」


 扉の向こうから聞こえてきたのは、侍女らしき女性の声。

 って。……ランエルゲン公爵?


 「……わかった。すぐ行く」


 軽くため息混じりに、返事だけしたアルディナさま。


 「今朝……違うな。昨日の事故以来、誰かしらわたくしに会いたいと参っておるのだ」


 「それって……」


 「大概の者は、息子だの孫だの連れて来る。リンデルベイト侯爵親子、ザールブルック公爵は弟だったな。他にもラシュタイット伯爵、ベルトフォール伯爵、あとは、誰だったかな。多すぎて忘れてしもうた。一番すごかったのは、ラーベルト公爵の連れだな。まだ自分の指を吸うておる赤子だったわ」


 ハッハッハ。


 アルディナさまは笑うけど、わたしは笑ってなんかいられない。


 (それって、アルディナさまに息子とか孫を売り込みに来てるってこと?)

 

 リアハルトさまがお亡くなりになれば。リアハルトさまにお世継ぎがいない以上、次期皇帝はアルディナさまとなる。けど、アルディナさまは女性。この国で女帝が立つことは許されていない。(だから、アルディナさまの母親は、娘を皇子と偽って育てたのだけれど)

 女性に国を治めることができないのなら。アルディナさましか後継がいらっしゃらないのなら。


 己の血族を、女帝の皇配にすればよいではないか。


 男の皇帝が必要なのは、戦などの有事の時のみ。なら、戦いは皇配に任せるということで、アルディナさまの即位をゴリ押しして、ついでに息子や孫を皇配に据えればいい。

 アルディナさまが、皇配との間に子を産めば。

 己の孫(ひ孫?)が、未来の皇帝だ。


 (サイテーね)


 まだリアハルトさまが亡くなると、確定したわけではないのに。

 まだアルディナさまが即位なさると、確定したわけではないのに。

 そういう魂胆を隠しもせず、我先にと面会を求める貴族たち。吐き気がした。


 「というわけで、エナ」


 クルッと、明るくわたしの方に向き直ったアルディナさま。


 「わたくしは、想う相手と添い遂げる人生を所望しておる。お前と異母兄上のようにな」


 え、えと……。


 「なので、なんとしても異母兄上をこの世に繋ぎ止めておいてくれないか?」


 それは、わたしも同じ思いですけど。

 リアハルトさまには、なんとしても生きていて欲しい。


 「ではな」


 ニカッと笑って、室から出ていったアルディナさま。

 パタリと閉まった扉。


 「――ほう。アルディナにそんな相手がいるのか」


 静かに。音もなく近づいてきた新たな人物。


 「では、我が妹の願いを叶えるためにも、エナ。さっそくだが世継ぎをもうけようではないか。そうすれば妹は、心置きなく想う相手と添い遂げられる」


 わたしの背後から両腕を伸ばし、甘くあま~く抱きしめてくるけど。


 「ふっざけんじゃないわよ!」

 

 その相手に、遠慮なく肘鉄を喰らわす。


 「面会拒絶、昏睡状態の人と、どうやって子を成すってんですかっ!」


 アンタが昏睡状態ってなってるのに、わたしが孕んだら、絶対色々怪しまれるでしょ!


 「なかなか痛いぞ」


 「うるさいっ! わたし、メッチャクチャウソついて、とっても、とぉっても心苦しいんですからね!」


 肘鉄を喰らったお腹を、半分笑って半分顔をしかめながら押さえるリアハルトさま。

 人の気も知らないで! 心配してくださってるアルディナさまにウソつくの、とっても苦しかったんだからね!

 怪我人ってウソをついたのだから、それで怪我人のフリをしていなさい!

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