第3話「世界の真実と科学の灯」
「……なるほど、そういうことだったのね」
クオンの説明は、驚くほど論理的で整然としていた。
けれど内容は、この世界のどの書物にも記されていない、“始まりの物語”だった。
地球を飛び立った方舟の船団――その存在すら、私たちの前世では空想にすぎなかったはずの話が、現実としてここにあった。
この惑星は、彼らが見つけた新天地。
人類は新たな世界を開拓するため、船団ごと移住し、文明を築き始めた。
だが、全てが順風満帆だったわけじゃない。時が経つにつれ、人々の間に対立が生まれた。
アシスタントAIの指示に従い、理論通りの開拓を進めようとする保守派と、人間の手で、この惑星を“人間らしく”開拓すべきだと主張する改革派。
「神話にある天使と堕天使……それ、もしかして……」
「そう。神話っていうのは、記憶の変質、あるいは物語化された歴史なのかもな」
中央大陸で起きた内戦。
保守派は敗れ、アシスタントAIの中枢――“マザーコア”ごと、北の大陸に封印された。
この話も神話にあった。北の大地に神が封印されたのだと。だから、天使を信仰しているのだと。
「私の記録は、ここまでです」とクオンは言った。「以後の出来事は、観測権限の外にあります」
――観測権限。
その言葉が、のちに大きな意味を持つなんて、このときはまだ気づいていなかった。
「じゃあ……私たちが、どうしてここにいるのかは?」
「21世紀の地球から、なんで俺たちだけが……」
私たちの問いに、クオンは一瞬、沈黙した。
「申し訳ありません。現在の権限では、そのご質問にはお答えできません」
硬質な声なのに、どこか申し訳なさそうで――私は肩をすくめて、軽く笑った。
「そっか。でも、それなら探してみる価値はあるよね」
「俺もそう思う。“なぜここにいるか”を知るには、まず、ここで生きなきゃならない」
そこで、クオンからの提案が届いた。
“方舟”が残した技術を使えば、今の私たちでも“魔法”としてそれを扱えるのだと。
ただし条件がある。
「この惑星には、“観測領域”が存在します。方舟のセンサーネットワークが届く範囲内に限り、技術行使が可能です」
観測領域。私たちにはまだ掴みきれない概念。でも、言葉の響きだけで、なんとなく“量子的”な何かを感じた。
クオンが、私たちの技術適性を告げる。
「ミア様は“構築”と“相転移”、ヴィー様は“合成”の適性を確認しています。
他にもありますが、その辺は追々使えるようになるでしょう」
「……ファイアーボールとか、そういうのじゃないんだね」
「全然違うな」
“構築”は、素材からパーツ、そして完成品を組み立てる技術。
“相転移”は、物質を“方舟”から取り出したり、格納したりする、いわゆるアイテムボックス的な能力。
「“合成”は……化学反応を即時に起こせます。有機化学反応、高分子の重合反応等も即時完了可能です」
「つまり、錬金術じゃなくて、ガチの化学だな」
この魔法――いや、技術を使えば、私たちは村を変えられるかもしれない。
* * *
「最初の一歩として、水力発電所を作りましょう」
クオンの提案で、数日後、私たちはエルドン鉱山村に来ていた。
ティルアからは約20キロの距離で、馬車でも行くだけで一日程度の道のりだ。
表向きは、ヴィーの行商の手伝い。
けれど本当の目的は、その近くにある高さ100メートルの大瀑布だ。
ヴィーと私は、商業ギルドから頼まれた仕事を手早く終えると、滝壺が見える地点まで移動した。
クオンから聞いていたけど、視界内に治められるなら、どこでもこの方法で建てられる。
これをつくると、"方舟”内の資材がすっからかんと言わないものの、かなり目減りしてしまうけれど
背に腹は代えられないということだった。
クオンの指示を受けて、魔法発動用のインターフェースを起動すると、
視界には、私とヴィーにしか見えないホログラムのような設計図が浮かんだ。
手でホログラムを掴むようにして操作をすると、まるで、ゲームの世界で、建造物を建てているかのように
地形にぴたりと沿って、仮想の建物が配置されていく。
「ミア、ベース設置完了。資材、よろしく」
「了解、《構築》!」
私は魔法を展開し、資材をパーツに、パーツを土台へ、次々と組み上げていく。
建設には時間がかかる。
けれどそれでも、現実なら数ヶ月はかかる規模の建物が、ほんの一時間ほどで立ち上がった。
その後、私たちは電柱を《相転移》で設置しながら帰路につくのだった。
* * *
数日後。
ティルア村の共同炊事場に、白い光がともった。
「う、うおおおお!」
「な、なんだこの光は!?」
「昼みたいだ……!」
村人たちは口々に驚き、感嘆の声をあげた。
光源は、私が《相転移》で出したLED電球。
私たちには当たり前だった明かりが、村の人々にはまるで奇跡のように映っている。
「電気……だね」
「……ああ、始まったな、俺たちの、発展計画」
私は感極まって、胸が熱くなるの感じた。
ただ、大体的に宣伝してしまった以上、村人が自分の家にもつけて欲しい、と願うのは当たり前だった。
いや、想像はついていたんだけど、考えないようにしていたんだよね。
村の人口は、500人。世帯数にして、およそ100。
私の15歳の自由はここで幕を閉じるのであった。
* * *
「で、次はどこの家?」
「こっちが申請の家……だけど、まだ30世帯分しか処理してないよ?」
配線は《構築》やクオンの手によって簡単にできる、
とはいえ自由に使える時間を考えると、1日1世帯が限度だった。
私は、頭を抱えた。
どうやら、“現代化”という名の仕事地獄が、ここから始まるらしい。