第5話「水を引いてみた Sideヴィー」
川辺に立っているのは、俺、ミア、クオン、それとアレクシス。
本当は会議が終わったら終わりのはずだったんだけど、俺が「ちょっと実演してみよう」とか言っちゃったせいで、そのまま現場に移動する流れになった。
ま、こういうのは話すより見せたほうが早い。
「クオン、水くむの手伝ってくれ」
「了解」
クオンがさっと木桶を下ろし、川から水をすくってくる。
その動きは機械的というより、もう少し自然に近い。
ティルアに来た頃より、動きが人間っぽくなってきてる気がするのは、俺の気のせいか。
水を受け取って、そのまま左手をかざす。
「《ナノマシン制御》」
魔法を発動すると、川の水に微かな光が差した。
水の表面が静かに揺れ、濁っていた水がみるみるうちに澄んでいく。
中で何が起きてるかは、俺にしかわからない。
細菌に感染し、その中で増殖して細菌を破壊するウイルスがあって、そいつの機能だけをナノマシンで再現した。
その結果、雑菌や微生物、ウイルスなんかを捕食・分解するナノマシンが爆誕!ってわけだ。
「これは……」
アレクシスが小さく呟く。
「なるほど。川の水が浄化されているのですね」
クオンが俺の方を見て、素直に感心しているようだ。
流石のクオン様もこの使い方は思いつかなかったらしい。
「通常の濾過装置に加えて、このナノマシン浄化を併用すれば、衛生的な問題の九割は解決できます。煮沸すれば飲用も可能です」
「……毎回、ヴィーがやるわけにもいかないでしょ」
とミア。
ごもっとも。
俺の魔法は便利だけど、四六時中張り付くのは非効率だ。
「というわけで、クオン。あれ、説明して」
「はい。こちらが“万能工作機”です」
クオンが持参していた布に覆われた木箱を開ける。
中には、黒く光沢のある円柱型の機械が収まっていた。
「素材と電力を与えることで、定義された設計図に基づき、自動的に物資を生成できます。
金属加工、化学反応の強制促進、さらには高温処理炉としての運用も可能です」
「つまるところ、こいつがあれば、ナノマシンの量産も管理もいけるってわけだ」
俺が言うと、アレクシスが少しだけ目を細めて笑った。
「君たちの魔法……いや、実に興味深い」
あくまで柔らかい口調だけど、たぶんもう見定めは済んでる。
この人、底が知れないなと思った。
* * *
作業は翌朝から始まった。
人員は、俺とミア、クオン、アレクシス、それに彼の部下たちが数名。
部下たちは最初、完全に「労働する気満々」って顔をしてたんだけど、ミアが地面に手をかざして魔法を使い始めた途端、空気が変わった。
「《地形改変》」
轟音とともに、土が盛り上がり、削られ、一直線の水路が現れる。
「……!」
言葉もない、ってやつだ。
「ヴィーやクオンは見えてると思うけど、川から村まで緩やかに流れるように角度つけてる。
であとは、沈殿槽だね。排水用の分岐も作る予定」
部下たちの一人がぽつりと、「なんだその魔法は……」とつぶやいた。
アレクシスはそれを聞いても動じず、ただ一言だけ。
「これが、彼らの魔法か」
濾過装置の設置も、ミアが《構築》でやってのけた。
素材は川辺に運び込んだ鉄材と木材。
完成品は一見して魔法の産物というより、工学製品そのものだ。
そして、万能工作機の設置。
そこまでやって、俺とミアはバトンタッチした。
後は、お待ちかねの肉体労働タイムだ。
万能工作機は、セーフティがかかってて、俺とミアとクオンしか使えない。
だから、これの設定はするが、大した時間はかからない。
問題は、配管やらといった肉体労働だ。
これすらミアが《構築》できるんだろうが、
魔法は使うと腹が減る。そういう仕組みなんだそうだ。
どんなでかいことをしても、小さいことをしても、1回は1回。
《地形改変》みたいな大規模処理は、意外と少ない回数で済む。
だけど、配管みたいに細かくて数が多いやつは、エネルギーを多めに食う。
俺は、配管と接続部、パッキンやバルブをアレクシスの部下と組み上げていった。
最初は、顔も名前もわからない相手だった。
けど、作業を通じて、少しずつ呼吸が合ってくる。
昼を過ぎる頃には、俺が指示を出せば、黙ってパッキンを押さえてくれるくらいには、通じるようになっていた。
そんな俺たちの後ろで、クオンは涼しい顔で重い部品を持ち上げる係をしていた。
こういうの、嫌いじゃない。
手を動かして、実際に形になるってのは、単純に面白い。
この作業が終われば、村に水が通る。
俺たちの手で作った“水道”が、ちゃんと動くんだ。
そんな未来を想像しながら、俺は最後のバルブを締めた。