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狭間の世界にて  作者: リオン/片桐リシン
14-真知子ちゃんの物語 全6話
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14-真知子ちゃんの物語 <疑惑>

 帰宅した僕は、ネギの切れ端も入っていない、丼に山盛りの伸びた素のかけ蕎麦を前に困惑している。

 「えーと、美知子さん、これは夕食? んーと、かけ蕎麦?」

 「うん。見た通りの素のかけ蕎麦よ。さあ、た〜んとお食べ? お代わりもゆでればまだまだ沢山あるわよ。」

美知子さんが僕にニコニコと笑顔で答える。でも、目は全然笑っていない。これは何かあったな? 問うべきか問わざるべきか? 食卓の対面に鬼のまなざしでニコニコ顔で座る美知子さんの顔を見ながら、僕は逡巡した。それでもこの状況を放置するのは得策ではないと判断し、問いかけた。

 「昼間に何かあったぁ?」

 「あった、あった。あの山田さんが近所に出戻って来たって。引越そばを持って来たわ。」 

 「山田さんってテレビ局の? それでこの山盛りの蕎麦か。」

 「ジャガイモ顔の赤ちゃんをつれて来てたわ。」

 「ふ〜ん? そう。」


 あれっ? 私は食卓の対面から注意深くブドリ君を観察していた。ところが、ジャガイモ顔というパワーのあるはずのキーワードに、ブドリ君は全く反応しなかった。…これは白かな? 話しをしながら一心不乱に伸びかけた蕎麦をすすって…処分している。ドンドン伸びてたべてもたべても蕎麦が減らない。バイバインの栗まんじゅうか? 何か申し訳ない、後ろめたい気持ちになった。冷蔵庫から鶏の筑前煮を出して電子レンジで暖めて、食卓に追加し、私も蕎麦を食べ始めた。


 ♫ ♫ ♫ ♫ ♫ 


 予告通り、次の日の午前中、山田さんは赤ん坊のハルキ君をつれて来た。

 「ごめん。買い物と洗濯があるから、ハルキのこと2時間ほど見ていて。死ななければ文句を言わないから。ハイこれ、おしめ一式と着替え、それと哺乳瓶にミルク。よろしく」

 両手を合わせ、頭を下げて懇願されれば、引き受けないわけにいかないじゃぁないか。我ながらお人好しだわ。 それに彼女、後ろ向きで手を合わせて頭を下げてスススと姿を消した。器用だなぁ。逃げ足が速いなぁ。


 ベビーベッドに真知子ちゃんとハルキ君を並べて寝かす。半年差で赤ちゃんの大きさが顕著に違う。なるほど、真知子はこんだけ私の乳を吸ったのか…。

 しばらくして二人とも目を覚ましたようだ。見つめあって何かお話ししている…というより真知子が一方的にしゃべっているように聞こえる。それを聞きながらハルキ君はご機嫌さんだ。手足をぴょんぴょんさせて話しを楽しんでいるようだ。でも、こいつら、仲が良いなあ。仲良しの赤ん坊って見ていてあきない…眼福眼福。こちらも頬が緩む。

 あ、こら、真知子! ハルキ君のほっぺにシャブリ付くな。ぷくぷくだけどおっぱいじゃないぞ。 …あ〜あ、ハルキ君のほっぺたにキスマークが付いちゃった。 ….死ななきゃ文句を言わないって言ってたし、まあ、いっかぁ。 でもハルキ君? ほっぺに跡がつくほど吸い付かれて、ヨダレでべとべとにされて、君、何を喜んでいるの? 真知子もニヤニヤしないの。


 しばらくして真知子が泣き出す。お腹がすいたみたい。まだ彼女は母乳だ。おっぱいを含ませる。それをハルキ君が見ている。それにしてもハルキ君は泣かないなあ。お腹がすかないのかしら? うらやましそうにこっちを見ているが、私と視線が会うと目を逸らす。首もまだ十分に据わっていないのに器用なことだ。真知子は見せびらかすようにハルキ君を見ているが、ハルキ君の視線は、なんかうらやましそうというよりも微笑ましいものを見る目だな。

 げっぷをさせた後、真知子をベッドに寝かせる。続けてハルキ君のミルクを作り、ほ乳瓶で飲ます。うんくうんくと勢い良く飲む。いちいちミルクを作るのはめんどくさいなあ。いっそのこと二人を乳姉弟にしてしまうか? まあ、感染症なども怖いから、やめとくか。


 「なんだ、お腹がすいてたんじゃないの。そう言う時は泣いて知らせなさいよ。」

と文句を言うと、器用に眉根を顰めて申し訳なさそうな顔をする。こちらもゲップをさせてベッドに寝かす。二人はまたおしゃべりを始める。手のかからない、いい子たちや。やがて二人は手をつないで眠った。


 こうやって二人の顔を比べて見ると、ハルキ君は確かにジャガイモ顔だが、ブドリ君とは異なる系統のジャガイモ顔だ。あえて言えば、男爵とメークイーンくらいの違いがある。それなのに疑惑を持つなんて私もまだまだ修行が足りない。ジャガイモ・ソムリエへの道は遥かなり。


 ♫ ♫ ♫ ♫ ♫ 


 それから2時間ほどして、二人は目を覚ました。山田さんはまだハルキ君を迎えにこない。おーい、お約束の時間をすぎているぞ〜。まあ、この赤ちゃん達はペアにしておくとご機嫌さんだし、見ていてあきないから、少しぐらい遅れてもいいけどね。

 真子オバーちゃんが様子を見に来た。でも真子オバーちゃんと呼ぶと露骨に機嫌が悪くなる。真子ちゃんと呼ばなければ返事をしてくれない。もう還暦を過ぎているんだから、自分がバーさんであることを認めなさい…正面切って言う根性はないけど。


 「美知子さん? 赤ちゃん達はどう?」

 「楽しそうですよ。」

真子ちゃんは二人の入っているベビーベッドを覗く。二人が手をつないで仲良くしている様子に頬が緩み、やさしい目で二人をみている。


 しばらくして真子ちゃんがつぶやいた。

 「あら?」

 「ん?何かありました?」

 「いえ、何でもないわ。後で確認しなきゃね。」

真子ちゃんは誰に何を確認するんだろう? それに、真子ちゃんがベビーベッドを覗いたら、二人とも真子ちゃんから目を逸らしていたぞ。 何か怪しいなぁ。


 このようにして、なし崩し的に我が家では週3回ほどハルキ君を預かることになった。


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