11-コー吉の物語 <カラスへの偏見>
ミヤサワ君とおばあちゃんが歓談している間に、通夜の読経も終わりお坊さんが帰った。その後に畳の間から大きな怒鳴り声がした。
「なんだ、あのカラスは! おふくろもあんなカラスを飼ってたから、死んじまったんだ! 姉—サンもカラスなんか追い出せば良かったんだ!」
あらら、お酒を飲んでいたおっさんがオバちゃんに何か絡みだした。酔っぱらいは嫌だねえ。それに、僕は飼われているわけじゃない。村山のオバちゃんに頼まれて、おばあちゃんの話し相手をしていたんだよ。お友達だよ。
僕がおっさんに文句を言おうとしたら、翼で父カー太ンに止められた。
『ここで鳴くと話しがややこしくなるから、静かにしていなさい。』
おっさんが真っ赤な顔でお酒を呑んでいたおちょこを僕の方に投げてきた。でも全然コントロールがなっていない。おちょこはあさっての方へ飛んでいき、柱に当たって割れた。ここで、村山のオバちゃんがお酒も飲んでないのに真っ赤になって怒りだした。
「なにを言ってるの! あの子は、コー吉はこの1年、おばあちゃんの話し相手になって、お散歩の道案内をして、お世話をしてくれた恩人…恩トリなのよ。お前みたいにおばあちゃんがぼけちゃったらお見舞いにも来ない薄情な息子とは違うのよ。 コー吉に謝りなさい。」
お〜。さすがオバちゃんは僕のことを理解している。でも、おっさんはそんなオバちゃんと僕たちカラス組を交互に睨んでいる。お〜怖い怖い。お手伝いで来てくれた近所のおばさん達はそのおっさんのことを冷ややかに見ている。
「ナンだい、ナンだい。みんなカラスの味方かよ。カラスなんて縁起でもないだろ。何で俺のことをそんな目で見てるんだよ!」
村山のオバちゃんがお手伝いに来ているおばさんの一人に何か耳打ちをした。おばさんはコクリと頷くと、おっさんからは離れたところに座っていた男の人に何か話している。その男の人は暴れているおっさんの後ろから近づき、羽交い締めにした。 いつもの制服は着ていないけど、あの男の人は近所の交番のおまわりさんだな。今朝、僕を撫でていったヒトだ。
男の人はわめくおっさんをつれて、玄関からおっさんを送り出した。後ろから村山のオバちゃんが半分泣きながら、
「お前は明日の葬儀に来なくてもいい! 通夜に暴れる不心得者はいらない!」
と怒鳴っていた。あ〜あ、おっさん、塩をまかれているよ。オバちゃん、清めの塩は葬式の後に撒くものだよ?
おばあちゃんが遺影の前であきれ顔でその様子を見ていた。そして、僕の方を向いて言った。
「ごめんねコー吉くん。怖がらせちゃったね。」
『いや、おばあちゃんが謝ることじゃないよ。』
「でもね…あれでも私の息子だから…親として恥ずかしいわ。」
そうか。親は子の振る舞いにも責任があるのか。あんなおっさんになっても『子』なんだな。ニンゲンって難しいなあ。…僕もカー太ンに恥ずかしい思いをさせないようにしなくっちゃ。
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『〜ということがありました。』
翌日の葬式後に僕は父カー太ンと一緒にブドリ君の家でお通夜での顛末を報告した。
「そうか。この街ではカー太ンの活躍でカラスへの偏見は無くなってきたけど、街の外に住んでいるヒトはまだまだ偏見を持っているんだな。困ったもんだ。」
『カ〜』
父カー太ンも「困ったもんだ」と首を横に振りつつブドリ君に同意している。
ブドリ君が頭を抱えると、父も同じように頭を抱えた。おとうさん、そのリアクション芸はイロイロ使えそうだから、今度、僕にも教えて?
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「それで、コー吉はこれからどうするの?」
ブドリ君の問いかけに僕は首を傾げた。カー太ンも少し不安そうな顔をしている。
『これからどうする、って?』
「村山のおばあちゃんが逝っちゃったから、コー吉が村山さん家に留まる理由は無くなっちゃったよね。」
『あっ!』
僕はうろたえた。おばあちゃんが狭間の世界に行ってしまったいま、僕の村山家でのミッションは強制終了してしまった。
『どうしよう。』
僕は先ほど父から学んだリアクション芸、『頭を抱える』をさっそく活用した。
それを見て、ブドリ君も父カー太ンも苦笑いしている。
「まあそんなに慌てなくても良いと思うよ。」
『そうだな、せっかく巣になじんだのだから、よく考えてどうするかを決めたら良い。』
『…そうだね。村山のオバちゃんに相談するよ。』
そう言うと、ブドリ君が驚いた顔をした。
「えっ! 村山のオバちゃんはコー吉の言葉がわかるの!?」
『うん。わかるみたいだよ。村山のおばあちゃんもわかっていたよ。』
「へ〜ぇ?」
『あと、おばあちゃんが通夜の席で僕たちに謝っていたよ。』
「えっ! コー吉は亡くなった人の魂が見えるの?」
『うん。明け方におばあちゃんの魂が体から抜けていくのがわかったから、騒いでオバちゃんに教えたんだ。』
「へ〜ぇ? コー吉も僕と同じく魂が抜けていくのが見えるんだ。」
『うん。』
「これはミヤサワのお兄ちゃんの言う『救急カラス救助隊』も実現できそうだな。」
『う〜んとねぇ? ニンゲンは魂が見えないの。』
「僕は見えるんだけど、真子ママは見えないそうだし、他の人も見えないそうだよ。僕が小さい頃に『見えることを他のお人に言っちゃダメ』って強く言われたよ。 変な人に思われるって。」
『へえ、そうなんだ。ニンゲンて空も飛べないし…できないことが多いんだね。』
「…そうだね。」
僕とブドリ君の会話を聞いて、横で父カータンが苦笑している。
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村山のオバちゃんと相談した結果、オバちゃんが一人暮らしを寂しがるので、僕は引き続き村山家の庇をお借りすることになった。
さて、おばあちゃんがいなくなって暇になったから、番を探して、子孫繁栄しなくっちゃね。おっと、その前に巣を拡張しなくっちゃ。




