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14.見上げる夜空に答えなどなく

 (はああ。やっと寝た)


 夜、ものすごく、ものすごぉく気を使いながら、ゆっくりそっと身を起こす。

 自分の寝台なのに。

 両隣から聞こえる、安らかな寝息が変化してないことに、ホッとする。

 

 (まったく……)


 窓の外、寝る前はまだギリギリ空に残っていた三日月は、すでに姿を城壁の外に隠してしまっている。日はまたいでないと思うけど、結構遅い時間だと思う。

 身を起こしたわたしの両隣には、セランと……アルディナさま。

 二人とも、わたしが寝台から下りても、そのままスヤスヤ眠っている。けど。


 (はああああ……)


 なんでわたしがこんな苦労しなくちゃいけないのよ。

 頭を抱えたくなる。

 

 三人で並んで寝る。


 キッカケは、アルディナさまだった。

 日中、庭で絡んできただけじゃなく、そのまま夕食もなにもかも、ずっとベッタリで。


 ――今日は、いっしょに寝る!


 と、ベッタリが続いた。

 まあ、アルディナさまは、生まれた時から苦労なさってて。最近までずっと異母兄であるリアハルトさまを警戒していらして。誰かに甘えるってことのできない、かわいそうな生い立ちだし。ちょっとぐらい誰かに甘えても仕方ないのかな、大目に見てあげようかな――とは思ってたんだけど。


 ――だったら、僕もいっしょに寝る!


 なぜか、そこにセランが参戦してきた。

 いっしょに寝るって。そりゃあ、塔に幽閉されてた時は、二人分の寝具が用意されてたわけじゃないし、凍えるほど寒かったりしたから、姉弟で身を寄せ合って寝ていたけど。この皇城に来てからは、別々の、温かくて気持ちの良い寝台が用意されて、部屋も別々で寝ていたのに。


 ――エナは、わたくしと寝るの! アンタは自分の部屋で寝なさいよ!

 ――姉さまは、僕と寝るの! アルディナさまこそ、もう大きいのだから、部屋に戻ってください!


 ギャンギャンギャアギャア。

 セランとアルディナさまの、わたし取り合い合戦。

 セラン、普段は大人しくていい子なのに、なぜか、アルディナさまと争って一歩も引かない。アルディナさまも、セランに対して大人げない。


 ――では、三人で寝ましょう。わたしをはさんで、右と左にアルディナさまとセラン。それでよろしいですね?


 なんとか、その場は収めたんだけど。


 ――エナは、わたくしとお喋りするの!

 ――姉さまは、僕にお話してくれるの!


 第二回戦勃発。

 わーたーしーのー耳ーとー口ーはー、一ーつーだーけーでーすー。

 二人に同時に喋ったり聴いたりできませんて。

 仕方ないから、二人とお喋りするのではなく、二人に子守唄を聴かせることにした。

 歌なら、聴いてるだけだし。静かに寝るでしょ。

 「赤ちゃん扱いしないで!」

 二人がそれぞれ文句言ったけど、わたしから見れば、どっちも赤ちゃんみたいなものなんだって。親を取り合う姉弟みたい。


 (まあいいわ。とりあえず寝てくれたみたいだし)


 スヤスヤ。スピスピ。

 あれだけギャアギャアとわたしをはさんでケンカしてたとは思えないぐらい、穏やかな二人の寝顔。

 顔立ちは似てないけれど、気持ちよさそうに眠ってるのは、どちらも同じ。


 (さて、と)


 夜着の上に、温かなショールを引っ掛け、二人を起こさないように、なるべく音を立てずに室を出る。

 一瞬、セランとアルディナさまを二人っきりで置いてくのってどうなの? って思ったけど。


 喉、乾いてるのよ。


 いっぱい歌わされて。

 お水なら、枕元に用意されてるけど、それを飲んだことで、二人が目を覚ましたら? それに、ちょっと夜風にあたって、気を紛らわせたい。

 今のわたし、「疲れすぎて眠れない」状態。

 8歳のセランが、アルディナさまになにかする――なんてことはないでしょ。二人とも、わたしが離れても気づかないぐらいグッスリ寝てるんだし。

 ちょっとお水を飲みに行く。それぐらいの時間、大丈夫でしょ。

 あるとすれば、外からの刺客。

 室の外にいた衛士に、「よろしく頼みます」の視線だけ送って、一人回廊を歩き出す。


 (こんな姿で歩き回ったら、またなにか言われるかな?)


 夜着で歩き回るなど。破廉恥な。

 一瞬、気になったけど。


 (まあ、いいわ。お水飲みに行くだけだし)


 こんな夜遅くに誰かとバッタリってのもないでしょ。

 夜着ったって、ちゃんとショールを羽織ってるし。人の集まる大広間に行くわけじゃないし。それに。


 (言われたら言われたよ)


 すでに「暴力皇妃」なんていう二つ名があるんだし。今更、二つ名が三つ名になろうと、四つ名になろうと、困ったりしないわよ。

 もしそれで、「結婚はなかったことに」なっても、わたしは困らないし。もともと、結婚したいからここに来たんじゃなくて、セランの後見人を勤めてくれるって言われたから、ここに来ただけ。

 噂になろうが、なんだろうが。別に――気にしないわ。


 ――って。ん? 話し声?


 歩いた回廊の先、古い扉の向こうから、ボソボソと人の話し声が聞こえた。


 (誰かの部屋?)


 自分にあてがわれた室から、そう離れた場所でもない。古く重厚な扉。わたしの室と違って衛士すら立っていない。

 戸の隙間からは、室の明るさが僅かに漏れている。起きている誰かがここにいる証拠。そうじゃなきゃ、ただの灯りのムダ遣い部屋。こんな夜遅くに灯りを点けておくなんて、誰もいない部屋だとしたら、とんでもなくムダ遣い。


 (――誰?)


 こんな時間に起きてるのは、衛士ぐらいだと思ってたのに。

 扉に近づき、声を聴く。声は男性。それも二人。

 普段、普通ならこんな盗み聞きなんてしない。そのまま、「誰かいるのね~」で通り過ぎる。

 でも。


 「エナさまの……」


 なんて言葉が聞こえた以上、知らんぷりして通り過ぎることは無理。

 誰? 誰が、わたしのことを話題にしてるの?

 

 「陛下は、この先、どうなさるおつもりですか?」


 陛下? 問いかける言葉に入っていた「陛下」。じゃあ、ここにいるのはリアハルトさま? というか、ここ、リアハルトさまのお部屋だったの?

 ここ、わたしの部屋からさほど離れていない。

 回廊の先に、わたしの部屋の警護をしてくれてる衛士が見えるぐらいに近い。

 こんな近い部屋が、リアハルトさまのお部屋だったなんて。驚きつつも、盗み聞き続行。


 「大臣たちはみな、エナさまのことに難色を示しております。まだ陛下はお若い。そしてハッキリした後ろ盾もおられぬ。この先の政のためにも、血筋の良い姫君を皇妃になさったほうがよいのではないかと」


 「ユージィン」


 奏上を遮るように発せられた、リアハルトさまの声。ユージィン? 奏上してるのは、セランの乗馬指導の騎士?


 「わかっている。わかっているが、ここは一つ、俺のワガママを通させてくれないか」


 「陛下……」


 「エナに、皇妃にふさわしいだけの身分がないことは承知している。彼女が俺より年上なことも。もっとよい身分の姫をと、大臣たちが騒ぐのももっともだ。だが」


 苦しげに紡ぎ出されるリアハルトさまの言葉。

 

 「だが、それでも俺は、エナを妻としたい。エナが年上なのは、彼女より遅れて生まれてしまった俺が悪い。彼女に身分がないというのなら、俺が皇帝位を捨てて、彼女と釣り合う身分になろう。ようやく平穏を手に入れた民には申し訳ないが、それなら問題ないだろう?」


 少し皮肉めいた笑いを含んだ彼の声。


 「御冗談が過ぎますよ」


 ユージィンが諌める。 


 「ハハッ。それぐらい、真剣なんだ。エナ以外、何もいらない。エナを妻にしたい。ここだけは、なんとしてもワガママを通させてもらう」


 (リアハルトさま……)


 胸が、熱くなる。

 わたしを皇后にと言い出したのは、戦でわたしの父を亡くしたから。世話になったことへの罪滅ぼし。

 そうでなければ、若々しく立派なリアハルトさまが、年上でパッとしないわたしなんて妻に選ぶわけがない。世話になったという恩義でもなければ、身分も後ろ盾もないわたしを選ぶわけがない。

 そう思ってた。そう思ってたのだけど。


 遅れて生まれた俺が悪い――。

 皇帝位を捨てる――。


 冗談めかして言われてたけど、その言葉にふざけている気配はない。真剣だからこそ、軽く発せられた。そんな気がした。


 (どうしよう……)


 そっと扉を離れ、再び回廊を歩き出す。

 ただ歩いているだけなのに、心臓がものすごくバクバクと早鐘を打つ。ただ歩いているだけなのに、頭がクラクラしそうなほど体が熱くなってくる。ただ歩いているだけなのに、足先が冷たい床を捉えるではなく、フワフワと雲の上を歩いているような心もとなさを覚える。


 リアハルトさまが、そこまでわたしを想ってくださってたなんて。


 あれが誇張でもなんでもないとすれば。

 あれが、リアハルトさまの本心だとすれば。


 (父さま、母さま……)


 わたし、このまま皇妃になってもよいのでしょうか。彼の想いに、人生を任せてもよのでしょうか。

 回廊にある窓から、暗い夜空を見上げる。

 答えは、どこにも見つからない。

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