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狭間の世界にて  作者: リオン/片桐リシン
11-コー吉の物語  全3羽
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11-コー吉の物語  <カラスのコー吉とおばあちゃん>

 僕はコー吉、カー太ンの最初の子供の一人?いや、一羽だ。ブドリ君家の庭先のウッドッデッキのところの棚の巣でふ化した。ブドリ君は僕たちカラスではなくニンゲンの子供だ。彼は僕の父のカー太ンの命の恩人だそうだ。幽霊になったおばあちゃんカラスがそう言っていた。でも、ニンゲンは成長が遅い。彼は僕が産まれた時には既に13才で、カラスなら立派な大人、というか長老の年齢だがけど、ニンゲンとしてはまだ巣立つ前の子供だ。だから空を飛べないのかな? でも、ブドリ君のお母さんの真子さんも空を飛ばないから、ニンゲンは空を飛べない生き物なのかもしれない。空を飛べないのは不便だろうし、可哀想だなぁ。


 ブドリ君は父カー太ンと意思の疎通ができる。この意思の疎通には双方からの歩み寄りが必要だ。父カー太ンはブドリ君のしゃべるニンゲンの言葉を理解できる。ただ、ニンゲン語は同音異義語(同じ発音で違う意味の言葉)が多いため、父が理解しにくい言葉はブドリ君に聞き直し、言い換えてもらっているようだ。ブドリ君は僕たちカラスの鳴き声の微妙な違いで表現されるニュアンスを聞き取ることができる。でも、しばしば酷い誤解をすることがある。誤解と言えばブドリ君の番?まだ番ではないけど、多分番いになる…だろう美知子さんは僕たちの言葉をわかっているような顔をして、全然わかっていない。父がよくあきれている。でも歩み寄ろうとする姿勢は評価しよう。僕が彼女の肩や頭に乗ると

 「やめて! カー太ン!」

と父の名を呼ぶ。もしかして、父と僕の見分けすらついていないのだろうか? 困ったもんだ。 ほら、ブドリ君も父カー太ンも苦笑している。


 普通、我々カラスは生後半年で巣立つものだそうだ。でも、わがカー太ン家ではニンゲンとの付き合い方をさらに半年学んでから独り立ちする。僕の場合は父が世話している村山さんに巣立ち後に新しい巣をかけさせてもらうことになった。村山さん家の庭先に、ブドリ君の家と同様に棚を作ってもらい、そこに自分で巣材を集めて自分で巣を作った。親元を離れると、少し寂しいけど、いちいち親から文句を言われなくなるのは快適だ。


 ここに居を移してから、ミヤサワさんのお兄ちゃんがちょくちょく遊びにくる。

 「ねえ、うちの子にならない?」

と勧誘してくる。でも、僕は巣を村山家から移すつもりはない。まあ、ミヤサワの兄ちゃんはお姉ちゃんよりはましかな? 彼はカラスの善き理解者になりたいそうだ。

 「君たち、トリは恐竜の子孫、偉大な龍種の末裔なのだ!」

と、中二病満開で話しかけてくる。まあ、僕たちトリが恐竜の子孫だということはブドリ君からも聞いて知っている。でも、ご先祖様がどんなに偉大でも自分たちがしっかりしていなければ何の意味もない。過去の栄光にしがみつくのはミットモナイ…と思う。

 お誘いには

『アホー、カー(文字通り)』

とお返事申し上げている。そうすると、

 「そうかぁ。残念です。」

と言って帰っていく。この兄ちゃんは意思の疎通ができているみたい?


 ♫ ♫ ♫ ♫ ♫ 


 村山さんの家での僕の仕事ミッションはおばあちゃんのお世話と話し相手だ。村山のおばあちゃんは軽度の認知症とかで、時々散歩の途中でお家に帰れなくなる。だから散歩の時に、迷子にならないように付き添うのが、村山家の庇を貸してもらっている僕のお仕事になっている。おばあちゃんは俗にいう『まだらぼけ』(まだら認知症)で、時々自分が今どこにいるかわからなくなってしまう。そんなおばあちゃんでも、僕を積極的に受け入れてくれて、意思の疎通を計ろうとしてくれる。

 『コーコー(そろそろお家に帰ろう?)』

 「うん ねぇ。お家はどっちの方だったかねえ?」

 『コーコーコー(こっちだよこっち)』

 「そうかい。こっちかい。私もぼけたかねえ。」

 『カー、カー(さあ帰ろう)』

 「はいはい。」

うん。意思の疎通ができている。おばあちゃん、全然ぼけていないよ? ミヤサワのお姉ちゃんよりわかっているよ。


 ♫ ♫ ♫ ♫ ♫ 


 『カー(ただいま)』

 「あ〜、おばあちゃんもコー吉もお帰り。すぐご飯だよ。コー吉君、今日もありがとうね。」

 『カーククク(ご飯たくさん頂戴ね)』

 「はいはい。ご飯大盛りね?」

村山のオバちゃんとも意思の疎通ができている。


 庭先の台の上のお皿に入れてもらったご飯を食べて、軒下の棚の巣に戻る。

 『クークークー(おやすみなさい)』


 ♫ ♫ ♫ ♫ ♫ 


 今日の未明、おばあちゃんが狭間の世界に静かに旅立とうとしていた。布団の中で体が冷たくなっている。

 『ガー!ガー!ガー!(おばあちゃん、起きて! おばあちゃん!)』

一生懸命声をかけたが、目を覚ましてはくれなかった。その僕の声に気の付いたオバちゃんが慌てておばあちゃんの手を握った。オバちゃんは唇を噛み締めて、目に涙を溜めて、泣くのを一生懸命我慢していた。覚悟していたみたい。そして、ミヤサワのお父さんを電話で呼んだ。おばあちゃんは自宅で静かに亡くなることを強く望んでいた。おばあちゃんは認知症と診断される前に『ソンゲンシ宣言コーセイショウショ』?を作成していたので、オバちゃんは救急車を呼ばなかった。


 半透明のおばあちゃんがおばあちゃんの冷たくなった抜け殻の枕元にぼんやりと座っている。おばあちゃんの体と半透明のおばあちゃんの間が切れている。

 『おばあちゃん?』

 「おや、コ−吉かい? わたしゃ死んじゃったのかねえ?」

 『…そうみたい。』

 「なるほどねえ。死んじゃったら、お前さんのことばがもっと良くわかるようになったわ。」

 『そうだね。僕もおばあちゃんの言うことが良くわかるよ。』

 「さて、それじゃ、あの世に行くとするかね。さて、どう行けば良いのかねぇ? 私は昔から方向音痴でねぇ。」

 『うん。おばあちゃんの方向音痴を、僕はよ〜く知っているよ。道案内をミヤサワ君にお願いしたら?』

 「ミヤサワ君?」

 『ほら、ブドリ君のおじいちゃんのことだよ。ブドリ君家の坂のところでお地蔵さんをしているよ。』

 「う〜ん。ブドリ君の家にたどり着ける気がしないねえ。」

 『じゃあ、呼んでくるよ。』


 ♫ ♫ ♫ ♫ ♫ 


 今朝は朝から慌ただしい。ミヤサワのお父さんがすぐに来て、おばあちゃんが苦痛なく安らかに亡くなったであろうこと、つまり臨終を皆に告げた。理想的な『ピンピン・コロリ』だそうな。それを聞いてオバちゃんが泣きながら「よかった…」とちょっとほっとした顔でつぶやいていた。 その後、警察のヒトが『形式的』に確認に来たけど、ミヤサワ父と少しお話をしたら帰っていった。僕は村山家の玄関先に佇んでいた。警察のヒトが

 「おや、カー太ン…の関係者かな? おばあちゃんのお世話、ご苦労様でした。」

と僕の頭を撫でていった。僕は目を細め、撫でるに任せた。 それにしても、う〜ん。この街の警察関係者の父カー太ンへの信頼が厚い。


 ♫ ♫ ♫ ♫ ♫ 


 その日の夕方は、お通夜だった。明後日が友引なので、明日中に葬式を済ませたいそうだ。なんだそれ?


 通夜には父カータンがミヤサワ君を背に乗せてつれて来た。おばあちゃんの遺影の前に座っていた半透明のおばあちゃんが声をかけて来た。

 「おや、コー吉が「ミヤサワ君」って言うから誰かと思えば、水田さんとこのお婿さんじゃないの。」

 半透明のおばあちゃんが、やはり半透明のミヤサワ君に話しかける。

 「ごぶさたしています。村山さん。」

 「水田さ…奥さんは?」

 「今は祠のところで私と並んで座わってますよ。今日は祠でお留守番をしています。」

 「仲が良くて良いわねぇ。うちのは先にさっさと行っちゃったから…」

 「あちらで、『狭間の世界』で出会えると良いですね。」

 「どうだかねえ? …あの人は浮気性だったから、あの世でもう誰かとくっついているんじゃないかしら。」

 「その時はこれでどついてやると良いですよ。」

とミヤサワ君はニヤッと笑っていつも自分がどつかれている理恵子さんの孫の手をおばあちゃんに手渡した。

 「それは良いわね。思いっきりどついてやりましょ。」

おばあちゃんはやはり悪い顔でニヤッと笑ってその孫の手を受け取った。


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