20-アオイちゃんの物語 1 <再生>
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私は病院のベッドで目を覚ました。
全身に激痛が走る。体が動かない。動かせない。腕には何本も点滴のチューブが刺さっている。気持ちが悪い。吐き気がする。でも、痛みに嘔吐くこともできない。
「おばあちゃん助けて! お母さん助けて! お父さん助けて! 体が痛いよ。焼けるようだよ。」
死んだ方がましだ。でも、自分の命を手放さないと、おばあちゃんと約束した。死ねない。痛みで何度か気を失ったらしい。
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気を失うと、狭間の世界で目を覚ます。
「おばあちゃん。体が痛いの。現世では痛いだけなの。」
私は泣きながらおばあちゃんに訴えた。
「がんばるのよ。命を手放してはダメ。痛みは必ずおさまるわ。アオイちゃん、がんばるのよ。」
「もうがんばれないよ。辛いの。」
「それでもがんばりなさい! ケヤキさんもがんばっているわ。」
ふと見ると、小さなケヤキの苗が目に入った。
「おばあちゃん。あれは?」
「あなたの持ってきたケヤキさんの小枝よ。もうこんなに大きくなったの。」
「ケヤキさん?」
声を掛けるとそのまだ小さな苗の枝がフルフルと震えた。
「あおいちゃん。ケヤキさんもここで生きようとしているの。あなたも現世で生きなさい。」
「…うん。」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
そんな状態で、1週間くらい病院の病室で私は私の体の痛みと闘った。
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あの大地震から1年近く経った。私はなんとか回復した。懸念されていたクラッシュ症候群もなく、頭を打ったことによる障害などもなかった。いや、少しアホの子になってしまったかもしれない。でも元々アホの子だったのかもしれない。被災後の私の奇行や奇異な言動はこの頭を打ったことのせいにできて、…便利だ。大きめのたんこぶは1週間ほどで引っ込んだ。手足や体に付いた青あざも、1ヶ月の入院期間中に目立たなくなった。今は、以前と同じように小学校へ通っている。
本日も山裾の坂を少し上ったところの我が家から、小学校へ登校している。朝、庭の小さなケヤキさんの子供?とお話ししたら、『今日は午後から雨が降る』と教えてくれたので、今朝は大きな傘を持っての登校だ。
「おはぁ! あおいちゃん。」
「おはよ〜。ゆかりちゃん。」
「あれ? 大きな傘。 今日は雨が降るの?」
「うん。そんな気がする。」
「そう。私も傘を持っていくわ。ちょっと待っていて。 お母さん。傘、とって?」
今日の午後雨が降ることを、小さなケヤキさんから教えてもらったことは、親友のゆかりちゃんにも内緒だ。あの地震被災で死にかけて以来、『樹とお話しできる様になったことを他人にしゃべってはダメ』と父母から厳命されている。私が樹とお話できることが世間にしれたら、『私がおかしな人』とされてしまう。あるいは宗教関係やいろいろな団体に取り込まれてしまうかもしれないそうだ。
「あおいちゃん、お待たせ〜。 あおいちゃんの天気予報はテレビの天気予報よりも当たるから、ありがたいねぇ。」
二人並んで歩き始めた。
「あはは。 あれ以来、勘がよくなっちゃったみたい。」
「霊感? 死にかけると霊が憑くって、お兄ちゃんが行っていたわょ。」
「違うよ、霊とかじゃないよ。」
「じゃあ、木から教えてもらってるの?」
私はドキッとした。親友でもとぼけておかなければならない。
「何よ、それ?」
「だって、あおいちゃんは、あれ以来、時々、校庭の木に両手をあてて目をつぶって、ブツブツ何かつぶやいているじゃない。 みんな『あおいちゃんは何をしているんだろう?』って噂しているわよ? みんな陰であおいちゃんのこと『エルフの女王様』って呼んでるわょ。」
私なんかのことをみんなよく見ているなあ。さあ、どうごまかそうか。これは前に想定したパターンでごまかすかねぇ。
「私の耳は尖ってないわよ。 樹にはね、感謝しているの。私、あの土砂崩れのときにケヤキさんに助けられたの。命を救われたの。だから、木々に感謝しているの。」
感謝の気持ちは本当だ。ケヤキさんがいなかったら、守ってくれなかったら、私は土砂に埋もれて死んでいただろう。今、生きているのはケヤキさんのおかげだ。だから樹に感謝するのは不自然ではない。 でも、木々とお話しできることは何があっても内緒だ。
「ふ〜ん? そうなんだぁ。 あおいちゃんの奇行の謎が解けてちょっとすっきりした。 あおいちゃんが変な霊感持ちの予言者とかになってなくて、よかったぁ。」
「奇行って…ひどい! 何ょ、それ?」
二人は笑いながら小学校への道を歩いていった。二人が傘を持って登校していることを見かけた同級生達が、慌てて家へ傘を取りに引き返している。あおいちゃんの天気予報は、この近所ではそれなりに信用されているようだ。
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植物の情報伝達は、主に発散される化学物質によると言われている。危機があれば、その『危険』を周囲の植物と共有するために、化学物質を放出するそうだ。しかし、本当にそれだけだろうか? エチレンが植物ホルモンとして、柿の実を甘くするのはよく知られている。だから柿の実を熟させるためにはエチレンを放出するリンゴの実と一緒にしておくと良い。そうすると、まあ硬い柿でも数日で熟柿になる。それをスプーンで掬って食べると、ゼリーみたいでおいしい。
一方で、苺を甘くするためには温室にモーツアルトの曲を流すと良いとか、バッハの曲でソラマメの成長が良くなるとか、サボテンに悪口を言い続けると枯れるとか、音を介する情報や感情の伝達を植物が行なっているという風説もある。植物にヘビメタのロックを聞かせたら、どうなるのだろうか? このような現象は植物にも意思や感情があり、人の言葉あるいは感情を理解できることを示唆する。『植物の感情』はまだ科学的には解明されていない『未科学的』、つまり科学的とか非科学的とかに分類できていない未踏研究領域である。
だから、あおいちゃんが植物と意思疎通できるようになったのは、あおいちゃんの内的な妄想などではなく、ある種の事実である可能性を排除できない。そして、あおいちゃんの家の庭のケヤキの苗と、狭間の世界に植えられて育ったケヤキとの間でなにかの情報が共有されているのかもしれない。
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その日の給食後の5時間目の国語の授業は、…ひたすら眠かった。あおいちゃんは窓の外、校庭の運動場をぼんやりと見ていた。ここ数日雨が降っていない。強い日差しのもとで運動場は渇き、ホコリっぽくなっていた。
運動場に影が差した。雨雲だ。急に涼しい風がふいて来た。遠くでかすかに雷の音が聞こえる。しばらくして大粒の雨がパラパラと降り出した。まだ本降りではない。体育の時間にサッカーをしていた運動場の生徒の何人かは慌てて校舎に賭け戻ってくる。何人かはグランド脇のクスノキの下で雨宿りをするようだ。
白くホコリっぽくなっていた運動場の色が深くなった。教室へ窓から雨の匂いが吹き込んだ。
あおいちゃんの雨予報は今日も当たった。




