第3話 神、スマホを契約する
( ´・ω・) フンフンフ~ン
オメガさんのスマートフォンが、唐突に沈黙した。
電源は入らず、画面は暗いままだった。
何をしても無反応。充電器を挿しても、沈黙を守っていた。
「……ついに、逝ったか」
その端末は、数年前に契約したままの格安プランの名残だった。
画面の端は小さく欠け、充電口の接触は悪く、通知音はときどき迷子になる。
通話中に勝手に切れたことも、一度や二度ではない。
それでも、オメガさんは長く使っていた。神にも、執着というものはある。
「買い替えか……いや、復活するかもしれない……」
とりあえず10分放置してみたが、スマホは死んだままだった。
「……そういうことも、あるか」
彼はこたつからゆっくりと立ち上がった。
駅前の携帯ショップへ向かう決意を固めた。
玄関に出ると、猫のたまがちょこんと座っていた。
不機嫌そうな目でオメガさんを見上げる。
「……行ってくるよ」
たまは何も言わなかった。
その沈黙は、「外出? ふーん」という、やや冷たい感情を含んでいた。
道中、彼は考える。
「スマホとは、何だったのか……」
「電話とメールと、ロトの確認。それだけだったな……」
電波を探して玄関まで移動する神。
クラウドのバックアップ設定に悩む神。
通知音が鳴ってビクッとする神。
それが、オメガさんだった。
携帯ショップに到着する。
店内は、明るすぎるほど明るい。
ポップな音楽、眩しい笑顔、そしてカラフルなパンフレットたち。
「いらっしゃいませ! 本日はどうされましたか?」
「スマホが、もう駄目でね。新しいのを見ようかと」
「かしこまりました! ちょうど今、新プランもお得になってまして──」
そう言いながら、店員はタブレットを差し出す。
画面には「新生活応援!春のデータ5倍祭り!」の文字が躍っていた。
データ5倍にしても、使うのはロトとチラシだけなのだが……。
「……1GBというのは、何を意味するんだろう?」
店員が少しだけ、絶妙な顔になった。
「スマホは、普段どういった用途でお使いですか?」
「ロトを見るくらいだね。あとは……スーパーのチラシ。たまに天気」
店員は頷き、「それなら、このプランがちょうど良いですね」と
「シンプルプランS」をすすめてきた。
月額980円。通話ほぼなし、通信は最低限。
オメガさんは、迷わずそれを選んだ。
「……これで、十分だろう」
「こちら、今なら無料で“神対応サポート”も──」
「いらない」
オメガさんの声は、神らしく静かで、はっきりしていた。
帰宅すると、たまが冷蔵庫の上で待っていた。
小さなあくびの後、オメガさんをじっと見つめる。
「たま、契約してきたよ。安いやつに」
たまは瞬きをひとつだけした。
その目には、「神なのに?」という冷ややかさがあった。
新しいスマホは軽く、充電もスムーズだった。
ロック画面には初期設定のままの、空と山の写真。
オメガさんは、それを変えることもなく、そっとホーム画面を開いた。
必要最小限のアプリだけを並べた。
ロト、天気、メール。それだけ。
あとは、なぜか最初から入っていた“歩数計”を削除するのに少し苦労した。
「うん……これで、また見られる」
オメガさんはこたつに戻り、
Wi-Fiの届く範囲で、静かにスマホを握った。
次の当選数字を思案しながら、
新品スマホの画面を見つめる神の背中に、
たまがそっと乗った。
「……やっぱ高いやつにしときゃよかった、って言わないでよね」
たまが、ぼそりとつぶやいた。
だが、オメガさんの耳には届いていないようだった。
静かな夜。
神はカーテンの隙間から、月を見ていた。
誰にも気づかれずに、ただそこにいた。
. (・ω・` )