20-アオイちゃんの物語 5 <ベジタリアン?ヴィーガン?>
あおいちゃんは『ご飯』を食べられなくなった。お肉も、お米も食べられない。痩せていった。いや、やつれていった。お母さんは心配した。
「ほら、あおい。今日の夕食はあおいの好きなハンバーグよ。」
「わたし、…食べたく無い。」
「どうしちゃったの?」
「牛さんや豚さんのお肉を食べたく無いの。可哀想なの。」
お母さんは何となく理解した。若い女の子が思い悩むパターンだ。でも拒食症は命に関わる。
「じゃあ、とりあえず牛乳を飲みなさい。牛乳は牛さんのおっぱいだから、命を奪って得た物じゃないから,大丈夫よ。」
「うん。」
「乳製品。チーズやバターも大丈夫そうね。卵も食べましょうね。市販のニワトリの卵は無精卵だから、食べても命を奪うことにはならないわ。」
「わかった。食べる。」
「リンゴやミカンも種をどければ食べられるわよね? バナナも大丈夫よね?」
「うん。でも、トマトやキュウリはだめっぽい。」
「あおいちゃんはベジタリアンになっちゃったの?」
「う〜ん。違うと思う。お米やお豆も食べられなくなっちゃった。イチゴやキウイもダメみたい。消化してしまう種は食べられない。」
「なら、柿とかスイカは行けそうね。 元々種の無い種無しブドウとか、みかんもいけそうね。 種無しの果物は大丈夫よね? 」
「…うん。」
「でも、こまったわねえ。しばらくは乳製品と卵とバナナと果物で生きていけるけど。このままではダメよね。果物は高いし。何とかしなくちゃね。」
「うん。でも生き物の命を、命の連鎖を奪うのはイヤなの。」
「お米はモミなら生きているけど。精米したらもう『種』ではないわ。それでもダメ?」
「うん。」
「良くわからないけど、新型のベジタリアンよねえ。どうしたものかしら。」
♫ ♫ ♫ ♫ ♫
お母さんはまずお父さんに相談したけど……
「思春期前期の潔癖性をこじらせているだけだろ? 一時的なものだろう? そんなに心配しなくても良いんじゃないかな。」
と、この事態をあまり深刻には捉えていなかった。
「お父さんは呑気ね。もういいわ。」
お母さんは呆れながらお父さんへの相談を打ち切った。
♫ ♫ ♫ ♫ ♫
あおいちゃんの異変に,次に気がついたのは学校の先生だった。あおいちゃんが給食をほとんど食べていないことに気がついた。
「あおいちゃん? 給食を残しているようだけど。どうしちゃったの?」
「生きているもの,生きていたものを食べられなくなっちゃった。」
「どうして?」
「命を奪うのがイヤなの。」
「お肉が食べられなくなるのは理解できるけど、お米やお豆もダメなの?」
「お米は稲の種でしょ?お豆も大豆の種でしょ? その命を奪っているようでイヤなの。」
「…」
担任の先生はあおいちゃんを保健室に連れて行った。
残されたお昼休みの教室で生徒達がひそひそ話をしている。
「あおいちゃん。『きょしょくしょう』かしら? 心配ねぇ。」
それを受けて男の子がニヤニヤしながらその発言を否定する。
「ありゃただの『好き嫌い』だろ? それを屁理屈で正当化してるんだよ。」
「どうしてそんなことを言うの? 同級生でしょ?」
「だって、ほら、プリンは食べてるよ。 拒食症じゃないと思うよ。」
「でも、拒食症だと死ぬこともあるのよ。ほら、このあいだのニュースで,アメリカの歌手の女の人が亡くなったって。お兄ちゃんがレコードを抱きしめて泣いていたわ。」
「ああ! 『大工兄妹』の妹だろ? 拒食症は確かに怖いな。」
「何で食べれなくなっちゃうのかねぇ? あおいちゃんは『エルフの女王様』として目覚めたから、お肉を食べれなくなっちゃったのかな?」
「冗談はヨシコさん。真面目に心配しようよ。拒食症がひどくなると、食べても直ぐに吐いてしまうそうだよ。」
そのコメントに隣の席の女の子が文句を言う。
「ちょっとぉ! やめてよ。 まだ私は給食を食べているのよ。」
「う〜ん。ゴメン。」
「本当に男の子はデリカシーが無いんだから。」
「いや。真面目に心配してるんだよ。」
「でも、食べるって難しいよね。」
別の男の子が話題を変えようとしてくる。うん。こいつはデリカシーがあるようだ。博士というあだ名の物知り君だ。
「何で、難しいと思うの?」
ゆかりちゃんは素直に聞き返した。
「ほら、クジラの話しが新聞に乗っていたよ。外人が『クジラを殺すのは可哀想だ』ってクジラ漁に反対しているんだってさ。」
「それこそわがままよね。その外人さんは豚さんや牛さんを食べないのかしら?豚さんや牛さんを殺して食べるのは可哀想ではないのかしら?」
「うん。それは『クジラは頭が良いから』だそうだ。 でも、もっと賢そうなイルカを食べる地方もあるよね。」
「イルカはさすがに私も引くわ。」
「でも,イルカもクジラの仲間だよ?」
「江戸時代末期にペリーが日本に開港を要求したのは、クジラ漁の水や食料の補給基地が欲しかったからだって、本に書いてあったわ。」
「なんだ。アメリカ人もクジラを食べるじゃない。」
「いや、彼らはクジラの油が欲しかったらしいよ? クジラの肉などは食べずに捨ててたらしいよ。」
「何よそれ! もったいない。 何を考えているのかしら?」
「まあ、江戸末期には冷蔵庫も無かったから、肉は腐っちゃうんだろうね。」
「そんな、殺すのに食べないのは食べ物に対する冒涜だわ!」
ゆかりちゃんは、なぜかプリプリ怒りだした。
「でも、宗教によっては『海の獣』を食べてはいけないらしいよ。」
そこへ別の生徒が割り込んで来た。
「宗教上の理由で豚肉や牛肉を食べられない人もいるよね。」
ゆかりちゃんは憮然として問いかけた。
「それじゃあ、その人達は、何の肉を食べるのよ。」
「鶏肉とか羊肉とか、かな?」
「羊肉? あれ、一度食べたけど、なんか臭みがあるよね。」
別の男の子が茶々を入れる。
「それ、マトンだろ?ラム肉は柔らかくて美味しいっちゃよ。」
「なにその変な喋り方?」
「お父さんのまね。何か昔のマンガのヒロインの喋り方のまねみたい。」
「マトンとラムの違いって何?どっちも羊でしょ?」
「マトンは大人の羊、ラムは子羊だったっけ?」
「何よ、それ!子羊を殺して食べるの? 残酷よ!」
「それは言わない約束でしょ? 鶏肉だって、スーパーで売っているのは『若鶏』だし。ほら、『若鶏の唐揚げ用』って売っているわよ。年を取った親鶏の肉は硬いのよ?」
「でも、水炊きで煮込むには若鶏より親鳥の方が美味しいよ?」
先生とあおいちゃんのい なくなった教室で、子供達は『食』についてワイのワイのと話しを際限なく脱線させていった。




