19-ケヤキさんの物語(第3部プロローグに代えて) 4 <狭間の世界>
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ここはどこだろう?
私は知らないお花畑の中で寝ていた。 去年亡くなったおばあちゃんと知らないおじいさんが心配そうに私の顔を覗き見ている。
「おばあちゃん!」
私は大きな声で呼びかけ、おばあちゃんに抱きついた。おばあちゃんは静かに微笑み、私を抱きしめて頭の後ろをなでている。おばあちゃんは少し震えている。
「めざめたかのぅ?」
おじいさんが尋ねてくる。私はおばあちゃんに抱きかかえられたまま顔をおじいさんの方へ向ける。髪の毛や体にはケヤキさんの小枝が絡んでいる。何気なく、髪の毛に絡んでいる小枝をポケットに入れる。
「ここはどこですか?」
私の問いかけにおじいさんは少し難しい顔をして答えた。
「ここは狭間の世界じゃ。…トゥォネラのほとりのお花畑じゃ。」
「トゥォネラ?」
「そうじゃのぅ。 日本では『三途の川』とも呼ばれる場所じゃ。」
三途の川? …私は死んじゃったのか。あ〜あ。 まあ、おばあちゃんと再会できたことで薄々そうじゃないかなと思っていた。
「おじいさん?」
知らない人だ。
「わしの名前はクーボじゃ。」
「クーボさん。初めまして。私はアオイと申します。おばあちゃんの孫です。」
「これはご丁寧に。アオイさんじゃの? 気分はどうかの?」
「はい。大丈夫です。 え〜と、クーボさん、ここが三途の川ということは…私は死んでしまったのですか?」
クーボさんは白いあごひげをしごきながら首を傾げた。
「そこから現世が見えるかの?」
「現世って?」
「お前さんの居た世界じゃ。」
私は目を細めたり見開いたりしたが、『現世』は見えなかった。
「見えない…みたいです。」
「そうか。ではまだ死んではいないのじゃのぅ。でも、アオイさんの現世の体は土砂崩れに巻き込まれたようしゃな。木に引っかかっている、というか大きな樹の枝に包まれているようじゃ。」
「ケヤキさんだ…」
わたしはつぶやいた。ケヤキさんが私を守ってくれているんだ。
「だがのぅ。その樹の枝葉のために救助隊はお前さんを見つけられていない。困ったのう。このままじゃ肉体が衰弱して本当に死んでしまう。どうしたものかのう。」
「….」
おばあちゃんが私をぎゅっと抱きしめる。
「アオイさんは生きたいかの?」
「それはもちろん。まだ小学校の3年生ですし、まだまだ生きたいです。」
「そうか…。 ここはミヤサワ君経由でブドリ君に頼むしかないのぅ。」
「ミヤサワ君? ブドリ君?」
「ミヤサワ君はお地蔵さんをしている。ブドリ君はミヤサワ君の孫じゃ。今はちょうど、カラスを使った人命救助をしている。」
「その人たちに頼めば、私は助けてもらえるのですか?」
「わからん。運が良ければ…のぅ。」
「あの〜。クーボさん。私の父や母は無事ですか?」
「うむ。お前さんの家は大丈夫なようじゃ...すこし屋根瓦が落ちて、壁にひびが入っているようじゃが…。お母さんもお父さんも必死になってお前さんを探しているようじゃ。」
「よかった。無事で。 あの私を守ってくれたケヤキの樹は?」
「残念じゃが倒れてしまって半分土に埋もれている。」
「そうですか…」
その後、私はおばあちゃんといっぱいお話をした。
「おばあちゃんはね、アオイのことをここから見守っているわ。大丈夫。きっと助かるわ。」
「おばあちゃん…」
「アオイ? お父さんお母さんによろしく伝えてね。おばあちゃんはあなた達のことも見守っているって。」
「うん。わかった。」
「アオイは、これからしばらくは辛いことや苦しいこともあると思うけど。負けちゃダメよ。生きているということはそれだけですばらしいことなの。わかった?」
「うん。」
おばあちゃんはその後、いろいろなことを教えてくれた。お父さんとお母さんのなれそめの話しとか、私が産まれた時の父の喜び様とか、いろいろと私の知らない話しを教えてくれた。
「おばあちゃん? これケヤキさんの枝。」
私はポケットに入れていたケヤキさんの小枝を渡した。
「私が助かったら、ケヤキさんの小枝をこの狭間の世界に挿し木して? 現世のケヤキさんは倒れちゃったから…。」
「そうね。あなたを守って倒れた樹だから、ここで繁ってもらいましょう。」
「うん。」
おばあちゃんはケヤキさんの小枝を私たちが座っている場所の近くの地面にそっと植えた。
「根付くと良いねえ。」
「うん。」
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一度、私は現世で目覚めた。真っ暗だった。体中の痛みと空腹と渇きで直ぐに気を失った。そして狭間の世界で再び目覚めた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「おばあちゃん。 現世の体が痛いの。現世で目覚めても痛いだけなの。暗いの、息苦しいの、喉が渇いたの。こっちにいる方が楽なの。ねえ、私、こっちにいてはダメ?」
「ダメ! あなたはまだ生きるの。苦しくても生き続けるの。あなただけではなくお父さんお母さんのためにも生きなければダメ。命を手放してはダメ!」
「わかるけど …楽になりたいの。 おばあちゃんと一緒にいたいの。」
「あと70年もしたらあなたもこっちに来ることになるわ。それまではここにきてはダメ。」
「え〜っ? おばあちゃん、厳しい! 前はやさしかったのに。」
「ここで甘えさせるのは、あなたのためにならないわ。 私はあなたのことをここで見守っているわ。ずっとここで待ってるわ。」
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しばらくして、緑のとんがり帽子をかぶったファンキーなオジさん?おじいさんがやって来た。
「クーボ先生。お久しぶりです。何か御用で?」
「うむ。ミヤサワ君。実はこの子のことじゃ。」
ミヤサワ君と呼ばれたファンキーオジさんは私の方をじっと見た。なんか…照れる。
「発災から48時間経っていますが、まだ…切れてませんね。でも、そろそろ危ないかもしれません。」
「そうなんじゃ。残り1日も保たないじゃろう。 本人はまだ生きたいと思っているそうじゃ。できれば助けてやりたい。でも、彼女の体は木の枝に埋もれて見つかりにくくなっている。現世の彼女のことをブドリ君にお願いできないかの?」
「わかりました。大至急で連絡します。お嬢ちゃん。またね?」
ミヤサワ君と呼ばれたオジさんはフッと消えた。
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