第6話 神、ゴミの日を間違える
朝五時。
オメガさんは、ゴミ袋を抱えていた。
裸足。
寝ぐせのまま。
パジャマのズボンが少しずれている。
猫のたまが縁側からのぞく。
「今日は燃えるゴミだよね?」
「うむ」
「昨日そう言ってたし、間違ってないよね?」
「間違って……ないと思う」
「思う、ってなに」
「宇宙の法則には詳しいが、町内のゴミ収集スケジュールには自信がない」
ゴミ袋の中身は、主にカップ焼きそばの容器と、使い終えたポカリのペットボトル。
あと、謎のパッケージの空箱。
最近通販で届いた、“神のように座れるクッション”の残骸だ。
「これって……燃える?」
「そのへんも、ちょっと自信がない」
「まさか」
「分類が……曖昧だ」
「一回くらい町内会の回覧板読もうよ……」
オメガさんはうなだれた。
「読むには、勇気がいる」
「神のくせに……」
「神だからこそ、知らないふりをしたいこともある」
外は、まだほんのり暗い。
近所の人の足音も聞こえない。
静かに、ゴミ出し場まで歩く。
ゴミ袋をゆっくり置く。
そのときだった。
「あれ? 今日、ゴミの日じゃないわよ」
背後から、声がした。
振り返ると、向かいの家のおばちゃんが立っていた。
つばの広い帽子をかぶり、首には白いタオル。
朝の散歩コースらしい。
「あっ……」
「今日は水曜日。燃えるゴミは金曜日よ」
オメガさん、動きが止まる。
「……」
「たまに間違える人、いるのよねえ」
「すみません……」
「気をつけてね。カラスが来るから。特にあんたのゴミ、ちょっと豪華そうだし」
「はい……」
ゴミ袋を持って帰る。
中身が重く感じる。
ポカリのペットボトルが、しゃらんと音を立てた。
たまが待っていた。
「間違ってたの?」
「間違ってた」
「やっぱり……」
縁側に腰を下ろす。
たまが、そっと寄り添った。
「神様って、大変なんだね」
「違う」
「ん?」
「“神様なのに”……大変なんだ」
たまは、しばらく黙っていた。
「うん、なんかわかる気がする」
オメガさんは、ゴミ袋の口を閉じ直した。
少しだけ、空気を抜いた。
神なのに、現実的な作業。
「ゴミの日に合わせて生活するというのは、思ったより難しい」
「曜日感覚ないもんね」
「昨日が月曜日だったような気がしてた」
「毎日休みだとそうなるよね」
「神の暮らしにも、規則は必要かもしれない」
「うん」
「スケジュール帳、買おうかな」
「スマホに入ってるじゃん」
「あれは、使い方がまだよくわかっていない」
「昨日、アラーム止められなかったもんね」
「爆音だった」
「近所の子ども泣いてた」
「本当に申し訳ない」
静かな時間が戻る。
朝の光が、少しずつ縁側を照らし始める。
鳥の声が、遠くで響いた。
今日もまた、何気ない日が始まる。
神にとっては、ささやかで、少し苦い朝だった。