11.暴力皇妃爆誕
「エ、エナっ? それに、アルディナ?」
バァンというか、ドガァンと蹴っ飛ばして開いた扉の向こう。
書類を片手に、なにやら思案していたリアハルトさまが、弾かれるように顔を上げた。
「どうしたんだいった――」
「どうしたもこうしたもありません!」
彼の問いかけを遮る。
「お二人で、ジックリ話し合ってください!」
ウオラァ!
そこまで引っ張ってきたアルディナさまを、リアハルトさまにむけて放り出す。彼がその体を受け止めてくれたからいいものの、そうじゃなかったら、アルディナさま、罪人みたいに、床に転がってただろうな。
リアハルトさまの執務室を訪れた、わたしとアルディナさま。
そのどっちも、ズッタボロ。ミリアが整えてくれた髪は、鳥の巣よりもヒドくグシャグシャ。衣装だって、袖がとれかけ。
手の甲とかあちこちに引っかかれてできたミミズ腫れ。ちょっと見えないけど、わたしの腕には、アルディナさまの歯型、噛み跡クッキリ。
異母兄に会いたくないアルディナさまと、なんとしても会わせたいわたしとの格闘の結果。
最終的に、どれだけアルディナさまが暴れて抵抗しても、わたしが勝った。
長く幽閉されてた身だけど、体力面は、まだまだ衰えてないのよ! フン!
「これは、一旦保留です!」
そのリアハルトさまから書類をひったくって、近くでポカンとしてた老侍従に、強引に押し付ける。
リアハルトさまを呼びに来た侍従。彼が渡したんだろう書類は、国家にとって危急のものかもしれないけど、今はそれより兄妹のことのが大事!
「リアハルトさまもアルディナさまも! 相手に思ってることがあるなら、全部、ぜんぶ話しちゃってください!」
「いや、だが、エナ……」
「『いや』も『だが』もない!」
ピシャン。
言い訳無用!
「アルディナさま、わたしと陛下の間に子が生まれたら、自分は処刑されるって思い込んでるんですよ!」
「――なんだと?」
「今、生きているのは、自分以外に皇室に使える姫という手駒がいないから! わたしが子を産んだら、自分はお役御免になって殺されるって……!」
喋りながら、感情が暴走。勝手に涙が溢れてきてた。
「過去に帝位を争った二人かもしれません! でも、この世でたった二人っきりの兄妹なんです! お二人で! お二人で、思ってること、ジックリ話し合ってください! じゃないと、じゃないと……っ!」
感情が爆発しすぎて、伝えたいことがうまく言葉にまとまってくれない。涙がとまらない。
「わたしっ! 陛下とアルディナさまが仲良くされなかったら! 絶対、なにがあっても皇妃になんてなりませんからね!」
異母妹をここまで悩ませておいて、能天気に「結婚しよう」じゃないわよ!
アルディナさまが思ったように、わたしが子を産んだら処刑はないだろうけど、そこまで思い詰めさせてるのを放置したまま、結婚なんてしないわよ! 子作り迫ってくるなら、そのイキり立ったイチモツ、バキッとへし折ってやるんだからね!
「エナ……」
「では、失礼します!」
わたしだけじゃない。そこでポカンとしたままになってた老従者の腕を、強引に引っ掴んで室を出る。
「結果は、後で聴きます。仲良くならなければ――次は、容赦いたしません」
火かき棒よりスゴいもの、ぶん投げてやるんだからね。
それだけ言うと、バタンッと戸がぶっ壊れそうなほど勢いよく扉を閉める。
「皇妃さま……」
「ね、姉さま……」
わたしとアルディナさまを追いかけてきたのか。
心配そうにわたしを見てくるセランと、なぜかその背後にセランの馬の教師役の騎士。息を切らして、あわててここに駆けつけたって様子。
「大丈夫よ」
二人の視線に、フンッと軽く鼻を鳴らす。
「ただし。彼らが扉を開けるまで、放っておくこと。――いいわね?」
老従者とセランと騎士。三人に視線で言い聞かせる。
あの兄妹が忌憚なく話して、わだかまりを失くしてしまうまで。国家存亡の時であっても、この扉は開けちゃいけないの。
そのへんのこと、アンタたちもわかってるでしょうね?
唖然と、呆然とこっちを見ていた衛士にも視線を巡らす。すると、衛士がものすごい勢いで、口を引き結んで直立不動に戻った。
「――行くわよ、セラン」
そのなかから、セランの手だけを選び出して、グイッと引っ張り歩き出す。
セランもわたしが怖いのか、「どこに?」とも訊かない。ただ、足早に歩き出したわたしに、必死についてくるだけ。
(あんなのっ! あんなの、ヒドいじゃない!)
一度は止まりかけた涙だったけど、それは再び溢れ出す。
リアハルトさまがアルディナさまを生かしているのは、他に手駒となる皇女がいないから? わたしが子を産んだら、用無しになったアルディナさまは首を刎ねられる?
ふざけんじゃないわよ。ふざけんじゃないわよ!
そんな兄妹が、この世のどこにいるってのよ!
そりゃあ、皇位継承で争ったかもしれないわよ! そのせいで、たくさんの人が亡くなったわ! でもだからって、妹を殺す兄がどこにいるってのよ!
(父さま……)
二人が争わなかったら、父さまは死ななかったかもしれない。
母さまも心痛で倒れることなく、元気だったかもしれない。
あの戦さえなければ、両親は生きていたかもしれない。
(母さまだったら、こういうとき、どうするのかしら)
やさしかった母さまなら。もっと上手にこじれた兄妹の仲を取り持ってくださったかもしれない。父さまなら、もっと上手にお二人を諭してくれたかもしれない。
考えても仕方ないこと。
父さまはあの戦で亡くなって。母さまも亡くなられて。
リアハルトさまは正当な地位に戻られて。アルディナさまも本来の性別に戻られた。
戦が起きて、両親が亡くなって、リアハルトさまが即位なされた。その過去は変えようがない。起きたことは消せない。無かったことにできない。
そして、リアハルトさまたち兄妹の戦はまだ続いていた。リアハルトさまはアルディナさまとの距離を測りかね、アルディナさまはリアハルトさまを警戒している。
それを解きほぐす人は、やさしく諭し導いてくれる人はいない。
ここにいるのは、そういうことがド下手くそなわたしだけ。
(これでお二人が和解されたらいいのだけど)
なにを「悔しい」と思ってるのか。
自分でもわからない涙が、ボロボロとこぼれ落ちた。
* * * *
――暴力皇妃。
わたしがアルディナさまを、リアハルトさまの執務室に連れて行った翌日――違うわ。その日の夕方には、そんな噂、わたしの二つ名が皇城のなかを駆け巡った。
――あの皇妃さまが、嫌がる皇女さまを引きずっていくのを見たぞ。
――有無を言わせぬ、悪魔のような形相だったと言うぞ。
――将来の義妹ともなる皇女さまを、牢にぶちこむように、執務室に投げたらしい。
散々な言われよう。
――暴力皇妃。
年上、身分下、辺境の育ちってだけでも「おいおいおい」で噂のマトなのに。さらに「暴力」が付与されてしまった。
――あの皇妃に逆らうと、どんな暴力を受けるか、わかったもんじゃないぞ。
――挨拶がわりに、一発殴られるかもしれん。近づくのは危険だ。
噂に、背びれと尾びれがくっついた。
――陛下も、皇妃のあまりの暴虐ぶりに恐れをなして、室に近づかないそうだぞ。
背びれと尾びれだけじゃない。背中に翼を生やして、バッサバッサと空を飛び始めた噂。
……まあ、あれからサッパリ、リアハルトさまは室を訪れようとなさらないんだけど。そこは事実なんだけど。
――やはり、蛮族を相手にするような辺境の育ちでは、なにをするにもまず暴力なのか。
(別にいいわよ。どう思われたって)
故郷ベルティナのことを思えば、「んなわけあるかあっ!」ってので暴れたくなるけど。そうすると、「やっぱり暴力皇妃」になって、確定しちゃうからガマンする。
わたしの暴れん坊ぶりに、「やっぱ皇妃はナシ!」ってなっても、「あ、そうですか。お世話になりました!」でベルティナに戻るだけ。別に悲しいとも辛いとも思わないわよ! むしろ大歓迎よ!
フン!
と、鼻を鳴らして平然としていたいところだけど。
室を出て、回廊を歩くたび、誰かとすれ違うたび。相手がビクッと体を震わせる。視線が合えば、そそくさっと回廊の端で身を縮こませる。
そういうビクビク態度を見せられるたび、「フン!」は出てこず、逆に「ハアッ」とため息が出てくる。
兄妹仲良くしろって、室にぶちこむのは、そんなにひどい「暴力」なのかしら。
父さま、母さま。
やっぱり兄妹のわだかまり仲裁役は、わたしに向いていないようです。――って思ってたのだけど。
「エナ!」
いつものように、ミリアだけを従えて馬場に来ていたわたし。そこに、明るくやや幼い少女の声が響いた。
「……アルディナさま」
呟くわたし。そのわたしに向かって、アルディナさまが駆け寄ってくる。
「ここにいると聞いてな! 会いに来た!」
うれしそうに息を弾ませたままのアルディナさま。こちらを見上げてくる青い目は、とてもキラキラしている。
初めて会った時とは大違い。
あの日。
わたしが執務室にぶち込んだ結果、リアハルトさまとのわだかまりが解けたのなら、それはそれでいいことなんだけど。
(なんで、そんなに近いんですかぁぁぁっ!)
グイッというか、ズイッというか。
ものすごく至近距離で、背伸びまでしてわたしを見上げてくるアルディナさま。
「いいんですか? わたし、暴力皇妃ですよ?」と訊きたくなるほど。わたし、城仕えの人たちに見られてるってことも忘れて、アナタを引きずっていった張本人ですよ?
わたし、誰もが恐れる、誰もが眉をひそめる暴力皇妃ですけど?
遠慮会釈ナシ。
ものすごく親しげ。
そういうのは、異母兄であるリアハルトさまとやってください。




