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第2話 神、洗濯機を回す

投稿実験中。

朝の日差しが、薄くカーテン越しに差し込んでいた。


部屋の隅に山となって積まれた洗濯物の存在に、オメガさんは静かに目を細めた。


「……また溜まっているのか」


神である。神であるが、洗濯は避けて通れない。ロトで生きてはいるが、日常は日常である。


ベランダの手すりに飛び乗っていた猫のたまが、小さく呟いた。


「昨日回すって言ってたじゃん。あの山、もうなんか発酵してない?」


たまは神のペットではなく、ただ住みついているだけの猫である。にもかかわらず、神と同じ目線で物を言う。


「神の時の流れは人と異なるのだ」


「便利な言い訳だねぇ」


たまの呟きを背に、神は洗濯機の前に立つ。ロトの当選金で買った、最新型の全自動洗濯機。だが、機能が多すぎて何度使っても理解しきれていない。


「……ふむ、電源……これはどの符か?」


ボタンひとつ押すにも、儀式めいた手つきになる。


「まずは“電源”の起動……神力、注入──」


洗濯機がピッと鳴る。たまはあきれ顔で首を傾げた。


「そのたびにいちいちセリフ言うの、やめた方がいいと思うよ」


「これは儀式だ。簡略化はできん」


説明書を手に取る。分厚い紙の束に、神は眉をひそめる。


「“すすぎ1回モード”…? これは一体、いかほどの清浄度を保つものなのか……?」


「それ、節水モードだよ」


「“部屋干しモード”……陰干しの概念が、洗濯機に組み込まれている……まさか、現代の機械は“除湿”を内包する存在なのか……」


「なんでいちいち神々しい読み方すんのさ」


それでも、神は真剣である。洗剤と柔軟剤を手に取り、慎重に投入する……が、逆に入れかけた。


「待て、それ逆だよ! 柔軟剤は右のとこ!」


「危なかった……我が神衣が、ただのゴワゴワ雑布と化すところだった」


そして、ようやく「スタート」ボタンを押す。神が両手を広げ、小さく唱える。


「浄化の旋律よ、今ここに──“洗濯”始動せり」


ピッと鳴って、洗濯槽が回り出す。神は満足げにうなずく。


たまは冷蔵庫の上から顔を出し、ポツリと言った。


「……最初にそれ押すだけで済んだ話なんだけどね」


30分後。


神は、まだ濡れたままの洗濯物を取り出し、首を傾げた。


「……これは……? 脱水されていない」


「脱水押してないじゃん! ただの“洗い”モードだったんじゃない?」


「我、失敗せり……」


濡れたTシャツを掲げ、神は何かを悟ったような顔をした。


「この神衣は、浄化されしままにてなお、未だ水気を宿す……まるで、我が未熟さを示すかのよう……」


「脱水ボタン、押すだけだってば」


神は脱水モードを選び、再びボタンを押した。今度は何の詠唱もない。ただ静かに、機械の音が響く。


さらに30分後。


ようやく干された洗濯物が、風に揺れている。


たまは一枚落っこちているバスタオルの上で丸くなっていた。


「ふかふかのタオル、悪くないかも……」


「我もそう思う。柔軟剤の香り、なかなか……穏やかな気持ちになるものだな」


オメガさんはベランダの柵に腕をかけて空を見上げた。


「神といえど、日常の務めは怠れぬ。今日もまた、世界の片隅を整えし者なり」


たまがあくびをしながら言った。


「……神様って、思ったより地味だね」


オメガさんは微笑み、風にそよぐシャツを見つめながら呟いた。


「だが──悪くない」


なお、乾燥ボタンの存在には気づいていたが、オメガさんはまだ、それを信用していなかった。

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