14-真知子ちゃんの物語 <霊>
美知子さんの押すベビーカーでのお散歩は楽しいわよね。あらためてこの街を楽しんでいるの。私が狭間の世界に行っていた間に街も大きく様変わりしてたわ。田んぼがなくなり畑も少なくなり、林も小さくなってしまったわね。街の中だけでなく、ちょっと遠出するのも楽しいわ。その時は、カー太ン達は少し離れて見守ってくれるの。
町内には怖い場所はないんだけどね、でも、霊の見える私にはこの市内に何カ所か近づきたくはない場所があるの。 一つ目は車で30分くらいのところの大きなおもちゃ屋の傍の小豆色のマンションなの。何か嫌〜な空気が漂っているわ。時々階段の踊り場に濃い緑色の半透明の『もの』がたたずんでいるわ。アレは何かしら? 今度、お地蔵さんになっちゃった息子に聞いてみようかしら? あの子も自分が霊になっちゃっているくせに、霊が見えるし、あちこち歩き回っているみたいだから、なんか知っているでしょ。 二つ目は近所を流れる川の少し上流の別の小川との合流部よ。ここは古戦場跡でやはり嫌な雰囲気よね。市内からのアクセスが良いのに、なぜかあまり発展していないのよね。まあ、高速道路にアクセスするバイパスの入り口だから、車で通り過ぎるだけだし、あまり関係ないわ。 三つ目は市の中心のデパートの地下食品売り場とバスターミナルを繋ぐ地下街なんだけどね。混雑するし、ベビーカーでは不便だし、私はまだ小さいからあまり連れて行ってもらえない場所なのよね。それに、一度だけ行ったときに私が大泣きしたので、もう二度と行かなくなっちゃった。あそこの地下街の洋菓子店の高級プリンはとっても美味しいのに、残念ねぇ。
その他にも街中を半透明な濃い緑色の妖しいものがさまよっていることがたま〜にあるけど、うちの子(ミヤサワ君)と嫁(理恵子さん)がなんとかしているみたいね。良い仕事をしているわね、あの子たち。
そうそう、一度、山田ハルキ君のお家に連れて行ってもらったんだけど、あのアパートは何か暗かったわねぇ。ハルキ君のお部屋の隅には小さな悲しそうな緑色のが2つ隠れていたわ。声をかけたの。
「もしも〜し。あなたたちは誰ですか?」
って。でもおびえて2つが抱き合うようにぷるぷる震えるだけで返事をしてくれなかったの。
悪さをするわけではないけど、もうずっとそこにへばりついているようでかわいそうだから、うちの子(お地蔵さんミヤサワ君)にその話しをしておいたの。次の週に行ったら、無事に狭間の世界に送り出してもらえたようで、部屋もすっきり明るくなっていたわ。山田のお母さん曰く、
「10年以上前の事故物件だけど、いつまでも雰囲気?空気?が悪かったから、家賃が安かったのに、最近雰囲気が明るくなっちゃった。これでは家賃が上がってしまいそう。雰囲気が明るくなったのは大家さんに黙っていよう」
ですって。いらんことしいをしてしまったかしら? でも、子育ての環境は清潔で明るくなくっちゃだめよね。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
今日もミヤサワ君が二人の男の子を狭間の世界に送って来た。もう10年以上も自分たちが亡くなったアパートの部屋の片隅にひっそりと佇んでいたらしい。一人は幼稚園くらい、もう一人は赤ん坊だった。幸いに悪霊化はしていなかった。部屋の隅でずっとずっとお姉ちゃんの帰りを待っていたらしい。
「ねえ、おじいちゃん、僕たちをここへつれて来た変な帽子をかぶったおじいさんとピンクのスカーフのおばあさんは誰?」
「あれはわしの弟子のミヤサワ君夫妻じゃ。お前さん達のように上手くここへ来れない子供たちを現世からこの狭間の世界へ案内しているんじゃよ。」
「ねえ、僕たちのお姉ちゃんはここへは来ないの?」
「お姉ちゃん? お姉ちゃんは、まだ生きているようじゃの。そうじゃな、あと70年くらいしたらこっちへ来ると思うがのぅ。まだまだ先のことじゃ。 う〜ん。どうするかの? お姉ちゃんをここで待つか、それとも先に上がって次の人生に進むか…君らはどうしたいのかのぅ?」
「そっか。お姉ちゃんまだまだ来ないのか。…どうしようかなあ?」
「あ〜う〜」
「あ、よしよし。 この子はわしじゃダメかの? お兄ちゃんが良いのかな?」
「ねえ、おじいさん。お姉ちゃんは現世で幸せになれるかな?」
「さてのぅ。何がその人の幸せかわしにはわからんし、幸せになれるかどうかもわしにはわからんのぅ。 でもな、お姉ちゃんは君らの次の人生での幸せを祈っているとおもうぞ。」
「そっか。僕たちが幸せになると、お姉ちゃんも嬉しいし、きっと幸せなんだよね。」
「そうじゃな。きっとそうじゃ。」
「じゃあ、僕たち次に行くよ。 いいよねヨーちゃん。」
「あ〜。あ〜」
「ねえ、おじいさん。お姉ちゃんに『僕たちこれから生まれ変わって幸せになる』って伝えてもらえないかなぁ? お姉ちゃんを安心させたいんだ。」
「そうさのぅ。君らが直接夢枕に立つのはどうかのぅ?」
「ゆめまくら?」
「そうじゃ。君たちが眠っているお姉さんの夢に出て、君らの思いを直に伝えるんじゃ。」
「わかった。そうする。」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
昨夜は久々に熟睡した。夢を見た。13年前のあの事以来、私は熟睡することができなくなった。深く眠るとあの時の光景を思い出してしまう。部屋の中に転がっている首を絞められて息絶えた弟達、無表情で、でも涙を流しながら私の首を締め続けてくるおかあさん。目の前が赤くなって意識を失っていく自分。 そんな凄惨な光景を夢の中で繰り返し見てしまう。私だけが死ななかった、死ねなかった。置いていかれてしまった。助けてくれた人には感謝している。ギリギリで奇跡的に私だけ助けられたそうだ。でも、なぜ姉弟3人一緒に死なせてくれなかったと思うこともある。
今は遠い親類のおばさんの家でなにも不自由のない暮らしをしている。この春には1年遅れで大学を卒業して、おばさんの息子さんと自ら望んで結婚した。まだまだ未熟な私を支えてくれる彼は、顔に大きな傷があるけど、見た目と異なり誠実な人だ。身寄りをなくした私を下心なく妹のように大切に扱ってくれた人だ。私もこの人となら幸せになれるだろう。そう、この状況は世間的には幸せなんだろうなあ。でも、でも、心の奥底では姉弟のなかで一人だけ生き残ってしまい、私だけ幸せになっていることに罪悪感を感じている。その思いに日々苛まれていた。
そんな私がなぜか熟睡し、今日の朝方に夢を見た。夢の中では、お花畑の中であの頃のままのコーちゃんがヨーちゃんをぶら下げるように抱いていた。コーちゃんもヨーちゃんもニコニコ笑いながら私に語りかけて来た。
「僕たちこれから生まれ変わって幸せになるね。だからね、お姉ちゃんはもう悲しまないでね。お姉ちゃんはお姉ちゃんの今の人生で幸せになってね。またどこかで会おうね。またね〜」
「ア〜、ウ〜」
と二人でバイバイと手を振っていた。
「待って! 待って!」
と必死に声をかけたけど。二人はニコニコ笑いながら、光になって消えていった。
♫ ♫ ♫ ♫ ♫
「大丈夫? なんか『待って!待って』とうなされていたけれど。」
横で寝ていた夫はやさしく指で私の涙を拭ってくれた。目が覚めたとき、私は涙を流していた。でも、悲しみの涙ではない。心の中にわだかまっていたものはどこかに消え失せていた。
「うん。大丈夫。 …夢を見たの。亡くなった弟達と…お別れする夢。弟達…生まれ変わるん…だって。今度こそ幸せになるん…だって。だから…私も幸せに…なるように…だって。」
私は夫の胸にすがりつき、嗚咽し、さらに涙を流した。夫は、よしよしと小さなころの私をあやすように私の後頭部と背中を撫でて、抱きしめてくれた。
いや、あれはきっと夢ではない。弟達はどこかで生まれ変わるんだ。いや、これから生まれ変わるなら、私が産んであげよう。そして幸せにしよう。私は強く心に決めた。
夫に抱きしめられてるうちに、私は落ち着くことができた。私の涙でぐしょぐしょになった夫のパジャマを見て、これは着替えさせないと風邪を引いちゃうわ、と間抜けなことを考えていた。
♫ ♫ ♫ ♫ ♫
あの夢から9ヶ月後、私は双子の男の子を産んだ。浩介と洋介と名付けた。




