20-アオイちゃんの物語 4 <草刈り>
最初はケヤキんとだけだった。土砂崩れの前から、ケヤキさんには一方的に話しかけ、ケヤキさんは枝を震わせてそれに答えてくれた。 あの土砂崩れであおいちゃんは生死の境をくぐり、狭間の世界と現世を何度も往復したことにより、退院後はケヤキさんの苗木だけでなく、大きな樹々の声が聞こえるようになった。そして、大きな樹々はあおいちゃんの言葉を理解し、それに答えてくれた。
そのような樹々との会話になれてくると、あおいちゃんは草々の声も聞き取れるようになった。まだ生まれて1年も経たない草々の声は聞こえても、彼らにはあおいちゃんの言葉を理解することはまだできないようだ。
木や草の『声』は風に揺れて擦れることによる擦過音だけではない。ある種の匂い、風になびく葉の光反射や木漏れ日、木の幹の表面に触れるとわかるぬくもりや弾力、幹に耳を押し当てると聞こえる水を吸い上げる音、そして頭に直接響いてくる言語化のできない『意思』、そのようなありとあらゆる情報で植物は自分の思いを周りにばらまいている。そして、あおいちゃんは狭間の世界のケヤキさんと現世の世界のケヤキさんから、その声の受け止め方を習った。それにより、古くから人にふれあい人の言葉を理解できる大木や古木とあおいちゃんは、ある程度のインタラクティブな『会話』ができるようになった。
グランドの境界には緑色のワイヤーフェンスが貼られている。そのフェンスの直下は風で飛ばされたグランドの土ぼこり、掃き集められた細かく破砕された落ち葉が体積し、グランド中央部のように踏み固められることもないため、雑草達には快適な生育環境になっている。一方で、背の高い雑草は視界を遮り、『草ぼうぼう』の様相を示し、美観的によろしくない。
毎年、6月の梅雨の晴れ間の早朝に、体育の先生と用務員さんが草刈りを行う。玄関では用務員さんが次々と充電バッテリーを充電器にセットしている。男の先生がゴーグルをはめて軍手をしている。先生は長い棒の先で硬いプラスチックの紐の付いたディスクを回転させる『電動草払機』を使って、長く伸びた雑草を払う。金属の回転のこぎりのような『電動草刈機』はフェンスの柱を痛めてしまうのでフェンス際では使わない。面積の広い平面のグランドのはずれは『手押し式の芝刈機』で短めに草を切りそろえる。グランドの草は雑草なのか、それとも野放図に放っておかれた芝なのか、よくわからない。
朝、あおいちゃんが登校すると、草々の悲鳴が聞こえた。いや、聞こえたというのは正しくない。草が刈られ、ちぎれる時に発する『アルデヒド臭』があおいちゃんには悲鳴に感じられる。あおいちゃんは耳を押さえる代わりに、鼻にハンカチを当てて、下駄箱へと急いだ。
その日の放課後には、刈り取られた雑草達はレーキでかき集められ、透明なビニール袋に押し込まれていた。ビニール袋の内側に水滴が凝集し、白くなっている。グランドの隅に積み重ねられているビニール袋は、明日には業者さんが回収していくだろう。あおいちゃんはそのビニール袋に向かってそっと手を合わせた。
♫ ♫ ♫ ♫ ♫
翌朝、あおいちゃんはケヤキフォンでおばあちゃんとお話ししていた。
「昨日ね、学校のグランドで環境整備があったの。」
『おや、もうそんな季節なのね。』
「うん。でも刈られる草達の悲鳴が聞こえたの。」
『あら! まあ。 …あおいちゃんは草の声も聞こえるのね。』
「正確には草の刈られる臭いが悲鳴の様だったの。すごく悲しかったの。」
しばらく沈黙の時が流れた。
『草を刈るのは、あおいちゃんの生活を快適にするためよね。そのための犠牲なの。』
「そんな犠牲は嫌!」
『おばあちゃんにはあおいちゃんの想いが少しはわかるわ。でもね、あおいちゃんの生活は多かれ少なかれ、他の生き物の犠牲の上に成り立っているの。例えば生き物は別の生き物を食べないと生きていけないの。 お肉はもちろん、お米だって稲の種の命をいただいているの。』
「…」
あおいちゃんは絶句した。これまでそんなことを考えたことは無かった。自分の命が他の生き物の犠牲の上に成り立っている事実は、高学年とはいえまだ小学生のあおいちゃんには衝撃であった。
その日からあおいちゃんはご飯を前に考え込むことが多くなった。




