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10.約束は約束だから

 四阿に、あまい香りが漂う。

 四阿の中央に据えられた卓。そこに並ぶ三つのカップ。そこから、香りは発せられる。

 カモミールティ。

 〝大地のりんご〟とも呼ばれるカモミールを使ったお茶。

 淡い黄色のお茶は、その湯気とともに、香りをあたりに散らしていく。

 四阿のまわりには、大小さまざまな花が咲き乱れ、美しく彩っている。

 さすが皇宮の庭。さすが皇宮のお茶会。

 よく手入れされていて、枯れた花や落ち葉はどこにもない。すべて取り除かれ、その美しさだけが残されている。

 用意された卓には、とても洗練された柄の茶器が並ぶ。ここには、木のコップや石のコップは存在しないらしい。


 皇女さまとお茶会を。


 言い出したのは、わたし。

 でも用意してくれたのは女官、庭師など、皇宮の使用人たち。

 誰にお礼を言ったらいいのかしら。

 こんなにキレイな場を設けてくれてありがとうって。とてもステキな花ね。美味しそうなお茶だわって。

 お礼を述べたいけれど、その気持ちは、グッと呑み込んでおく。

 おそらくだけど、ここではそれが当たり前なんだろう。キレイなのは当たり前。花が咲いているのも、お茶が美味しいのも。

 だって。


 卓をはさんで、わたしの向かいに座る皇女さま。

 わたしと、隣に座るセランがお茶を飲んで「美味しい」、「おいしいです、姉さま」って話してても、なにも言わない。

 ゆっくりと優雅に茶器を持ち上げて、作法通りの仕草でお茶を飲んでる。間違っても「ウマ!」とは言わない。――それが当たり前だから。


 (美味しい時は、美味しいって言っていいと思うんだけどな)


 美味しければ、美味しいと。キレイだったら、キレイと。

 用意してくれた人には、お礼を。

 心を素直に言葉にしてもいいと思うんだけど。


 「――それで? 今日呼び出した理由は?」


 音もなく、皇女さまが茶器を卓に戻す。

 

 (飲んだの? これで?)


 戻された器。水面は揺れているものの、その量は全然減ってないように見えるけど。


 「わざわざ呼び出したのだから、理由あってのことだろう?」


 ゔ。

 

 「そ、それはですねぇ……」


 チラッと、セランの向かい側、空いたままの席に視線をやる。


 皇女さまとのお茶会。


 それは、皇女さまとリアハルトさまの仲を深める、懇親会。

 亡き先代皇妃さまの子であるリアハルトさま。そのリアハルトさまを追放した先代皇帝の愛妾を母親に持つ、アルディナ皇女さま。

 アルディアさまは、〝アルディン皇子〟として育てられ、異母兄であるリアハルトさまと皇位を争った。

 数年に渡る戦の結果、リアハルトさまが皇帝に即位され、アルディナ皇女さまの母親は尼僧院に幽閉された。残ったアルディナ皇子は、本来の姿、〝アルディナ皇女〟となって、異母兄の宮廷で暮らしている。

 これが、本当にアルディン皇子だったのなら、幼くても、その即位を阻んだとして、斬首されていたかもしれない。だけど、アルディナさまは女の子だった。女子に皇位継承権はない。それに、母親によって人生を狂わされていた。そのへんの情状酌量もあって、アルディナさまに罰がくだされることはなかった。


 (まあ、そこでアルディナさまに酷い罰を与えるようなら、わたし、絶対にリアハルトさまを許さないんだけど)


 そんな人だったら、セランのことがあったとしても、絶対求婚を拒否したと思う。

 リアハルトさまとアルディナさま。

 たった二人のご兄妹なのに、そういう過去があったせいか、同じ皇城で暮らしていても、とてもよそよそしい。ぎこちない。話をするどころか、顔を合わすこともないのだという。

 互いにどう接したらいいのか、わからないのかもしれない。

 そう思ってのお茶会提案。

 二人っきりが気まずいのなら、第三者もいっしょにお茶会。

 最初はぎこちなくても仕方ない。けど、少しずつ回数を重ねていけば。そしたら、いつかは、世間一般的な兄妹のような関係になれるかもしれない。

 そう思っての、「第一回 兄妹仲良くしましょうお茶会」だったのだけど。


 兄、不在。


 いや、本当は、リアハルトさまだって、お茶会に参加しようとしていらしたのよ?

 いかめしい皇帝。一度は戦をし合った間柄。

 そう思われたくなくて、過去を払拭したくて。異母妹に怯えられたくなくて。警戒されたくなくて。

 とても。とても気さくな衣装を選んでいらした。

 一国の皇帝というより、貴族の年若い優しいお兄ちゃんを演出。

 何度も洗って古びた感のある、くだけた服装。でも、「この茶会、楽しみにしてたんだぞ」と、わざわざ新調したっぽいものも中に混じる。

 ただお茶飲んで兄妹でお話しするだけなのに。随分気合い入れてきたな~ってわかる服装。

 わたしとセラン、そしてリアハルトさま。三人で、このお茶会の席へと向かってたんだけど。


 ――陛下。


 あと少し。

 あと少しで庭園に出るってところで、呼び止める声がかかっちゃったのよ。

 呼び止めたのは、〝老練〟って言葉を上に載せておきたいような侍従。キレイに撫でつけた白髪をこちらに見せるぐらい腰を折って、リアハルトさまに頭を下げていた。

 きっと、この従者も「呼び止めて申し訳ないな。せっかくの、楽しみにしていたご兄妹の歓談を邪魔してしまった」ぐらいは思ってるんだろう。短い「陛下」の言葉の中、頭の下げ方に、そういう申し訳無さがギュッと凝縮されている気がした。


 ――わかった。


 軽く。

 とても軽く、注意深く聴いてなければわからないほどの小さな息を吐いて、リアハルトさまが侍従の方へと踵を返した。

 主がこのお茶会を楽しみにしている事は知っている。それでも呼び止めたということは、それだけ危急の、重要な案件があるということ。

 リアハルトさまは、アルディナさまの異母兄であると同時に、この国の治天の君でもある。優先すべきは、兄妹の情よりも国政のこと。


 ――すまない。エナ、セラン。二人で、妹と話してやってくれないか。


 本当は、自分が行きたい。でも行けないから。代わりに。


 ――わかりました。わたしたちで、アルディナさまとお茶してきますわね。


 リアハルトさまの言葉に、妹を優先できない苛立ちが滲んでみえたから。申し訳ないと心の底から思っていらっしゃるようだったから。

 笑顔で、その任を引き受けた。

 アルディナさまと、どこまでいろんなことを話せるか。セラン以外の人とほとんど話せていない生活だったから、自分の人との交流能力は、ものすごく絶大に不安だけど。


 (アルディナさまのご様子とか、後でお知らせできたらいいな)


 どんなことを話したのか。どんなご様子だったのか。

 できれば、腹を割って話して。アルディナさまが、リアハルトさまをどう思っていらっしゃるのか。そのあたりも知れたらいいな。好きなもの。楽しいこと。なんでもいいからアルディナさまのことを知って、リアハルトさまに教えて差し上げたい。

 そして。

 アルディナさまにも、リアハルトさまのいいところを、いっぱいお教えしたい。アナタの異母兄君は、アナタをとても気にかけていらっしゃるのよって伝えたい。


 「フン。まあいい。皇帝陛下にとって、所詮は、その程度の茶会だったというだけだ」


 ゔ。


 アルディナさまの悪態に、とっさに言葉が出てこない。

 「その程度」ではないお茶会だったのだけれど。政務を優先してしまった以上、そう思われても仕方ない。

 卓を囲む四つの席。その一つが埋まってないことに、申し訳なく思う。


 「わざわざ、珍しくわたくしを呼び出すから、なにごとかと思い参加してみれば。このざまか」


 ゔゔ。


 「――帰る」


 ガタンと大きな音とともに、アルディナさまが立ち上がる。


 「おっ、お待ち下さい!」


 続いてわたしも立ち上がる。

 まだ茶会は始まったばかり! わたしたちとだけじゃあ、気まずいかもしれないけどっ!

 ってか、全然お茶飲んでないじゃない!


 「なんだ。わたくしは、お前と仲良くするつもりはないぞ」


 「陛下は、急ぎの仕事が入っただけなのです! 陛下なら、速攻で仕事を終わらせて、こちらに駆けつけて来られるはずです!」


 「……どうでもいい。こちらも、積極的に会いたい相手でもないしな」


 卓をグルっと回り込んで、アルディナさまの腕を取ったら、ものすごい侮蔑の視線が返ってきた。


 「お前が、あの皇帝陛下とどういう関係になろうと気にせぬ。好きに乳くり合えば良い」


 「ちっ、乳くり……!」


 「お前を皇后にして、乳くり合って、子をポコポコ産ませて。そうしたら、憎い異母妹などお役御免にできるからな。いつでも処刑することができる」


 「――は? 処刑?」


 「なんだ。気がついてないのか」


 わたしが余程間抜けな顔をしていたのだろう。アルディナさまが、口角を上げ、とても、とても嫌な笑みを浮かべた。


 「あの皇帝陛下が、一度は敵となった異母妹を生かしておくのは、その異母妹以外に使える手駒がいないからだ」


 「手駒?」


 「皇女は、他国に嫁がせ友好を結ぶための手駒だ。だが、あの皇帝陛下には、まだ子もいない。だから、わたくしを生かした。手駒がないと、いざというときに困る。お前が皇女を産んだら、憎い異母妹は無用の存在になるだろうな。そうなったら、――己の覇道を邪魔した罰として、この首を刎ねるだろう」


 「な……っ!」


 言葉が出てこなかった。

 出せなかった。

 皇女は皇帝の手駒? 他国に嫁がせる?

 そんなことのために、リアハルトさまが異母妹を生かしていると?


 「お前も、サッサと娘を産んで差し上げろ。そうすれば。そうすれば、わたくしは晴れて自由の身だ。首を刎ねられ、自由になれる」


 達観。諦念。諦観。皮肉。冷罵。


 なんでそんなに、自分の生を突き放して話せるの?

 なんで、異母兄が自分を殺すと思ってるの?

 まだ12、3歳程度の女の子が?


 「――ふざけんじゃないわよ」


 「ね、姉さま?」


 そばにいたセランが、怯えてる。

 自分でも。自分でも信じられないほど、怖いぐらい低い声が出た。自覚はある。けど。


 「リアハルトさまが、どう思ってるかなんて! 一度、ちゃんと話をしなさいよ!」


 一応、未来の義姉として、皇妃(予定)らしく大人しくしてるつもりだったんだけど。

 怒りが爆発した。

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