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第7話 神、電子レンジを買う

朝。

オメガさんは、冷えた肉まんを手にしていた。


静かな台所。

電子レンジの前に立つ。


扉を開ける。

皿に乗せる。

時間をセットする。


ピッ。


……。


「……鳴らぬ」


チン、が来ないまま、静けさだけが残った。


「たま」


「なに」


「レンジが……無音だ」


「まさか」


「ピッ、とは言ったが……チンが、来ない」


「……それは、だいたい壊れてるやつだよ」


扉を開ける。

肉まんは冷たいまま。

神の手の中で、湯気すら立たない。


「なるほど……死んだか」


「ご愁傷さま」


「修理という手もあるが……」


「買い替えのほうが早いでしょ。今どきのレンジ、けっこう安いし」


「ふむ……」


「たしか、洗濯機のときもそう言ってたよね?」


「その通りだった」


「なら、行こうよ。電器屋さん」


オメガさんは町の小さな家電量販店にいた。


店員が寄ってくる。


「こんにちはー。電子レンジをお探しですか?」


「はい。壊れました」


「そうでしたか、それは大変ですね。温められないと不便ですもんね」


「非常に不便です」


「どんな機種をお探しで?」


「……“チン”と鳴るものを」


「……?」


「前のは、チンが鳴らなくなりました」


「ええと……最近のはピーピーって鳴るタイプが多いんですけど……チン限定、ですか?」


「そう。チンでないと、儀式の区切りがつかない」


「儀式……?」


「たとえば、肉まんを温める儀式。チンがなければ終わらない」


「なるほど、そういう……こだわりが」


「宇宙の法則とは関係なく、私の中では重要です」


たまが店の隅で雑誌を読んでいる。

そっと耳を傾けている。


「こちらが昔ながらの“チン”音タイプですね。ちょっとレトロですが、根強い人気です」


「美しい……」


「お色もホワイト、ブラック、あとクリーム色も」


「宇宙の白に近い……ホワイトで」


「かしこまりました!」


帰宅。


新品の電子レンジが、静かに台所に鎮座する。


たまがのぞきこむ。


「なんか、ちょっと懐かしいデザインだね」


「この丸いダイヤルがよい」


「ほんとに“チン”って鳴るの?」


「試してみよう」


肉まん、再登場。


レンジの中に入れ、ダイヤルをひねる。


ゴゴゴゴ……と音がする。


しばらくして


チン。


「……!」


「鳴ったね」


「……これだ」


オメガさんの目が少し潤んでいた。


「なぜ、こんなにも……安心するのだろう」


「“チン”の記憶って深いよね」


「前のレンジも、ずいぶん長く使った」


「えらいね、旧レンジ」


「うむ。だが、文明の道具はいつか壊れる」


「だから新しくなる。これも、巡りのひとつだね」


「……そうかもしれない」


たまがあくびをする。


オメガさんは、肉まんを割って一口かじる。


「うむ。あたたかい」


「神が買い替えに感動してる姿って、ちょっと……おもしろい」


「肉まんをあたためられるというのは、奇跡だ」


「それを言うなら、電子レンジを発明した人が神じゃない?」


「私は……肉まんを温められる神、ということになる」


「神の肩書き、どんどん庶民的になってくな……」


「それでいい。今はそういう時代だ」


たまが笑った。


「じゃあ今度、グラタンにも挑戦しようか」


「オーブン機能もある」


「よかったね」


「うむ。……チン、は鳴るかな?」


「そこはちょっと怪しいかも」


夕暮れの光が差し込む台所で、

神はレンジに礼を言い、

猫は肉まんの残りを狙っていた。


日常は、静かに、続いてゆく。

(`・ω・´) 予約投稿実験

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