15-山田さんの物語 <発災> 3
雪は明け方に降り始めてから直ぐに吹雪のようになり、街を閉じ込めた。
水田家新館には武鳥家のメンバーの他に、ハルキ君が避難している。山田さんは報道現場に張り付くそうだ。でも、家財道具一式を水田家に運び込んでおり、アパートを空っぽにしている。これは…このまま引っ越すつもりだな? まあ、いっかぁ。 宮澤医院の若先生もカラスまみれになって水田家新館地下で待機している。カラス達とテレビを見ながら状況把握をしている。
「ひどい吹雪だな。」
「そうですね。」
「けが人がでなければ良いけど。」
「あれ?お義兄さんはカラス救助隊の出番を期待していたんじゃないですか?」
「バカなこと言うなよ。予言が外れて、何事も無いのが一番だよ。」
「…そうですね。バカなことを言いました。」
「ところで…ブドリ君は2人目不妊だって?」
「ナナナ…何を唐突に。」
「いやね。妹に相談されて。」
「美知子さん、何やってんの?」
ブドリ君が悲鳴に近い声を上げる。カラス達が二人の会話を盗み聴きして「ククク」と苦笑を漏らす。ブドリ君がその声の方をきっと睨むと、さっと目をそらす。
「いやねえ、電磁波の生殖に与える影響は、まだほとんど明らかになっていないんだよ。高圧送電線の下に住んでいると白血病になりやすい、とか携帯電話を長時間使っていると脳腫瘍になるとか、そんな『噂』や『都市伝説』はあるし、公的機関や電力会社が見解を発表しているけど、まだそのようなリスクそのものも認知されていないんだ。vitroで有為差があった、という論文もあるにはあるが、僕が読んだものは、少しずさんな実験だと思う。 まあ、気に病まず、はげみたまえ。」
「はげみたまえ、って、生々しいですねぇ」
「あははは」
しばらくして義兄がつぶやいた。
「おや? コー吉はいないのかな?」
義兄はカラスの個体を識別できるらしい。カラス愛だな。
「コー吉? 村山さんちの? 本当だ、いないですねえ。」
「カー太ン。コー吉は?」
カー太ンは周りを見回して
「クーカカカ(村山さんちから避難したはずだが)」
と答えた。
「大変だ、逃げ後れているかもしれない。」
「義兄さん、ちょっと待ってて、1階の人たちに行き先を告げてくる。」
♫ ♫ ♫ ♫ ♫
僕と義兄さんはスコップを担いでトレッキングポールを片手に村山さんの家に向かった、まだ積雪は15cmくらいで、歩くのには問題ないが、道が雪に埋もれて、道路の境界や測溝が見えない。しかも降りしきる雪で視界が悪く、目印になる電信柱や交通常識が吹雪で見えない。ポールで足下を確認しながら進む。いつもなら5分の道のりも15分以上かかる
やっと村山さん家に到着する。玄関で声を掛けると、中から村山のオバちゃんが戸を開けてくれた。
「おや、珍しい。宮澤の若先生と、ブドリ君じゃないかぃ。」
「オバちゃん、コー吉を見なかった?」
「コー吉なら居間にいるよ。」
僕の懐からカー太ンが飛び出して、居間に飛んでいく。オバちゃんビックリしている。
「ガ〜ガ〜」
「ココココ」
あ、コー吉がカー太ンに叱られている。
でも、無事で良かった。
「オバちゃん、一人でここにいるのは危ないですよ。避難しましょう。」
「そんな、雪で避難するなんて。」
「テレビを見てました? 紫色の警戒レベル4ですよ? これからドンドンひどくなって、直ぐに警戒レベル5になります。雪の場合は垂直避難もできないから、今のうちに安全な場所に避難しましょう。」
「そんなこと言っても、中学校は坂があって雪道は危ないからねえ。」
なんだかんだ言って避難したくないのだろうか?これが恒常性バイアス?逃げ後れる原因になる。
「とりあえず、うちに来てください。建物が頑丈なので、 安心です。」
「でも、ご迷惑になるのはねえ。」
「オバちゃんが被災して、探す方がよっぽど迷惑になります。それに、コー吉を巻き込む気ですか?」
「それはいけないねえ。 コー吉の奥さんや子供達は?」
「もう既にうちの地下に避難済みです。」
「そうかい。じゃあ私もそこへ避難しようかねえ。」
「あったかい服装に着替えてください。外は吹雪です。」
「わかったよ。隣の部屋で着替えるから、覗かないでね♡」
僕と義兄はどっと脱力した。
♫ ♫ ♫ ♫ ♫
村山家から外に出ると、積雪は脛の上の方までつもっていた。ギリギリセーフだ。僕たちは帰路を急いだ。ラッセル!ラッセル!
雪はなおも降り続いていた。
「どこが地球温暖化やねん!」
ブドリ君は空に向かって寒波に突っ込みを入れていた。




