14-真知子ちゃんの物語 <真知子ちゃん。あなたはだ〜れ?>
生後約半年、真知子ちゃんはカー太ンと彼の子供達との顔合わせをした。武鳥家の庭に、10羽以上のカラスが降り立ち、こちらをじっと見ている。ホラー映画のワンシーンみたいだ。ウッドデッキのベンチに私とブドリ君が真知子を抱いて座っている。
「カー太ン。これが私らの長女の真知子だ。よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
私たち二人が頭を下げると、カラス達は頷き、「カー」と声を揃えて娘に挨拶した。娘はというと、この異常な雰囲気に呑まれることなくニコニコしながらカラス達の方へ手を伸ばした。
「この子、カラスを全然怖がっていないわね。」
「本当だな。僕、真知子は泣き出すと思ってた。」
「私も怖がると思ってた。 …大物ね。」
「そ〜だね。」
頭に1本白い羽根のカー太ンが、ベンチのところにバサバサと飛び上がり、ブドリ君の肩の上から、私の抱いていた真知子を見下ろしている。普通の赤ん坊なら怖がって泣き出すと思うの。小学生の頃の私も何度かビックリして泣き出したことがある。でも、真知子は全然物怖じしない。
カー太ンはブドリ君の膝の上に乗ると、真知子の方へ首を伸ばした。真知子も手を伸ばし、そしてカー太ンの頭を撫でた。カー太ンは目を細め、真知子に撫でられるに任せていた。そんなカー太ンを見て真知子はニッと微笑んだ。まるでカー太ンのことを以前から知っていたみたい。
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カラスさん達とブドリ君の関係は、狭間の世界から覗いていたわ。そのおかげで、カラス達のこと、特にカー太ンのことは一方的に、よく知っていたわ。だから、ブドリ君に紹介されても、はじめてお会いする気がしなかったわね。でも、まあ、この体で顔を見せるのははじめてだから、きちんと紹介されてよかったわねぇ。こういうことは、きちんとしておかなきゃね。 カラスの頭の羽根はつるつるしていて、さわり心地が良かったわ。カー太ン。よろしくね。
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その顔合わせからは、私が真知子をつれてベビーカーでお出かけするとき、カー太ンand/or彼の家族が護衛について来るようになった。A型ベビーカーのかごの縁にカー太ン達が1匹とまり、見張りをしてくれる。上空には2〜3羽のカラスが旋回し、周囲を警戒してくれる。まあ、わが街では皆さん事情を理解してくれているから、問題はない。もう既にこの街の人にカラスに対する忌避感はない。時々、見慣れぬ人がその光景を見てギョッとした顔をする。変な噂が立たないことを祈るんだけど、まぁ、いっかぁ〜。 兄が宮澤医院の裏に、カラスの巣のための棚を作り、チャンスがあれば「うちの子にならないかァ?」と勧誘している。我が兄ながら結構しつっこいなぁ。
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少し曇り気味で日差しの強くない休日に、3人と1羽は川の土手の上の草原へ散歩に出た。ブドリ君は草の上にゴロッと寝転び、寝息を立てていた。研究助手の仕事がきついらしい、でもちゃんと休日を取ってくる辺り、エライ。そのジャガイモの寝顔を見て、少し笑みが漏れる。ベビーカーでは真知子がかごの縁に止まっているカー太ンと喃語でゴニョゴニュしゃべっている。時々、カー太ンが頷いている。カー太ンと真知子は生まれる前からの知り合いのように仲良しだ。少し疎外感。私はニコッと真知子に微笑みかけ、彼女に尋ねた。
「真知子ちゃん。あなたはだぁ〜れ?」




