リアルなその人との触れ合いがあった
私が小学生から中学生だったころ
まず、小学生の時には我が家には家電話が無かった
そんな時代です
携帯電話が当たり前の現代ですが、過去にはそんな時代があったのですよ!(笑)
学校では生徒名簿と言うのが毎年更新発行されて、生徒一人に一冊ずつ配布された
そこには、学校全員の生徒だけではなく教員の氏名と住所と電話番号まで書いてあった
家電話の無い家は?
我が家の場合は隣の家にはあったので、〇〇さん呼び出しとして隣の家の電話番号が記載されていた
誰がどこに住んでいて、どうやって連絡を取ればいいのか?なんて一般公開されていた時代だった
だから、住所を聞くこともなく年末には担任の先生にまで年賀状を普通に書くことができた
淡い気持ちであこがれを持ったあの子がどこに住んでいるのかもすぐに分かった
ただ、恋文を書くにはこれまた違う勇気がいるので書いたことは無かったですけどね(笑)
まあ、大阪市内では小学校の校区なんてたかだか知れた範囲なので、どこにでも歩いて行けましたね・・・
中学生になって家に電話がついた
あのダイヤル式の真っ黒い重たい物体です
裏の家の人と一緒に電話を申し込んだので、我が家とその家とは電話番号が一番しか違わない連番だった
これで家から電話ができるぞ!
ところが電話代と言うのが一体どれくらいかかるのか解らない・・・
母方の親戚はほぼ全員愛媛県の県外でさらに遠方だしね・・・市外通話は目が飛び出るほど高いはず!
今で言うなら、お品書きが時価と書いてある寿司屋に行くような感じかな?(大袈裟かもしれませんが小心者にはそれぐらいの感覚でした)
ところが、いざ誰かに電話するとなると家族が聞き耳を立てて聞いているのですよねぇ
また、女の子からかかってきた時なんかに親がまず電話に出たら、その後の電話中なんか親は耳ダンボ(意味わかります?)状態ですわ
こちらから女の子の家に電話する時なんて、普通の要件を伝えるだけなのにどれだけ緊張したことか・・・
さらにちょっと気になる子になると・・・相手の親が出たらどうしよう?そうしたら何と言おう・・・頼むから本人が出てくれ!なんて願ったものです
学校では交換日記なんてしている男女もいましたね
ええなぁ・・・
なんとも羨ましい目で見ていました
雑誌には文通相手募集なんてコーナーもあり
これなんか手紙のやり取りだから、全然知らないその他大勢に氏名と年齢と家の住所を公開していたのですね
それでも今みたいな陰湿な事件が起きたということは耳にしませんでした
ええ時代やったよねぇ
ポケベル(ご存じですか?)もなく、携帯電話なんて未来の道具だと思っていた時代
もちろんパソコンなんてのも無かった
あるのはラジカセだけ
当時レコードを録音する時に、ラジカセしかなくてマイク録音となるために、家にいる家族に「絶対音をたてやんといてや!」とお願いしていましたね
なのに家族が不注意にも「ごはんやでぇ~」なんて呼ぶことがあり、怒ることもよくありました(笑)
カセットテープに自分のお気に入りの曲を集めたベストセレクト!なんてみんな勝手に作っていたし、気にあるあの子に「これ聞いて!」とあげたりした時代
付き合いは、直接会うか、電話で会話するか、手紙を出すか・・・駅の伝言板もありましたね(笑)
そう、全て本人達の自らの行動だったのです
留守番機能なんてまだないリアルな電話の声で相手の調子や気持ちを慮り
手紙は一生懸命奇麗な字を書こうと悪戦苦闘して
メールや文章作成ソフトなどのように誰が書いても規格の文字が出てくるなんてことは不可能の夢物語
だからこそ、精一杯自分の個性で相手に想いを伝えようとした
人間らしかったよなぁ
そんなことをするのがもう煩わしく、さらに他人を警戒しながら付き合っていく世の中になっちゃったんだね
はらはらドキドキした青春はバツが悪く赤面することもあったけど、純粋でええ時代でしたわ