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15.己のしたことは、一周まわって、我が身に返る

 「旅路にて、君を想い寝る草枕。探る手に触れるは青き草葉。我を包むは青い匂い。探れども、触れぬ君に想い深まる。愛しの君は、遠くにありて。床の上、寂しき一人寝、つややかな髪を布とともに乱れさせ、我が手枕求めて寝返り打つのか。我がその髪と温もりを求めて、何度も草を撫でるが如く――」

 

 「エナ。エナ!」


 書を読むわたしの体を、グラグラと揺らしてくる手。


 「アルディナさま……」


 『アルテュリア大王記』、アナタが読んでとせがんできたんですよ?

 せがまれたから、こうして読んで差し上げてるのに。どうして、止めるんですか。


 「いくらなんでも、その章はないぞ。見ろ。お前の弟が、林檎よりも真っ赤に染まってる」


 「あ……」


 言われ、同じくそばにいたセランを見る。

 セラン、顔どころか耳も手も、どこもかしこも真っ赤っ赤。


 (さすがに。詩篇の部分はまずかったか)


 『アルテュリア大王記』には、戦略とか、血肉湧き踊るような戦の部分もあるけれど、大王とエナの恋物語の部分もある。そのなか、詩篇は、大王たちが交わした愛の書簡なので、さすがに。さすがにセランに聴かせるのはどうか、なところがある。――いつの間にか、知らず選んで読んじゃってたけど。


 「どうした、エナ。今日のお前は、どこかおかしいぞ」


 ゔ。


 「な、なんでもありませんわ」


 「なんでもない奴が、そんなすっ飛ばして、詩篇を読み出したりするものか。さっきまでグルグル同じ箇所を読んでいたかと思えば、今度は頁をすっ飛ばして詩篇だぞ?」


 ゔゔ。


 アルディナさまの指摘、図星すぎて焦る。

 そう。最初は、わたしも戦記部分を読んでいた。(同じ箇所を読んでいたかは記憶不明)

 今日は、わたしにひっつき虫状態のセランとアルディナさまに、『大王記』を読み聞かせる。そのつもりだった。読み聞かせなら、二人ともわたしを取り合ったりケンカしないでしょ? そういう魂胆。――だったのに。


 (いつの間に詩篇を)


 『大王記』の巻末に収められてる詩篇。わたし、いつの間に、すっ飛ばしてそんなところを読んでたんだろう。


 (昨日のことが、気になってる?)

 

 昨日の夜、うっかり盗み聴いてしまった、リアハルトさまの考え。


 他の身分ある姫を皇妃にという、大臣たちの意見に、「俺のワガママだ」、「通させてくれ」とおっしゃったリアハルトさま。

 わたしが年上なのは、自分が遅く生まれてしまったから。

 わたしに身分が足りないのであれば、自分が皇帝位を退く。

 

 (そこまでわたしを想ってくださってるの?)


 父さまが亡くなったことへの罪滅ぼしじゃなく?

 子どもの頃に世話になったからじゃなく?

 純粋にわたしを想ってくださってるの?

 皇帝位を手放してもいいと思うぐらいに?

 罪滅ぼしとか、恩返しとか。ああいう噂は、全部ハズレ?


 考えれば考えるほど、頭がグルグルして。とりあえず、セランたちの寝台に戻ったけれど、結局一睡もできないまま、朝を迎えた。

 おかげで今、絶賛寝不足中なんだけど。


 (ダメよ! 今は、そのことを考えてる場合じゃないの!)


 セランの姉として。アルディナさまのお相手として。もっとちゃんとしていなければ!


 「エナ。読書はもういい」


 「え?」


 「行きたいところがある。つき合え」


 つき合えって。


 「ちょっ、アルディナさまっ!?」


 書を置く余裕もない。強引に、ものすごく強引にわたしの手を引っ張って歩き出したアルディナさま。「イヤです」と突っぱねる理由もないので、よくわからないまま従うけど。


 「姉さま!?」

 

 驚き半分、不安半分に、セランがついてくる。

 「どういうことですか?」

 セランの視線がわたしに問いかけてくるけど、わたしにもわからないから、「アルディナさまに訊いて!」な視線しか返せない。


 (――って、ここ。え? リアハルトさまの執務室?)


 この間、わたしがアルディナさまを放り込んだ場所だ。


 「開けよ!」


 ドガァンと扉を蹴って開けたわたしと違って、アルディナさまは、扉の両隣に立っていた衛士に命じるだけ。


 「エ、エナっ? それに、アルディナ?」


 扉の向こう。

 以前と同じように驚くリアハルトさま。

 以前とちょっと違うのは、室の中にいたのは彼だけで、彼が執務机に向かって座っていたこと。

 弾かれたように顔をあげた、その目を丸くした顔は、以前と同じ。


 「どうしたんだいった――」

 「どうしたもこうしたもありません!」


 彼の問いかけを遮るアルディナさまの声。

 

 「異母兄上の大事なエナが、ほうけておる!」


 「アルディナさまっ!?」


 いや、ほうけてはおりませんよ? ちょっとウッカリ、ボーッとしてただけで。

 

 「エナが?」


 驚きから怪訝へ。

 表情を変化させたリアハルトさまが席から立ち上がり、こちらに近づいてくる。


 「どうせエナのことだ。ほうけてる原因は異母兄上だろう?」


 ふり返ったアルディナさまが、ニッと笑う。ゔ。図星。


 「わたくしに、異母兄上とシッカリ話し合えと言うのだから、エナ。お主も異母兄上とシッカリ話し合え。いいな」


 ウオラァ!

 アルディナさまが、そこまで引っ張ってきたわたしを、リアハルトさまにむけて放り出す。

 まるで、前回わたしのやったことの再現。

 ポスッとリアハルトさまが受け止めてくださったからよかったものの。――よかったの? 


 (ハワワワワ……)


 わたし、スッポリ彼の腕のなかなんですけどっ!?


 「ではな、エナ。異母兄上と忌憚なく話し合ってこい」


 クルッとわたしたちに背を向けたアルディナさま。そのまま、室を出ると、ついてきてただけになってたセランの手を強引に引っ張って、回廊を去っていく。


 「大丈夫か、エナ」


 アルディナさまとセランが去っていくのを見届けて。パタリと扉が閉まったところで、リアハルトさまから問いかけられた。


 「だ、大丈夫です! 別に、アルディナさまのいうような、おかしなところはありませんから!」


 あわてて身を離し、ムンムンと力こぶを作ってみせる。


 「そうか。それならばいいが」


 「はい! 問題ありませんから! お気遣いなく!」


 ということで、わたしも帰ります!


 「待て」


 扉に向かおうとしたわたしに、静止がかかる。


 「今すぐ出ていっては、アルディナのことだ。癇癪を起こすぞ」


 ゔ。

 それもそうだ。

 あのアルディナさまのことだ。「どうして異母兄上と話し合わないのだ! ムキィッ!」ってなる未来が見える。

 それは――めんどくさい。


 「しばらくここに留まって、『いっぱい話し合いました』ってふりをしたほうがよくないか?」


 「そう……そうですね」


 話し合うことなんて、なにもないけど。

 ここで時間を潰してから、出ていったほうが得策かもしれない。


 「そこの長椅子で休め。茶を淹れてやる」


 「いえ、そこまでお世話になるわけには……」


 「いいから。たまには、俺にも世話をさせてくれ」


 グイグイと半ば強引にわたしを長椅子に腰掛けさせ、いそいそとお茶の準備を始めたリアハルトさま。


 「子どもの頃、よくエナが茶を淹れてくれてただろう? 俺もいつかエナに茶を淹れてやりたくてな。いっぱい練習した」


 練習? 皇帝陛下が? お茶を淹れる練習?

 

 信じられないけど、でもお茶を淹れる手際に、ウソはないと思った。蒸らされた茶葉から立ち上る香り。――これはビーバーム? 目の覚めるような、爽やかな香りが室に満ちる。


 コトリ。


 長椅子の前、小さな卓に茶器が置かれる。漂う香りと温かそうな湯気。


 「ありがとう……ございます」


 「俺は、まだ仕事があるから相手できぬが。ここでゆっくり時間を潰していけ」


 お茶は、わたし一人分だったらしい。

 何も持たずに、スタスタと執務机に戻っていったリアハルトさま。席に着くなり、先程まで読んでいただろう書類に戻っていく。


 (わたしのために、淹れてくれたんだ……)

 

 わたしのためだけに。

 自分は飲むつもりなかったのに。

 

 (うれしい……)


 そっと茶器を持ち上げ、火傷しないように、軽くフーフーと茶を冷ましてから茶を飲む。

 

 (わたしも手伝えばよかったかな?)


 他人の部屋でも、お茶ぐらい淹れられる。

 皇帝陛下にお茶を淹れさせるってどうなの? うっかりしてたけど、こういうのってわたしがやったほうがよかったんじゃないの?

 わたしが淹れて、二人分のお茶を用意したほうが。たとえ、リアハルトさまが用意し始めてたとしても、「ここは、わたしが」で交代したほうが。それでもって、「陛下もお疲れでしょう。お茶でもどうぞ」ってお渡ししたほうが。


 こうすればよかったんじゃないか、正解劇が、グルグルと頭のなかで展開する。


 お茶を淹れたわたし。「どうぞ」と茶器を渡せば、「ありがとう」ってリアハルトさまから微笑みつきの返事が戻ってきて。「昔と変わらず、エナの淹れた茶は旨い」とかなんとか仰っていただいて。――って!


 (わーっ! 考えない! 考えないっ!)


 茶器を持ってない手で、パタパタあたりをあおぐ。妄想霧散! サッサと消えなさい!


 「……どうした、エナ」


 「いえ、なんでもありません」


 恥ずかしいだけの妄想を、はたき飛ばしただけです。


 「そうか」


 短く納得して、またリアハルトさまが執務に戻っていく。


 (キレイな髪……だな)


 彼の背後にある窓から差し込む光。その光に照らされた彼の髪が、さらに美しく本物の金のように輝く。柔らかい毛先は、けぶるように白く、顔にかかる部分は、影になっているせいか、深みを増した金色。

 書類を熱心に読むその顔は陰影を深め、整った顔立ちであることを強調している。青い目を隠しそうなほど長いまつげに縁取られた瞳。髪に少し隠れた秀麗な額。若々しく男らしい眉。難しい書類なのか、少しムッと曲げられた、普段は整っているだろう唇。


 (この方が、わたしの夫に?)


 結婚に憧れてなかったわけじゃない。

 いつかは、ステキな殿方に出会って、父さまと母さまのように、仲睦まじく幸せな家庭を築きたいと思っていた。

 子どもの頃、セランやリアハルトさまを巻き込んで、そういうごっこ遊びをしていたけど。


 (まさか、それが本物に?)


 皇妃さまってのは、想定外だけど。

 

 ――エナ以外、何もいらない。


 (わわわわっ!)


 昨日の盗み聴いちゃった言葉を思い出して、一人慌てる。

 面と向かって言われたわけじゃないけど。でも。でも。


 (信じていいのかな)


 戦でわたしの父さまを亡くしたから。世話になったことへの罪滅ぼし。そういう理由の求婚じゃないって。

 素直に。彼を信じても良いのかな。

 コクリと、喉を鳴らして、淹れていただいた茶を飲む。

 もう、ちょうどよいぐらいに冷めてるはずのお茶。なのに、なぜか、胸の内がとても熱くなった。

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