15-山田さんの物語 <ブドリ君の油断> 4
村山のオバちゃんとコー吉を引き連れて、無事に帰宅した。 家にたどり着く直前には雪は膝のところまでつもっていた。もう少し帰りが遅れたら、危なかった。
門の中に入り、地下室への階段を降りていたとき、最後の一段で僕は靴の底に付いていた氷で足が滑った。
「うひゃ〜 痛てっ!」
先に入室していた義兄が驚いて振り返る。
「おい、大丈夫か?」
「うーん。お尻をぶった。ダイジョバナイ。」
「…あとで診てやるから、まず部屋に入ろう。」
皆で部屋に入った。コー吉は奥さんと子供のところへ、文字通り飛んでいった。
村山のおオバちゃんと3人で居間に入り、美知子の淹れてくれた暖かいお茶をすすった。
「何か大きな音がしたけど、大丈夫?」
「うん。入り口の階段の最後の段で滑って転んでお尻をぶった。」
おふくろ(真子ちゃん)が冷たい目で見下ろす。
「『高名の木登り』ね。最後まで油断しちゃダメよ。」
「面目ない。ケンコウ第一ってか…」
だれも笑ってくれない…。
「どんな状態か診てやろう。お尻を出しな?」
義兄が僕のズボンを掴む。
「ちょっちょっと、ここでは嫌だよ。」
「いいからいいから、義兄さんにおしりを見せてごらん♪。ウヒヒヒ」
義兄は少し意地悪な笑顔で僕のズボンとパンツを脱がせようとする。
「やめて〜」
僕の魂の叫びは無視された。
♫ ♫ ♫ ♫ ♫
「あ〜。これは痣になるねえ。湿布を貼っておこう。」
義兄はなれた手でお尻に湿布を張った。
「腰を打つと、結構大変なことになることもあるから、落ち着いたら必ず病院へ行きなさい。いいね? お大事に。」
義兄はパンツから手を離しながら、医者としての指示を与えた。 僕は家族やカラスの前で公開処刑されて涙目だ。
「美知子〜ぉ。みんなひどいんだよぉ〜。」
「よしよし。泣かない、泣かない。 今日は疲れたでしょ。もう寝ましょ。」
美知子さんは苦笑を浮かべて僕の頭をよしよしと撫でる。
その後、皆で夕食を食べて、それぞれ眠りについた。
♫ ♫ ♫ ♫ ♫
それから2日間降り続けた大雪により、市内の十数件の家が倒壊・半壊していた。雪で出入り口が塞がれ、閉じ込められた家も多く見られた。停電や電話の不通も多く発生した。事前のテレビ報道による防災関係者の指示により、食料や水を確保していた家は助かったが、コンビニに頼っていた独身者が家の中で遭難しかけていたそうだ。
山田さんのアパートも2階の山田さんの部屋の辺りで屋根が崩れ落ちていた。おそらく、長い間暗くて湿っぽい状態になったので、柱や梁が傷んでいたのだろう。山田さんとハルキ君は避難というか、ほとんど引っ越ししていて無事だった。村山さんの家は門と玄関の間に屋根から雪が落ちてきて埋もれ、家の中への出入りができなくなっていた。
翌々日の朝に雪は止み、救助活動が開始した。重機による除雪でその日のうちに幹線道路は通行可能になった。これにより救援物資が避難所にスムーズに届けられた。
カラス達も雪がやめば空を飛ぶことができるようになり、雪にはまって動けなくなった人、埋もれてしまった人を次々発見し、救助の人に知らせていた。けが人は助け出され、病院へ搬送された。残念ながら数本の黒い布を付けた死神の鎌のような旗竿もたてられていた。 ブドリ君とミヤサワ義兄はそれからさらに次の朝まで救助活動を手伝った。 ブドリ君はお尻に違和感を覚えていたが、それどころではない街の状況に、東奔西走していた。
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あの大雪災害から一週間後、ブドリ君はトイレで戸惑っていた。 排尿時の快感が無い。残尿感が激しい。「寒い中を走り回っていたためかな?」 と無理矢理納得しようとした。また、両足の裏や太ももの前側も感覚が鈍い。ふくらはぎにも違和感がある。そして、その症状は徐々に広がり大きくなっていった。
そして、決定的なことがその夜の寝室で起こった。 美知子さんと仲良くしていたのだが、ぴくりとも反応しない。
「たて、たつんだじょ〜?」
何で美知子さんは疑問形なんだろう?
「おまえは『ハタ坊』か!」
と突っ込みをいれたが、…むなしい。
「よし、よし、ブドリ君、あなた疲れてるのよ。」
と美知子さんは慰めてくれる。
そのような状態がさらに2週間続き、義兄に相談したところ、「すぐに大きな病院へ行け!」と叱られた。
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下半身の軽い麻痺であった。遠因はおそらくあの尻餅だ。僕はイン○テンツになった。
この手の話しは美知子以外の家族にも相談できない。唯一泣きつけるのは美知子さんだ。
「美知子ぉ。どうしよう、 …できなくなっちゃった。」
「泣いてもしかたないでしょ。」
「でも、でも。…男の矜持が… 美知子ぉ。僕のこと、捨てないで。」
「なにを情けないことを言っているの。そんなことで捨てる訳無いでしょ。」
「でも、でも」
「あなたとできなくなっても『さよならイン○』したりしないわ。」
「そんな昔の、おじいちゃんの若い頃のサ○コミックスの漫画なんて誰も知らないよ。」
僕は泣き笑いした。
「あなたにわかれば良いの。突っ込みをいれられる程度には頭が働いているようね。」
「でも、でも。」
「あ〜うっとうしいわね。私が好きになって結婚したのは『あなた』なの。あなたの付属物じゃないの。」
そう言って、美知子は僕の頭を胸に抱きしめ、よしよしと撫でた。
「美知子には勝てないな。…僕、本当に美知子と結婚してよかったと思っているよ。」
僕はちいさくつぶやいた。




