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第9話 神、レジ袋を再利用する

雨が降っていた。

屋根を打つ音が、時折、猫の耳をぴくりと動かしていた。


オメガさんは、床に座り込んでいた。

目の前には、積み上げられたレジ袋の山。

膨らんで、くしゃくしゃで、時折パリパリと音を立てるそれらが、部屋の一角を支配していた。


「……これは、そろそろ……どうにかしよう」


オメガさんは、ひとつ深くうなずき、手近な袋を一枚、そっと取り出す。

袋は音を立てて広がった。少し破れていた。


「……これは……バツ」


彼は破れた袋を横に置き、次の袋を手に取る。

同じように広げ、点検する。

手触り、音、匂い、耐久性、たたんだときの収まり——すべてが彼の神的基準によって吟味される。


「これは……セーフ。傘用にする」


「……神って、そんな感じだったっけ?」


声のした方を振り返ると、猫がいた。

たまである。


たまは窓際で丸くなりながら、雨を眺めていた。

やや不満げな目つきだったが、特に文句を言うでもなく、尻尾を左右に揺らしていた。


「いや、これは大事なことだよ。袋というのは、使いようでいくらでも生き返る。神の知恵の見せどころだ」


「それ、言いたいだけじゃ……」


再びレジ袋に集中する神。

袋を開くたび、わずかな音が部屋に響く。

一枚、また一枚。

静かな作業が続く。


と、そのとき。

ふいに、風が吹いた。


窓が、わずかに開いていた。

一枚の袋が宙に舞い上がり、ひらひらと踊りながら、部屋を出ていこうとする。


「……ほい」


指先を軽く振ると、袋はふわりと逆向きに回転し、手元に戻ってきた。

見た目にはほぼ何も起きていない。

けれど、それが神の力であった。


「すごい……いや、地味……いや、すごい……いや、やっぱ地味……」


たまの声が遠くで揺れていた。

オメガさんは、少しだけ満足げな顔をして、袋を丁寧にたたんだ。


仕分けは続いた。


濡れた傘を入れる袋。

スーパーの特売に向いた大きめの袋。

中サイズでやや厚手の、雑貨用。

さらに、何に使うかわからないが丈夫な袋、など。


「これで……完了」


全体を見回し、深くうなずく。

まるで宇宙の秩序を整えたあとのような静けさだった。


「ふう」


そして、彼は一枚の袋を選び、持ち上げた。

出かける気らしい。


「ちょっと買い物にでも行くか」


「え、今から? 雨降ってるけど……」


オメガさんは袋を片手に、窓の外を見た。

しばらく、そのまま動かない。


沈黙。


たまが視線を送る。


「……ねえ」


「……ほう。雨、止んだ」


たまがもう一度窓の外を見ると、確かに雨は止んでいた。

タイミングが良すぎる気もする。


「今の、偶然?」


「偶然だ。たぶん」


「たぶん……」


オメガさんはうなずき、でも袋を見つめたまましばらく黙っていた。

そして——


「……でもまあ、今日はここまでにしておこう」


「えっ……?」


袋は机の上に戻される。

オメガさんは立ち上がり、ストレッチのように両腕を広げ、背筋を伸ばす。


「明日も使える袋は、今日作った。今日はそれで、十分だ」


「それ、つまり買い物には行かないってこと……?」


「うむ」


オメガさんは静かに頷き、窓を閉めた。

部屋にはまた、静けさが戻る。

雨音も、風も、袋の音も、消えていた。


たまは、くるりと体勢を変えて寝転び、ひとつため息をついた。


「神って、こんな感じなんだっけ……?」


誰に言うでもなく、ぼそりと呟いた。

そのまま、部屋は静かに、夕暮れへと沈んでいった。

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