第5話 当選金の受け取りには気をつけろ
φ(・ω・` ) 春に夏日とか真夏日とかやめたまえよ。
昼前のこと。
オメガさんは、コンビニ帰りに立ち止まっていた。
自動ドアの前で、レジ袋をぶらさげたまま、何かを考えていた。
「……あぶないあぶない」
ぽつりとつぶやいて、首をすくめる。
背中には、さっきまでの汗がじっとりと残っていた。
額にも、小さな冷や汗。
たまは、家の縁側で待っていた。
「おかえりー」
「……ただいま」
「なんか疲れてない?」
「ちょっとな。怖かった」
「怖い? 何があったの?」
「うっかり、当選金の一部を現金で引き出そうとしてしまった」
たまは目をまんまるにした。
「えっ!? 現金!? このご時世に!?」
「うっかりな。ロト7の3億円、受け取り口座とは別に、ちょっと現金で手元に置こうかなって思っただけなんだけど……」
「まさか、引き出そうとしたの?」
「うん。ATMでね。もちろん、そんな額は引き出せないんだけど」
「そりゃそうでしょ! というか、そんな目立つことしちゃダメだよ!」
「知ってる。でも、あのときは妙にテンションが上がってた。ほら、数字が全部そろった瞬間って、脳があったかくなるというか……」
「宝くじ脳……」
たまはあきれたように鼻を鳴らした。
「で、ATMで止められたの?」
「いや、さすがに途中で我に返ってやめた。後ろに人もいたし、変な汗が出てきてさ。あれは……見られていた気がする」
「誰に?」
「世間に」
「漠然としすぎ」
オメガさんは縁側に腰を下ろした。
レジ袋の中には、ポカリスエットと、冷やし中華のパックが入っている。
「金の匂いって、案外すぐにバレるんだよな。特に、街中では」
「それはオメガさんが挙動不審だったからでは?」
「たしかに、それもある」
「あと、服装とかもね。派手じゃないけど、なんかこう、“浮いてる”んだよね。オメガさんって」
「宇宙の神だからな」
「いや、それ関係ない気がする」
ポカリのキャップをひねって、ぐいと飲む。
首筋を流れる一滴の汗。
麦茶とは違う、スポーツドリンクの味。
「で、ちゃんと受け取ったの? 当選金」
「うん、もう振り込まれてた。あとは、別口座に分けて少しずつ移すつもり」
「慎重だね」
「前にさ、調子に乗って、数千万円を一気に現金で下ろして持ち歩いたことがあって」
「えっ、ほんとに?」
「紙袋に入れて持ってた。なんか、“映画っぽいな”って思って」
「バカじゃないの!?」
「いや、当時はテンションが変な方向にいってて……」
「で、何があったの?」
「道で転びそうになった」
「……それだけ?」
「でもさ、もし紙袋の中に札束ぎっしりだったら、転ぶだけでも命取りだろ?」
「まあ……たしかに」
「しかもそのとき、変な宗教の勧誘に声かけられた」
「タイミング最悪すぎる」
「なぜか“オーラが濃い”とか言われた」
「当たってるっちゃ当たってるけど」
オメガさんは、猫のたまの頭をぽんと撫でた。
たまは、くすぐったそうに耳を伏せる。
「金って、持ってるだけで、いろんなものを引き寄せるよな」
「善いものも、悪いものもね」
「だから、気をつけないといけない。俺はもう、失敗しない」
「何回目の決意それ?」
「八回目くらいかな」
「……つまり、七回はやらかしたんだね」
「全部、軽傷だった。命には関わってない」
「そりゃ神様だし」
「うん。でもさ」
オメガさんは、ふいに空を見上げた。
今日の雲は、つぎはぎみたいな形をしていた。
「ほんとうに恐ろしいのは、金じゃなくて、“気がゆるむ瞬間”だな」
「ほう」
「金があると、人は余裕ぶる。それがクセになると、戻れなくなる」
「それで?」
「……昨日、ポテトチップスを3袋買ってしまった」
「うわぁ……!」
「大人買いだった」
「もっと有意義に使おうよ、当選金」
たまは呆れながらも笑っていた。
「でも、わかる気もする。そういう、小さな贅沢が、一番危ないんだよね。堕落っていうか」
「そう。贅沢の入り口って、だいたい“ちょっとだけ”から始まる」
「最終的にどうなるの?」
「“全自動・金の風呂”を通販で買いかけたことがある」
「やばい! それはやばい!」
たまが笑い転げた。
その笑い声に、オメガさんもつられて笑う。
「もう当分、大きな買い物はしないよ」
「誓える?」
「誓う。神にかけて」
「オメガさん、それ自分だよね」
「うん、ちょっと自信ないかも」
風が、ふたたび縁側を撫でた。
春の陽ざしは、まだ迷っているようだった。
そして当選金は、まだたっぷり残っている。
(´・ω・;) 今日は暑い、今日もあっつい。