第6話「村に水が流れた日」
蛇口をひねったら、水が出た。
たったそれだけのことに、私はしばらく見入ってしまった。
金属製のパイプの先から、透明な水が音を立てて流れ落ちる。
炊事場の木の流し台に当たって、ぴしゃぴしゃと音を立てて跳ね返る。
それは、魔法でも奇跡でもなくて、仕組みと積み重ねの結果。
ヴィーが浄化用のナノマシンを設定してくれて、クオンが濾過装置や沈殿槽をチェックして、私は地形を整えて構築して……全部が繋がって、この瞬間になった。
「うわっ、出た出た!」
どこかで子どもが声をあげた。
振り向くと、小さな手で蛇口を回して、嬉しそうに水をすくってる子がいた。
手を洗ってるだけなのに、なんだかとっても楽しそうで、周りの子たちも真似をしはじめて。
「おお……これは……」
お父さんが、流れる水をしみじみと眺めてる。
水を張った桶を手にしたまま、ぽつりとつぶやいた。
「水って……こんなに静かに出るもんだったのか」
お母さんとレオも、少し離れた場所で笑ってた。
「ねえ、お母さん、おかわりしていい?」
「なんで水におかわりがあるのよ」
「だって、何回でも出るんだもん!」
子どもたちの笑い声が響くなか、私は少しだけ深呼吸をした。
「これが……“生活の変化”ってやつかな」
魔法を使った。でも、それは物語の中のような不思議な力じゃなくて。
ちゃんと仕組みがあって、理解して、使って、形にできた。
それがなんだか、すごく嬉しい。
「ミア」
振り返ると、レオがこっちを見ていた。
嬉しそうな顔だけど、なんだかちょっと照れてるようにも見える。
「……すごいよ。ほんとに、やっちゃったんだな」
「ふふん、やればできる子だもん」
軽口を返しながら、私は内心、ちょっと泣きそうだった。
レオにそう言ってもらえるの、ずっと夢だった気がする。
「君たちの技術は……王都でも通じるものだ」
静かな声がして、私はそっちを振り返る。
アレクシスさんが、炊事場の柱に寄りかかって、遠くからこっちを見ていた。
にこやかな顔。でも、あの笑顔の奥が、ちょっと読めない。
「……あの、何か?」
「いや。素晴らしい成果です」
アレクシスさんは、イケメンオーラを放ちつつ、穏やかにうなずく。
イケメンは何をしても形になるね。
「ところで」
アレクシスさんが、ふと声の調子を変えた。
「この水道設備、領都のほうでも紹介したいのですが……
おふたりとも、少しだけカストールに来ていただけますか?」
まったく威圧感はないけど、それでもその場の空気がすっと変わった。
「それって……領主さまに?」
「はい。ご報告も兼ねて、ですね。あちらの技術担当の方とも、ぜひ話を」
言ってることは正論だ。
村の水道を使えるようにしたってだけじゃない。
濾過装置に、万能工作機に、ナノマシン。
こんなものが、どこから来たのか。誰が何のために持ってるのか。
それを問いただされないわけがない。
「ミア」
ヴィーが、そっと耳打ちしてくる。
「今は乗っとけ。逆らうタイミングじゃない」
「……うん」
にこやかに笑ってるアレクシスさんの目が、まるで氷みたいに冷たく見えた。
たぶん今断ったら、後で何倍にもなって返ってくる。
だったら、先に恩を売っておいた方がいい。
「では……準備ができ次第、数日のうちに」
アレクシスさんは、優雅に一礼をすると背中を向けて去っていった。
その背が見えなくなるまで、私とヴィーは頭を下げていた。