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狭間の世界にて  作者: リオン/片桐リシン
14-真知子ちゃんの物語 全6話
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14-真知子ちゃんの物語 <小さな嵐>

 『ピンポーン♪』

 「は〜い!」

呼び鈴が鳴る。真子さんは今日は出勤日で留守だ。家には私と真知子ちゃんしかいない。久々に家の中で気兼ねなく羽根を伸ばしていた。といっても、伸ばしているのは心の羽根だ。黒いカラスの羽根じゃないぞ。私は羽根を持っていない。比喩表現だ。ところで、来客の予定はなかったはずだ。

 屋根や外のカラス達は、…騒いでいないから、来客は危ない人じゃなさそうね。初見のセールスマンや宗教勧誘のヒトならカラス達が大騒ぎをしているはずだ。場合によってはカラス達に攻撃される。でも、このカラス屋敷にわざわざやってくるなんて、むしろお客さんの方が警戒しないのかしら。


 『ピンポーン♪』

 「ハイハ〜ィ、少々お待ちください。 どなたですか?」

 「山田で〜す」

山田さん? 誰だろう? ちょっと心当たりがない。

 「ちょっとお待ちください。」

姿見の鏡で着衣を確認する。うん。今日も私は美人だ。玄関にチェーンを掛けて、レンズから外を覗く。赤ちゃん連れのお母さんが立っている。どこかで見たことのある顔だ。

 「え〜と、どちらの山田さんでしょうか?」

 「近所に越して来たのでご挨拶に伺いました。」

返事が質問の答えではない。ちゃらんぽらんな会話だ。

 「今、扉を開けますね。」

そこに立っていたのはベビー・スリングに赤ちゃんを横抱きにしたお母さんだった。

 「みや…武鳥さん、お久しぶりです。」

お久しぶりと言われても、心当たりがない。

 「え〜と。どちらの山田さんでしたっけ。」

 「ほら、あなた方の結婚披露宴パーティでご挨拶申し上げた、同じ中学の山田です。近所に出戻って来たんで、ご挨拶に参りました。」

あぁ、思い出した。ブドリ君を脅かして立食披露宴に参加して来たテレビ局の山田さんだ。少し雰囲気がおちついて大人になっている? う〜ん。私は最初はわからなかったが、カラス達は披露宴で見かけた人と認識して騒がなかったのかな? 私、記憶力でカラスに負けている? 出産・育児の大イベントで記憶が吹っ飛んでいるようだ。あるいは記憶がおっぱいとともに真知子に吸い取られてしまったのかしら。 …ショボン…

 「すみません、赤ん坊が重いんで、玄関ででも座らせてもらえませんか?」

赤ん坊をダシにされると、断るに断れない。麦茶を一杯飲ませて、さっさと帰ってもらおうか。

 「どうぞ。」

 「ありがとうございます。あ、これ引越そばです。」

うん。ここで乾麺のそばを持ち出すかなぁ。しかも近所のスーパーでも売っている安い奴だ。わが家ではあまり食べないなあ。一応マジックで『ご挨拶 山田』と書かれたのし紙が掛けてある。

 

 ♫ ♫ ♫ ♫ ♫ 


 居間のソファーの上で彼女はベビー・スリングを降ろした。中にはまだ首が座っていないと思われる赤ちゃんが寝ていた。ベビー・スリングのスリングって投石機のことよね。石の代わりに赤ちゃんかぁ。赤ちゃんをこっちにぶん投げないでね。

 「今、何ヶ月ですか?」

 「3ヶ月ちょいです。」

 「外に連れ出すのは、まだちょっと早いのでは?」

 「いやぁ。離婚して出戻っちゃったんで、そろそろ会社に復帰しないといけないんで、外に出ることに慣らさなくちゃいけないんで。」

 「あら、それは大変ですね。 で、今日の御用は?」

 「ええ。そういうわけで、近所にママ友を探しているんですよ。 そう言えばお宅にも赤ちゃんがいるかと…」

これは、あわよくばこの子を私にぶん投げるつもりだな。警戒しよう。

 「ええ、8ヶ月の女の子です。」

 「同じ学年になりますね。ご挨拶しても?」

 「つれてきますね。」


 リビングにベビー布団を引いて、赤ちゃんを寝かせ、うちの子もその側に座らせる。まだ小さい赤ちゃんは手足をゆっくり動かし、でも嬉しそうな顔をしている。愛想のいい子ね。3ヶ月の頃の真知子ちゃんはこんなに表情豊かだったかしら? 

 真知子ちゃんは赤ちゃんを珍しい者を見るようにじっと見つめてニマニマしている。二人のママはその様子を見てニヨニヨする。

 「うちのハルキちゃん、真知子ちゃんと仲良くなれそうですね。」

 「そうですね。ニコニコしていますね。」


 ♫ ♫ ♫ ♫ ♫ 


 山田さんだったかしら、このおばさん?お姉さん? 美知子ママと同じくらいの歳ね。若いわねえ。近所に越して来たというか出戻って来たみたいね。その辺についてもっと詳しいお話をぜひぜひお聞かせいただきたいわね。 お子さんはハルキ君? かわいいわねぇ♡。3ヶ月ちょっとだから、私と半年違い。学校では同学年になるのね。まあ、仲良くしてあげてもよくってよ。ウフッ♡

 ハルキ君は私に何か言いたいのかしら? 口をパクパクさせながら、何かしゃべろうとしているけど、まだ赤ちゃんもいいとこだから喃語もおぼつかないみたいね。

 「ばっ、ばっ」

って失礼ね。私はまだ8ヶ月のかわいい赤ちゃんよ。ばーさん呼ばわりされる憶えは…あったわ。もしかしてジーさん?


 「じっ?、じっ?」

て呼びかけてみる。目の前の赤ん坊は一生懸命笑い顔を作ろうとしている。間違いない。ジーさんだ。メロドラマみたいにすれ違い、行き違いを繰り返さなくてよかったわね。


 ♫ ♫ ♫ ♫ ♫ 


 予想通り、バーさんは我々のひ孫達の娘として生まれていた。出会えたことが嬉しくて嬉しくて、最初の顔合わせの1時間はお腹がすいたことも眠いことも忘れて、バーさんとの意思の疎通に努めた。正直、まだ表情を作れない首さえも十分に座っていないこの体が恨めしい。

 それでも、バーさんはわしのことを連れ合いだったジーさんと認識してくれた。よかった。昭和のラジオ・ドラマみたいにすれ違い、行き違いを繰り返さなくて本当によかった。


 ♫ ♫ ♫ ♫ ♫ 


 この山田さんという女性は、テレビレポータ−だけあって、人の懐に飛び込むのが上手い。自分の赤ん坊をダシにして、ぐいぐいと打ち解けてくる。仕事中にこの子、ハルキ君を私に預けるつもりかしら。まあ、うちには真知子もいるし、一人も二人も同じよね。私も専業主婦をしているし、しばらく仕事へ戻る予定もないし。まあいっかぁ。


 「ところで、つかぬ事をお聞きしますが。山田さん、出戻って来たって….?」

 「あはは、離婚してきました。」

 「えっ。そんな小さな子を抱えて?」

 「ええ。元ダンナとの信頼関係が崩れてしまったら、もうダメになっちゃいました。なんかこの子自分に似ていないって。そんな3ヶ月の赤ん坊の顔が自分に似ていないってあたりまえじゃないですか。 本人は軽い冗談のつもりでも、繰り返し言われると、ねぇ?」

 「そうねぇ。」

それは産後の母親に言ってはダメなことよね。と言いつつも、真知子ちゃんは割と最初からダンナの系統のジャガイモ顔だったことを思い出す。

 「元ダンナ曰く、『うちの家系にこんなジャガイモ顔はいない』だって。ひどいでしょう?」

何か不穏なキーワードが聞こえて来たような気がした。『ジャガイモ顔』? 結婚披露パーティでの元カノ疑惑が再燃する。 その後も当たり障りのないお話をしたような気がするけど、よく憶えていない。まさかとは思うけど。まさか…ね。


 「じゃあ、真知子ちゃんバイバイ。また明日も来るね。」

山田さんとハルキちゃんという嵐は私の心の中に大きな波風をたてて去っていった。


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