第11話「城の改築はじめました」
翌日から、城の改築が始まった。
石造りのゴツい砦みたいな城だけど、実利優先の造りが逆にありがたい。
飾り気ないから、ガンガン手を加えやすいんだよね。
まず最初に取りかかったのは、電気の引き込み。
街についたときに、街の入口まで敷設していた電線を、街の外周をぐるっと回して、城の裏手へ。
そこから地下を掘って、城内に通す作業だ。電線にはカバーついてるから、水濡れや衝撃は平気。
城内では、元々燭台があった場所に沿わせるように、LEDライトを取り付けていった。
実利優先の砦だから、見た目より機能優先でいいよね、って自分に言い聞かせる。配線隠すの無理だし。
でも、ゴチャゴチャしていないだけマシ、と思いたい。
ホールには、クオンと2人で特製のシャンデリアを作った。
《構築》があるから、設計図さえホログラムで出してもらえば、作るのは簡単。
もちろん中身はLEDだ。ぱっと見、中世風の飾り天井なのに、スイッチひとつで光が満ちるなんて、ちょっと楽しい。
そんなふうにあちこちに照明とスイッチを仕込んで、結果、城内の作業だけで3日もかかってしまった。
城の配線がひと段落ついたころ、裏では別の工事が進んでいた。
ヴィーと騎士団が中心になって、銅の配管を作っていたのだ。
あらかじめ《相転移》で出しておいた大型の万能工作機を、簡易な木造プレハブ小屋に2つ設置。
銅鉱石を1台目の万能工作機で精錬して、インゴットに。コンベアで次の万能工作機に流して、配管に成形。できた配管は、またコンベアで外に運び出す。
銅鉱石の運搬も、完成した配管の運搬も、騎士団の人たちが手伝ってくれたみたい。
その合間に、ヴィーはクオンと水源調査にも出かけてたらしい。クオンは城でも配線の設計手伝って、外でも水源チェックして、ほんと引っ張りだこだったけど、本人は相変わらず無表情だった。
4日目、ようやく私も水路工事に合流することになる。
まず、城の裏手から《地形改変》で水路を掘る。
途中に沈殿槽、つまり大きなプールを作って、砂や泥を沈めるための場所にする。
同時に、排水用の別の水路も掘り、そちらにも沈殿槽を設置。
ろ過装置は《構築》で作る。万能工作機を沈殿槽にそれぞれ配置して、ヴィーがナノマシン制御で水の浄化設定をする。
細かい作業より、大きな設備工事のほうが魔法疲労も少ないし、騎士団員も総出で動いてくれるので助かる。
「ヴィー、この装置って何に使ってるんだ?」
騎士団のお兄さんが、ヴィーにフランクに話を振る。年は少し上かなあ。アレクシスさんの部下さんたちともそうだったけど、仲良くなるのが早くてうらやましい。
「まあ、簡単に言うと、水の中に入ってるゴミも除去してるんだよ。そっちの溜池の方も、ちっちゃい機械が入っていて、ゴミを食っている」
ヴィーに続いて、クオンが「ナノマシンの分解効率、95%。水質は飲用基準です」って淡々と答えると、お兄さん、目をキラキラさせてた。
うん、クオンの説明、なんかカッコいいよね。
配管は、厨房、浴場、手洗い場、それから城前広場へと引き回す。
水を送るためのポンプとモーターは、"方舟"の在庫から《相転移》。
クオンが「いずれ自前生産できないと困ります」と冷静に言ったけど、今回は割り切るしかない。
城の前の広場には、蛇口が10個ずつついている、共同で使える水場をいくつか設置した。工事の間もそうだけど、領都の人たちは興味津々だ。騎士団が総出で動くものだから、最初はちょっと怖がっていたけれど。
完成した水場の蛇口をアレクシスさんが試しにひねると、水がどばっとでて、領都の人たちが笑顔になっていた。これは信頼度げっと作戦、成功だね。使い方とかの説明は、騎士団の人たちに任せることにした。
6日目からは、城内の風呂場の改築に取りかかった。
領主様の奥方のエレオノール様たっての希望で、もともとのお風呂は、木の浴槽に使用人が沸かしたお湯を木桶で運んで溜めて、ハーブを散らしたお風呂に入っていたらしいんだけど、湯沸かしに時間はかかるし、浴槽の汚れも目立つということで、なんとかならない?と相談を受けたためだ。
早速、アレクシスさんと、ヴィーとクオンと4人で相談。
古代ローマ式のテルマエ風呂に変えることにした。
その大胆な発想に、アレクシスさんは驚いていたけど、エレオノール様に伝えたところ、「ぜひ、それでお願いね」と気に入ってくれたので、着手開始。
貴族用、賓客用、騎士団用、使用人用と、用途別の浴場を作る。
男女別の敷居をつけて、浴場は完成。
水は、浴場の外に作った貯水槽から引いて、石造りの炉と真鍮製のボイラーで加熱する仕組み。炉は、使用人が薪をくべて加熱する感じだね。
一方、ヴィーはオリーブ油と灰汁、ハーブの精油を《合成》して、石鹸とシャンプーを大量生産。シャンプーには、グリセリンを添加して、髪がキシキシしないようにしたみたい。
使い方は、私が城の人たちに説明して回った。
これがエレオノール様や、城の女性陣の間で大人気。
石鹸は、他領からの輸入で城では使われていたけど、動物性の油脂で作られた、泡立ちが少なくて、匂いの強いものだったので、評判はよくなかった。
そこに来て、ヴィーの作った石鹸は、植物性で泡立ちも良く、ハーブの香料で香りも良い。人気にならないはずはなかった。正直、私も欲しい。
「これはどこで買えるのかしら?」
「ティルア村で売り出す予定です。今回は試供品として、いくつか置いていきますね」
ヴィーは、エレオノール様や、城の女性陣に囲まれて、笑顔で質問に答えていた。
絵に描いたような営業スマイルだったので、少し笑ってしまう。
チラっとこちらに視線を送ってきたけど、私も笑顔でごまかした。
* * *
夜、すべての工事が終わって、完成した使用人用浴場に浸かる。
湯気がふわっと上がって、体の力がスーッと抜ける。ティルアじゃ、湯あみや水浴びしかしてなかったから、16年ぶりの本格的なお風呂。なんか、泣きそう。
「……これ、幸せすぎる……」
思わず呟くと、敷居の向こうの男湯から、ヴィーの声。
「ああ、最高だな」
湯の温かさが、心の奥まで染み渡る。
私は目を閉じて、湯に浮かびながら思った。
ああ、私たち、ちゃんとここまで来たんだな――って。
そして、きっとまた、もっと先へ行ける。
そんな気がしていた。




