プロローグ
「……じゃ、いくよ。まずはパーツから――《構築》」
小さく呟いた私の声に反応して、金属の塊が淡く光り、空中で形を整え始める。
「次、圧力弁……《構築》。蓋……《構築》」
厚めの金属板、精密な圧力弁、取っ手、ゴム製のパッキン。
私が《構築》と唱えるたびに、素材がパーツへと姿を変えていく。
「最後に……《構築》」
完成したすべてのパーツが宙に浮かび、ぴたりと噛み合いながら回転し、あっという間に組み上がっていく。
やがてそこに、小さな圧力鍋が姿を現した。
「……完成」
朝の空気はまだ冷たく、地面から立ち上る湯気が霧のように揺れていた。
村の炊事場――と呼ぶには少し整いすぎたその場所には、石造りの調理台と、天井から吊るされた銅製の排気フード。そして、金属光沢のある真新しい電気コンロが鎮座している。
私は鍋を持ち上げて手触りを確認し、隣にいたヴィーに手渡した。
「チェックお願い」
「はいはい、相変わらずチート技術だよな、構築魔法ってやつは」
ヴィーは苦笑しつつも真面目な顔で鍋を手に取り、側面を指で弾いたり、圧力弁やパッキンの状態を丁寧に確かめていく。
軽口を叩いていても、商人の息子だけあって、物を見る目は真剣だ。
「問題なさそうだな。これで、ついに本格圧力調理ってやつが……?」
「うん。ちょっと時間かかっちゃったけどね」
私は鍋を調理台の上に置き、切っておいた野菜や干し肉、井戸水を鍋に入れて蓋を閉める。
コンロのパネルに指を滑らせると、電熱プレートがじわじわと赤く光りはじめた。
「……なんだ? 今、何が起きてるんだ?」
「鍋が、なんか……歌ってるんだけど!」
上がる蒸気と、リズムを刻むように跳ねる圧力弁。
静かだった炊事場が、騒然とした空気に包まれていく。
私はコンロの火力を調整し、頃合いを見て火を止めた。
シュウゥ……
圧が抜ける音と同時に、ふわっと漂う肉とスープの香りに、村人たちが一斉にざわつく。
「なんだ、火を使ってないのに、こんな匂いが……」
「早すぎるだろ、まだ煮込んでないのに……!」
蓋を開けた瞬間、湯気と一緒に濃厚な香りが広がる。
「はい、味見して」
器に盛って差し出すと、ヴィーがひと口すすって、固まった。
「やば……いや、これ懐かしい。……涙出てきた」
本当に泣いていた。
感動しているヴィーを見た周囲の村人たちは、ざわざわと列を作り、器を受け取っては口に運び――
「うまっ!?」
「……なにこれ、食べたことない……!」
次々と驚きの声が上がり、しばらくその場は歓声に包まれた。
ほっとひと息ついて、私も食べようかなと思ったそのとき。
「ミアおねえちゃん!」
駆け寄ってきたのは、スープを飲んで満面の笑みを浮かべたサラちゃん。
2軒隣の家の、まだ小さな女の子だ。
「これって……魔法なの?」
私は少しだけ考えてから、そっと微笑んで答えた。
「うん。魔法だよ。……今は、まだね」
――空が、淡く明るみ始めていた。




