13-美知子さんの物語 3 <宴会>
率爾ながら、あの直下型地震の1年後、私はブドリ君と結婚することにした。何であんなジャガイモと結婚するはめになったのか、全然わからない。わからないが、最後の決め手は彼のプロポーズの言葉だった。ころっと騙された。
結婚式は教会で営まれた。私の希望だ。でも、カラスの舞う教会での結婚式を私の乙女心は想定していなかった。かなりホラー映画風味だ。神父さん?牧師さん?も参列者もドン引いていた。乙女心が折れた。乙女心が複雑粉砕骨折を起こしている。
披露宴代わりの立食ガーデンパーティでは、カー太ンと彼の奥さん、その子供達、孫達のためのカラス特別席が用意された。皆、仲良く美味しそうに料理をついばんでいる。ぽろぽろこぼしていない。親戚のガキどもよりも行儀が良い。
パーティには同じ中学高校の同級生も多数参加してくれた。賑やかし要員というよりも苦笑担当になっている。中には顔を思い出せない人もいた。まあいっかぁ。結婚式と披露宴は賑々しく行われた。
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結婚式の行われた夜、ブドリ君と私のそれぞれの大学の後輩の主宰する合同飲み会に引きずり出され、強制参加させられた。まあ、いっかぁ。いかにも理系の学生やOBばかりだ。出会いのチャンスの少ない彼らには、絶好の機会であろう。
こら、そこのブドリ君側のにいちゃん。乾杯の前から私の後輩の女の子を口説き始めるな。
場が暖まって来た時に宴会芸や一発芸がはじまった。出し物も理系テーストだ。内輪受けが酷い。 大学院生や若い教員が大学の枠を越えて集まる勉強会、「若手の会」で毎夜毎夜開催されるエンドレス懇親会の乗りと定番芸だ。
「一番、プランク音頭を踊りま〜す!」
何じゃそりゃ? ブドリ君によると、プランクさんは20世紀初頭の量子論の始祖となった大物理学者さんだそうだ。それくらいは私も理系の端くれだ、知っている。…詳しく知っているわけではないけど。しかし、眼前のプランク音頭は何か暗黒舞踏のようだ。
「あの踊りは、ジョリー教授に志をへし折られた若き日のプランク先生の苦悩を表現しているんだよ。」
とブドリ君がドヤ顔で解説してくれるが、全然わからん。何がなんだかわけわかめだ。
「二番、ハイゼンベルク音頭、いきま〜す。」
さらにおどろおどろしい舞踏が始まった。結婚式のパーティの演目じゃないよな。 踊り手は死にそうだ。…あ、死んだ。
「三番、シュレディンガー音頭、行きまーす。」
うん。これは明るめだ。ギリシャ文字を体で表現している。みんな手拍子で「プサイにファイ」と唄っている。こら、倒れているハイゼンベルクさんを踏んづけるな!
「四番、ディラック音頭で〜す。」
四番の人が二番三番の人と手をつないで輪になって踊っている。意味深だが難解だ。
私の側の参列者も芸を始める。こっちは薬学部っぽく女の子多めの男女混合での宴会芸だ。
「五番、スターラーをやります。」
これは白衣に着替えた女の子の手と足を4人で掴んで、くるくる水平に振り廻わす芸だ。有機合成化学実験で使うマグネチックスターラーで廻るテフロン製の攪拌子(回転子)の様子をイメージしている。薬学部でも合成屋定番のネタだ。ブドリ君にわかるかな? と横を見たらブドリ君はゲラゲラ笑っていた。そう言えば彼のおじいさんの『ミヤサワ君』は有機化学者だったっけ。 あっ、回転が速くなり、回転子が上下に暴れる。アレは腹筋を使う。最後に廻している人の手が離れ、攪拌子役の人が床に放り出されてのたうち回る。回転速度が早くなりすぎて攪拌子が『踊る』状態を表現している。アレでよくフラスコが割れるんだよなあ。ブドリ君にわかるかな?
「六番、エバポレーターやります。」
おい、やめろ。その芸は結婚のお祝いにふさわしくない。
エバポレーターは有機合成化学の実験中に溶媒を気化させて除去する装置で、フラスコを回転させてその溶媒をフラスコの壁面に広げて揮発させる。六番君はビール瓶をあおり、それをクルクル回転させながら、ごくごくと飲む。ある種の一気飲みの合成屋ヴァージョンだな。 あっ、突沸した。 鼻からビールを吹いている。 汚いなぁ。もう…
七番、カラムクロマトやりまーす…」
もう場は完全にカオスだ。新郎は爆笑しているが、新婦はひたすら苦笑するしかない。カオスな夜は更ける。
最後に私たち二人はバンザイ三唱で会場から送り出された。後輩からカラフルな花束のようなものを渡された。よく見ると、ゴム製品だ。『今度産む』を膨らまして花束風にアレンジしている。
「こんなもん持って外を歩けるかぁ〜!」
私はその花束状のものを床に叩き付けた。 割れない。日本製は丈夫だ。
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そう言えば、以前、研究室の男の子がゴム風船代わりにコイツに不活性ガスを入れて酸素や湿気の混入を嫌う反応実験に使っていた。薄さはどうでも良いが、確かに密閉度が高く丈夫で水も酸素も通さないから不活性ガス下での実験に好適だ。でも『品がない』と女の子には総スカンを喰らってた。使っていた本人は、
「これの使用事例は、有機合成実験法の本にも記載、推奨されている。 それに日本製は優秀なんだぞ…」
と真っ赤な顔をして抗弁していた。そんでもって、後日その実験法の本を注意深く読んでみたら、あらまぁ。確かに記載があった。この本を書いたローヴェン先生や訳者の先生方は何を考えているんだ…。絶版になったわけだ。そして、研究室のゴム風船の在庫が切れたからって、財布からそんなものをなにげに取り出して流用するキミは….、女の子はみんなそんなキミにドン引きしてるんだよ。
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コンちゃんを投げ捨てた呪いかお祝いか、私は結婚後すぐにおめでたくなった。人間性や頭がおめでたくなったわけではない、決して与太郎さんになったわけではない。お腹がおめでたくなった。ミヤサワのお父さんお母さんお兄ちゃん、ブドリのお義父さんお義母さん、友人達、みんな「めでたい、めでたい」とはやし立ててくれた。
安定期に入り、日々膨らんでくるお腹を抱えて、私は幸せを感じている。
あのブドリ君のプロポーズのセリフ『僕が美知子さんを幸せにします。』はこれか〜。まあ嘘ではなかった。でも、こんな具体的な直接的な形だとはおもってなかったなぁ。




