12-ダイクボ先生の物語 <畳み込まれたた余剰次元の解放によるエネルギー>
「先生はうちの祖父の研究を完成させようとしているのですか?」
「そんな他人の研究の後追いは、真っ当なマッドサイエンティストの行うことじゃない。わしの美学に反する。」
真っ当なマッドサイエンティストって、何ですか? ありえるのか? 言葉として矛盾していないか?
「ところでブドリ君、キミ、E-EDOに就職しないか?」
「はあ〜? なぜ僕をE-EDOに引き込もうとしているんですか?」
「勘じゃよ。わしのアンテナがビビッと反応したんじゃ。キミのマッドサイエンティストの血統がわしの研究の遂行に必要だと感じたんじゃ。 どうかの?」
「先生は何を研究しようとしているんですか?」
「よくぞ聞いてくれた。畳み込まれた(コンボルーションされた)次元の紐の解放じゃよ。最もそのための準備だけでも数百年かかるだろうな。わしはそのための基礎技術の開発を考えている。コヒーレントなγ線の定常波作成とターゲットへの照射方法の開発じゃな。 超ヒモ理論はしっておるな? おおざっぱに言えばこの世界の余剰次元が畳み込まれて紐化したものが素粒子の源であるという学説じゃな。 素粒子の研究にはとてつもなく大きなエネルギーを持つ粒子加速器が必要じゃ。しかし、それでも素粒子のレベルまでしか実験できておらん。超ヒモの解明にはまだほど遠い。エネルギーの強度不足じゃ。 そこで、位相のそろったコヒーレントな電磁波の多光子を使って、それを達成しようと考えておる。」
「…なんとなく理屈はわかるのですが、でも、不可能でしょう。」
「うむ。 現時点では技術的に不可能じゃ。だからこそ、その基盤技術をわしらの代で作らねば、少なくとも研究に着手することが必要じゃ。 さらにこの高エネルギーを閉じ込めて定常波にして、電子レンジのように超ヒモを『チン』できれば、紐の次元を解放し、その次元をエネルギーに変換できる、とわしは信じている。」
うん。やっぱりこのオヤジは紛う事無きマッドサイエンティストだ。
「チンするって、…できるんですか?」
「わからん。わしも皆目見当がつかない。できるような気がしないな。」
「じゃあ…」
「だからこそチャレンジする価値があるんじゃよ。ゴールのある、ゴールの見えている研究や仕事にはワクワクしない。 そうはではないかね? だいたい研究にゴールがあると考えるのが間違っておる。 研究はな、ル・マン24時間耐久レースみたいなものでの、どこまで行けるかを自らに与えられた時間と競うものじゃ。」
何か、このフレーズはどこかで聞いたことがあるように思う。どこだったかなぁ? 思い出せない。
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指導教授から、E-EDOのダイクボ・プロジェクトへの就職について高リスク高リターンの就職だと聞かされた。ハイ・リターンは研究による論文博士取得、ハイ・リスクはダイクボ先生そのものだそうだ。
「キミの父母がE-EDOに勤めているよね。私にはわからないこともあるから、まず、キミの両親に相談しなさい。」
うん。指導教授は判断を父母にぶん投げた。でも、そのぶん投げると言う判断は適切だろう。
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次の週末に実家の父母に相談した。ダイクボという名前を聞いて二人とも眉根にしわを寄せて、その後に顔を見合わせた。
「一言で言うと、癖の強い夢想家かな。まあ人間的に悪い人ではないとは思うんだけどねえ…。」
「う〜ん。ダイクボさんは、部署も違うからあまりお付き合いがないからねぇ。というかあまりお付き合いしたい人じゃ…ないかなぁ。特にあの笑い声は頭に響くわ。」
父母の人物評も、大概だな。ポジティブとは言えない。
そこで、実家のそばの坂のお地蔵さんのところで、おじいちゃんを捕まえた。
「ブドリ君。キミには狭間の世界で私が師事したクーボ大博士のことは憶えているかな? ダイクボ先生はそのクーボ先生の子孫だ。彼のご先祖が日本に帰化した時にこれまでの名字に『大』をつけたらしい。」
「は〜ぁあ?」
「ダイクボ先生のご先祖も、自己主張の強い方だったんだろうな。 それに彼の先祖のクーボ先生はお前の父方のご先祖様ともつながりが深い。」
「それ、初耳です。」
「明治のはじめの頃に、イーハトーブ火山局に勤めていたクーボ先生のお弟子さんのひとりがブドリ姓の研究員だったそうだ。そして、彼の死後に、日本に帰化した彼の妹さんの子供のひとりが武鳥姓を名乗ったそうだよ。これはクーボ先生から直接聞いたから、…まあ間違いないだろう。」
う〜ん。ご先祖からのご縁?因縁?腐れ縁!があったようだ。
美知子さんにも相談した。
「そんなの、わかんないわよ!」
とキレられた。結婚後の生活基盤の話しなんだけどなあ。まあ、相談されても困るわなぁ。E-EDOに就職なら水田本家から通える。真子かあさんと同居になるけど、美知子さんはそれでいいのかな? 美知子さんと真子ママの嫁姑コンフリクションは回避できるのかな? …巻き込まれないようにしよう。
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ということで、僕は大学院博士後期課程を中退し、E-EDOへ就職することになった。結婚後は水田本家で真子ママ夫妻と同居となる。水田本家は美知子さんの実家の宮澤医院にも近いし…。まあいっかぁ。




