15-山田さんの物語 <『マリアの予言3』> 2
「あら! いらっしゃい。」
居間にカー太ンと数匹のカラス達が来ていた。お皿に炒り豆を用意してお出しする。ブドリ君が真剣な顔で何かぶつぶつ言っている。
「あ、美知子、炒り豆、ありがとう。できれば君にも聞いてもらいたいんだが…」
「何何?面白い話し?」
「全然。 困った話し。 もしかしたら『マリアの予言3』かも。」
「えっ?」
「山田さんも呼んでおいた方が良いかなあ?」
「そうね。今日は非番だから呼んだらすぐ来ると思うわ。」
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「呼ばれて飛び出て….」
山田さんは嬉しそうな顔でハルキ君とやってきた。ハルキ君を真知子のいる子供部屋に追いやって、大人の密談を始める。
「カラスが危機を訴えています。『マリアの予言3』を出すかもしれません。」
皆の顔が引き締まる。先ほどまでの浮ついた雰囲気が霧散した。
「天気予報で、来週の寒波の来襲はご存知ですよね。」
「そんなニュースもあったわね。それが?」
「この辺が大雪に埋もれるそうです。カラス達が避難場所の確保を要請してきました。」
山田さんが頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。
「そりゃ、カラス達は林をねぐらにしているから、大雪で避難したがるのは判るけど。雪が人命に影響することはないと思うけど?」
「それが、『災害級の大雪になりそうだ、積雪が1メートル以上になりそうだ』とのことです。」。
「1メートルの積雪なら、雪国ではよくあるじゃないの?」
「でも、この辺りで1メートル以上の積雪は、この100年間、聞いたことがありません。」
「だから?」
「雪国なら毎年恒例のことだと対策がとられているでしょうが、ここでそのレベルの大雪になれば、交通遮断はもちろん、家屋の倒壊の危険もあります。」
「まさか!」
「山田さんのアパートもいい加減ボロでしょう。屋根の上に1メートルの雪を乗せて、保つと思います?」
「保たないの?」
「概算ですが畳2畳が一坪、3.3平方メートルですから、その面積で700キログラムの重さになります。」
「となると、うちの借りている部分だけで屋根の上に7トンの雪が積もるということね。アパート1棟で30トン…保たないわ。」
「ですね。」
「武鳥さん家はどうなの?」
「新館は鉄筋コンクリート造りなので、心配ありません。旧館も太い大黒柱と梁の造りですから、多分大丈夫でしょう。」
「ねえ、美知子さん? 私たち親子がここに避難して来ても良い?」
「…ええ。ブドリ君と真子さんが認めれば。」
「そうだね。おふくろも話し合いに参加してもらおう。」
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還暦を過ぎても、真子おばあちゃん、いや真子ちゃんはさすがである。理解が早く、理路整然と事態を把握し、今回の対応を指示し始めた。
「前の『マリアの予言1』の時と同じようにカラスの避難場所を確保しましょう。うちの新館の地下駐車場でいいかしら。作業場をかねて広く作ってあるから、200羽くらいなら楽々収容できるわ。1週間なら食料は炒り豆と穀物で良いかしら。いいわね、カー太ン。」
カー太ンが頭を下げてひとこと『ガー』と鳴いて了解の意を示す。
「山田さんは新館の空いている部屋に避難して来なさい。その方が安心でしょ。子供達はまとめて面倒見るわ。」
「ありがとうございます。」
「そのかわり、マスコミ対策はお願いするわ。特に守秘をお願い。」
「『マリアの予言』はまだ公開してはダメですか?」
「いまはまだダメ。 いま、E-EDOの中の組織の再編で防災研究部門を作ろうとしているの。そのネタに使いたいから、いまはまだ秘しておいて。」
「でも…」
「わかった?」
「….」
「わかったわね!」
「…ハイ。」
真子ちゃん、強〜い。迫力が違う。
「おふくろ? 僕は何をすれば良い?」
「おまえは…美知子さんと県の防災の方へ行って話しをしてきなさい。メールや電話はダメよ。実際に行って話しをするのよ。カー太ンと山田さんも一緒に連れて行くのよ。」
「「はーい! ママ」」
「ところで、おふくろは何をするの?」
「私? 私は真知子とハルキのお世話♡」
「え〜っ? 何かずるい。」
「なんか文句あるの〜っ? それと救援物資の発注、旧館の補強の手配、その他モロモロの手配と、そうねAIミヤサワクンにも手伝いを依頼しましょう。漏れがあってはいけないわ。 さあ、時間がもったいないわ。かかりましょう。」
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「美知子。義兄さんにも連絡してくれる?」
「?」
「緊急カラス救助隊にスタンバってもらう必要がありそうだ。」
「わかった。コー吉ズにもスタンバるように伝える?」
「それはカー太ンに頼もう。」
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県の防災、消防署、警察は代かわりしていたが、申し送りはあったようで、すぐに緊急対策会議が開かれた。被害が特に大きくなると予想される範囲はそれほど広くないと予想された。直ぐに近隣県の防災のトップにも周知され、重機による道路の除雪準備、医療体制の準備、そして避難誘導の準備が進められた。
さすが『マリアの予言』は信頼されている。ブドリ君は県のお偉いさんから、「これを機に県職員にならないか」と誘われていたが、固辞していた。
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山田の報告を受けたJBS放送局の報道責任者の池田の反応は鈍かった。
「その『マリアの予言』の噂は聞いたことがあるが、それを何でオマエが知っているんだ?」
「それは…守秘するようにソースからいわれています。」
「ソースも開かせないのに、信じろって言うのは無理がある。それに我々は災害報道はするが、災害予知・予防報道はしたことが無い。やるとしても公共放送(N:何でもH:放送K:協会)の仕事じゃないか?」
「でも、スクープですよ。多くの人命を救うことができるんですよ。」
「その予言がデマだったら、うちの局は叩かれるだろうな。その責任を誰がとるんだ?」
「….」
「出直してこい。」
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「もしもし山田です。ブドリ君ですか?」
「はい。武鳥です。山田さんどうしました。」
「いま、局の報道の責任者と話しをして来たんですが、「ソースが不確かな噂は報道できない」、と蹴飛ばされました。やはり、ソースを明らかにして良いですか?」
「う〜ん。それはできないなあ。でも放送局の発信力は強力だし。どうしようかねえ。おふくろに相談してみるから少し待っていて。」
「急いでくださいね。」
「うん。」
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「あ、おふくろ? 息子ちゃんです。」
「どうしたの?」
「山田さんが行き詰まっているみたいで…<かくかくしかじか〜>」
「困ったわねえ。そうだ、裏がとれれば良いのよねえ。県の防災の人にお願いしてみたら?」
「それしかないかなぁ。」
「そうね。」
「わかった。」
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ブドリ君が県の防災の局長に電話して10分後。
「JBSの池田報道部長さんですか? 私、県の防災局の局長をしています田中です。」
「いつもお世話になっています。今日は何のご用ですか?」
「たぶん、おたくの山田さんがスクープのネタで『マリアの予言』の話しを持っていったと思うのですが、あれ、本物です。広報活動にご協力をお願いできませんか?」
「えっ?」
「私も守秘義務でソースは開示できないのですが、県防災は消防と警察と土木を中心に対応を始めています。『県や行政が動いている』ことを報道できませんか?」
「それは本当ですか?」
「是非に県の防災と消防を取材してください。私たちは予言を信じて動き出しました。」
「…わかりました。情報提供、ありがとうございます。」
田中防災局長との電話を終えると、池田報道部長は机の上のさめたコーヒーを一口飲んでから怒鳴った。
「おーい! だれか『ちゃらんぽらん』を捕まえてこい!」
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その日の夕方のニュースから、天気予報の前や後に『緊急特集、大雪災害に備えて』のコーナーが設けられ、大雪への備えが促された。番組には県の防災担当者も出演し、備えが訴えられた。さらにライフ・ハックとして、安全な雪下ろしの方法などが報道されると、県内のホームセンターからスコップなどの雪下ろし道具が消えた。
これらのコーナーは報道部の山田キャスターが担当していた。しかし、わたわたと焦って放送事故を連発し、「お笑いかっ!」と降板させられバックに引っ込められた。
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テレビ報道の影響力はまだ大きく、これがネットにも波及した。そして、その日の深夜にネットでも『マリアの予言3』が公開された。




