第9話「カストール到着 Sideヴィー」
馬車が軋みを上げながら再び動き出したとき、ゼム=クラウとの戦闘を乗り越えた安堵感で、俺は深く息を吐いた。
ミアも隣で肩を落とし、汗と埃でちょっと汚れた顔を袖で拭ってる。戦闘の緊張が抜けた途端、どっと疲れが来たんだろうな。わかるぜ、俺もだ。
「なあ、クオン。あのプラズマ・ブレード、マジで何でも切れるな。ゼム=クラウの外骨格、鉄板みたいだったのに一撃だったし」
俺が振り返ると、クオンは馬車の後ろを歩きながら、淡々と答える。
「プラズマ・ブレードは、分子結合を一時的に切断します。外骨格の硬度は問題になりません。ただし、エネルギー効率は状況に応じて調整が必要です」
「調整ねえ……ってことは、あれで城壁とかも切れちゃうわけ?」
ミアが目を丸くして聞くと、クオンは一瞬だけ首を傾げる。
「理論上は可能です。しかし、観測領域外では機能が制限されますし、戦略的価値が低い対象には使用しません」
「戦略的価値か……なんか、クオンってほんとAIっぽいよね」
ミアが苦笑するけど、クオンの群青の瞳は、ただ静かに霧の先を見つめてる。
ゼム=クラウの死体を焼いたとき、アレクシスがそのブレードにチラチラ視線を投げてたのが気になった。あいつ、絶対何か企んでるぜ。
焼却作業はクオンのブレードでサクッと終わった。
変形したワイヤー状のプラズマで死体を一気に蒸発させる手際は、相変わらず反則級だ。
領都にはゼム=クラウの外骨格を武器に加工する鍛冶屋もいるらしいけど、ぶっちゃけ、あの虫の甲殻とか誰が使いたいんだ?
ミアも「気持ち悪い」って顔で首振ってたし、ティルアにそんな趣味のやつがいなくて心底良かった。
馬車が街道を進むにつれ、電柱の列が道沿いに延びていく。
クオンがプラズマ・ブレードで切り倒した木が、こうやって形になってるのを見ると、なんか妙に感慨深い。
霧が薄れ、視界が開けたその瞬間――
「うわ……これが、カストール?」
ミアの声に、俺も思わず馬車の縁から身を乗り出す。遠くに、灰色の石造りの城壁と門が見えた。
その向こうには、赤や茶色の屋根がごちゃごちゃと重なり合う街並みが広がってる。
なんか、前世の地方都市の雑多な感じを思い出すな。
街道が舗装され始め、行き交う馬車や人の数が増えてきた。
荷物を背負った行商人、農具を担いだおっさん、でかい籠を頭に載せたおばさん。
子供が石畳を走り回り、どっかで馬が嘶いてる。
前に来た時に見た感じでは、商業区と職人区が分かれてるんだが、実際はもっとカオスだ。
郊外の農業区には麦畑と古びた家が密集し、旧市街らしき区域はもう人で溢れかえってる。
前世の都心のラッシュアワーを思い出して、ちょっと気分が悪くなった。
「人、多すぎだろ……これ」
俺が呟くと、ミアが隣で頷く。
「うん、なんか……想像してた『領都』と違うよね。もっと、キラキラしてるのかと思ってた」
「キラキラねえ。まあ、城壁のデカさはポイント高いけどな」
俺が軽口を叩くと、クオンが淡々と補足する。
「カストールの人口は約8000人。中央大陸の交易拠点として機能しますが、
下水道もなく、技術水準は低いといっても差支えはないかと。
城壁は過去の防衛施設を再利用したもので、耐久性は高いですが、装飾性は低いです」
「クオンってガイドブックみたいだね。今度美味しい店を紹介してよ」
ミアが笑うけど、クオンは「飲食店の評価は私のデータベースにありません」と真顔で返す。いや、冗談だって。
アレクシスは馬車の前方で御者と話しながら、チラッとこっちを見やった。
にこやかな笑顔だけど、目がなんか冷たい。領主代行ってやつは、絶対腹の底読めねえタイプだ。
「まずは城へ向かう。父上…領主さまがお待ちだ」
カストール城は、街の中央から少し離れた高台にドンと構えてた。
華やかさ? 皆無。灰色の石を積み上げた、ゴツい要塞そのものだ。門をくぐると、広い中庭に古びた厩舎と騎士団の詰め所が並んでる。
騎士団員がをガチャガチャ鳴らしながら歩き、馬が鼻を鳴らす音が響く。飾り気ゼロ、実利一本。
まるで前世の軍事基地を中世風にしたみたいな雰囲気だ。
「騎士団って、戦争と治安維持専門なんだよな。農業や商業にはノータッチって話だけど……この緊張感、ヤバくね?」
俺が小声でミアに囁くと、彼女はコクコク頷く。
「うん、なんか……空気がピリピリしてる。領主様って、どんな人なんだろうね」
「さあな。けど、アレクシスの上司ってことは、もっと底知れねえやつなんじゃね?」
俺の言葉に、ミアがちょっと青ざめる。
クオンは相変わらず無表情で、ただ歩調を乱さず俺たちの後ろに立つ。なんか、クオンのこの落ち着き、逆に心強いわ。
中庭を抜け、城の玄関ホールに入ると、石の壁に沿って鉄製の燭台が並んでた。
蝋燭の明かりがチラチラ揺れ、壁に長い影を投げる。ホールには騎士が二人、入口に立ってじろっとこっちを見てる。
いや、睨んでるってほどじゃねえけど、明らかに「よそ者チェック」だな。
アレクシスが先頭で歩きながら、軽く手を上げる。
「領主様への謁見だ。通してくれ」
騎士が無言で頷き、鉄の扉をガコンと開ける。扉の向こうは、長い廊下。床は磨かれた石、石壁には古びた旗が掛かってる。
「ヴィー、なんかドキドキしてきた……」
ミアが小声で囁く。俺も正直、胸の奥がザワついてる。
「まあ、なんとかなるだろ」
「うん、そうだね!」
ミアの苦笑に、俺も小さく笑う。
廊下の突き当たり、でかい木製の扉の前で、アレクシスが振り返った。
「準備はいいか? 父上は、なかなか面白い方だ。……驚かないでくれよ?」
その笑顔、めっちゃ含みあるんだけど!? 俺とミアは顔を見合わせ、ゴクリと唾を飲む。
クオンだけは、淡々と扉を見つめてる。
この扉の向こうで何かが起きるのか。
まだわかんねえけど、腹くくるしかねえな。




