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狭間の世界にて  作者: リオン/片桐リシン
第3部 アオイの物語 19—ケヤキさんの物語(第3部プロローグに代えて) 全5話 
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19-ケヤキさんの物語(第3部プロローグに代えて) 3 <土砂崩れ>

 ♫ ♫ ♫ ♫ ♫ 


 その後、5日間は何事も無く過ぎていった。みんな防災準備を忘れ始めたみたい。スーパーの非常食もだんだん棚に戻って来た。熱しやすく冷めやすいのはテンケーテキな日本人だなぁ。学校も普通にあった。結局、休校にはならなかった。つまんないねぇ。でも、クラスの何人かの友達は、少し離れた親戚のところへ『疎開』した。ユカリちゃんも一家そろっておじいちゃんの家へ疎開した。臆病だなあ。 うちはお父さんの仕事の都合で疎開はしないことにした。


 木曜日の午後、家に帰った私は居間でテレビを見ていた。ここ数日はJBSだけでなく、他の放送局もニュース番組の合間に防災の短い番組を流していた。

 ゴーという地響きとほぼ同時にカタカタカタと机の上のコップが揺れた。また地震だ。最近、小さな地震が多いなあ。

 「や〜ねえ。また地震だわ。」

台所でお母さんがぶつくさ文句を言っている。


 その小さな揺れから1分くらい後に、突然下からドンと突き上げるような大きな揺れがきた。

 「「キャー!」」

台所からお母さんの悲鳴が聞こえる。

 その後すぐに、ゆさゆさと大きな横揺れが来た。私は咄嗟に机の下に潜る。家がギシギシと聞いたことの無い音でしなっている。縁側の窓ガラスの割れる音がする。庭の方からザラザラ、ガラガラと屋根瓦が落ちた音がする。日曜日に耐震固定したタンスや本棚は倒れていない。固定していないテレビが倒れた。アンテナケーブルと電源コードでテレビ台からぶら下がっている。テレビが緊急地震速報の不協和音を流す。男のアナウンサーが「落ち着いてください。身を守ってください。」と大きな声で怒鳴っている。あんたが落ち着きなさい! 

 タンスの引き出しや本棚の本が部屋中に散乱した。食器棚からはがちゃがちゃと食器のぶつかる音がしている。扉を開けたらなだれてくるんだろうなあ。いやだなあ。

 いつの間にかお母さんも机の下に潜り込んでいた。しばらくして揺れはだんだん小さくなった。


 学校の防災の授業の内容を一生懸命思い出そうとした。揺れがおさまったら、まず火の始末だ。

 「おかあさん。火の始末! それと避難路確保!」

お母さんは恐る恐る机の下からはい出して台所へ行き、コンロのガスの元栓を閉じていた。

 「台所は大丈夫。コンロは自動で止まっていたわ。」

 「私、電気のブレーカーを落としておく、玄関を開けてくる。お母さんはラジオを付けて。」

地震でガスや電気は一時的に止まるが、再通電した時に倒れた電気ストーブやドライヤーが原因で火事になることがある。『通電火災』と呼ぶそうだ。30年前の関西の地震では通電火災で出火し、潰れた家の中に閉じ込められていた人が多く亡くなったそうだ。それを防止するためには、家の中の散乱したもの、特にストーブが片付くまで電気やガスの元栓を閉じておかなければならない。そう授業で習った。

 私は玄関のブレーカーを落とした。テレビが消えた。これから夜になると真っ暗になるなあ。懐中電灯を手元に用意しておこう。電池式のラジオも必用だわ。ロウソクは火事が怖いなあ。それより先に避難所に移動した方が良いかもしれないなあ。小学校は大丈夫かなあ。旧校舎はボロだから崩れているかもしれない。


 ラジオが各地の震度を伝える。震源はうちの周辺? 確かに緊急地震速報が揺れよりも後だった。うちの地域の震度は6強だった。あれで震度7にはならないのかぁ。


 あっ! 余震かな? 少し揺れたけど大丈夫。

 私は玄関で靴を履いて、お母さんに声を掛けた。

 「電源ブレーカーは落としてある。外の様子を見てくる。」

 「待ちなさい、アオイ! まだ危ないわ。」

 「大丈夫。家の近所から様子を見るだけだから。」

私は、いつも登っているケヤキさんをサルのようにするすると登った。


 「ケヤキさん。大丈夫?」

もちろん返事は無いが、ケヤキさんの梢の枝はまだ揺れている。

 ケヤキさんの樹の上から見た街には、何カ所かで土煙が立っていた。家が崩れたのだろうか。幸い、避難所の小学校は無事なようだ。ここから見える範囲で煙や火は見えない。

 「おかあさん。小学校は無事みたい。避難する?」


 そう大きな声で母に呼びかけたとき、体が横にぶれた。

 「キャー!」

 「アオイ!!」

お母さんの悲鳴のような叫び声が聞こえた。

 何が起きたのだろう?私はケヤキさんの幹にしがみついていた。ケヤキさんの枝が私を守るように覆いかぶさってくる。私はケヤキさんの幹に強くしがみついた。幹が傾いて樹が倒れたようだ。大きな枝が私の頭を包み込むように守ってくれる。でも、その枝に頭をぶつけてしまった。激しい大地の動きが収まり、幹が完全に倒れたとき、私は気を失っていた。


 あとから、土砂崩れに巻き込まれたことを知った。坂の上方の竹林が地下茎ごと崩れ、家の脇の低くなっていた道路側の土地と道路を埋め、ケヤキさんをなぎ倒し、私はケヤキさんの枝の作った隙間で気を失っていたそうだ。大きな怪我は無く、雨や夜露にぬれることも無く、土に埋もれることも無く、私はケヤキさんに守られた。


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