10-カー太ンの物語 <山田の調査報告2>
私はしつこい。ねちっこいと自分でも思う。あの大地震から8年目の今日もSNSの監視を続けている。8年前の『マリアの予言』は衝撃的だった。調べれば調べるほど謎は深まり、予言者の正体はそのしっぽさえも捕まえることができていない。内容などから私の地元の者であると推定?推測されたが、心当たりがない。高校卒業後の追跡調査でもついにわからなかった。
大学の卒論も、このテーマだった。明確な問いかけ、『マリアの予言の予言者は誰か?』は教授の興味を引いたが、問いかけに対する答えが「わからない」ではさまにならない。評価『良』でも通してくれた教授には感謝している。まあ、あれだけの調査、フイールドワークをしても「行政の守秘義務の壁を突破できなかったことはやむを得ない」とされたようである。くやしいなあ。でもその緻密な調査や態度などが認められ、教授推薦枠で私は祖母と同じく地元のテレビ局のレポーター記者に採用された。
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そして、今朝、SNSに『マリアの予言2』が出た。
もう、前の予言から8年近く経っている。『マリアの予言』そのものもネットの上では歴史的な出来事と認識されている。8年間のインターバルは長い。今さらのパクリではないだろう。
『マリアの予言2』の内容は、
・災害は直下型の大地震であること。津波はないこと。しかし、崖崩れや土砂崩れで多くのヒトが生き埋めになる怖れがあること。
・被害地域は当県の北の隣接県。当県の被害は比較的小さい。
・10月の時点でおおよそ1ヶ月後、遅くても2ヶ月後。
地震予知の3要素、規模、場所、時期、いずれも前回と同程度に曖昧である。でも、何月何日に大地震というものよりも、それだけにもっともらしく信憑性が高い。そして、その文体は、『マリアの予言』と似ていた。
そして、驚くべきことには、この予言情報のSNS上の発信時期は、これまた県の消防や防災、警察が動き始めた時期と一致することだ。つまり、行政組織と予言者の間にはやはりつながりがあり信頼関係が存在することを示唆する。残念なことに、消防に努めていた叔父さんは退職しており、そこからの情報は得られなかった。地方テレビ局のマスコミ力を借りて、消防署や県の防災課への突撃取材を敢行した。署長クラスの口は堅い。やはり箝口令が引かれている。でも私も昔のか弱い女子高生・女子大生ではない。ありとあらゆる伝手をたどり、情報を蒐集した。そして、発災直後に予言者本人が行方不明者の捜索支援に現地入りするだろう、という情報を捕まえた。予言者本人に接触するチャンスだ!
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地震は発生した。発生してしまった。
地震に対する防止対策はない。その被害を最小にするための局限対策しかない。それはわかっている。わかっているけど悔しい。我々は無力だ。
発災の翌々日、私は作業着に安全靴、ヘルメットをかぶり、ゴーグルで目を守り、軍手をして、テレビ局の車でスタッフ達と共に被災地に到着した。現場は木造家屋が崩壊し、潰れ、雨で緩んだ地盤が土砂崩れや土石流を起こしていた。『マリアの予言2』とそれに基づく行政の対応、素早い行方不明者の把握と救助初動とにより、死傷者は8年前の地震と同じく被害想定をはるかに下回るものであった。行政よ、おまえもやればできるじゃない。なぜこれまでやんなかったの?
まあ、行政が今回のような緊張状態を常時保つことは確かに厳しいのだろう。だから科学的な地震予知に多額の予算がつぎ込まれているのだろう。予知の有用性をこの8年間に起こった2回の地震は示してくれた。でも、匿名にせざるを得ないような根拠の提示できない予言に人命を預けるまねをしてはいけない。根拠を示すことのできる科学的な地震予知が求められている。一方で、台風などとは異なり、地震は非線形現象の最たるものだ。徐々に事象の推移する台風などはその接近や規模や場所についての予知が可能である。しかし、突然、ほとんど前ぶれなく発生する地震は非線形現象の最たるものである。まっすぐ縦にプラスチックの下敷きの両端に圧を掛けていった時に、この下敷きが右にたわむのか左にたわむのかを予知することすら極めて難しい。たわむ方向だけでなく、突然のたわみの時期すら「経験則」でしか予見できない。そのような非線形現象に地震予知の3要素、時期、場所、規模予想を求めるのは酷だ、…と卒論作成の時に取材した理学部の物理学の先生が言っていた。
人命救助のタイムリミットと言われる黄金の72時間の終了まであと24時間を切っている。ここまでに残された行方不明者は14人、おおよその被災場所も把握されている。ここまで正確に把握できているのはこの地方の行政や警察が今回の地震にも備えていたおかげである。
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私はその土砂崩れで埋まった被災現場にやってきた。がれきと土砂に埋まる被災地の上空をカラスが舞っている。屍肉でも狙っているのだろうか。追い払おうと思い、カラスに近づこうとすると、現場の消防団の人に止められた。 カラスの近くに黒いフード付きのマントを羽織った若い男の人が近づく。その人はカラスに目線をあわせ、ぼそぼそと語りかけているようにも見える。カラスが『グッグッグ』と答える。その人は黒い布をつけた竹竿をその場に刺して、足早にカラスに導かれて次の現場に移動している。
「アレは何をしているのですか?」
と私は消防団の人に問うた。
「あの下に亡くなった方がいらっしゃいます。」
「カラスを使って遺体の捜査をしているのですか?」
「…」
消防団の人は答えてくれなかった。私にはあの黒いフード付きのマントを羽織り、カラスと話しをしているように見えた人が、死神のようにも見えた。そして、トリアージの黒い布をつけた竹竿が死神の鎌のように思えた。
しばらくして、さっきの黒マントの死神のような男が大声で怒鳴った。
「ここだ。まだ生きている。急げ!」
彼は大きな倒木の茂る枝を刺し示している。カラスが1羽その倒木の枝に止まり片方の羽根を上げている。2羽のカラスがその上空を旋回している。3人の消防団員がその男の元へ駆けつける。私ら報道スタッフも少し遅れて現場へ向かう。足下は泥の海で安全靴が脱げそうだ。でも、救助成功はこのような災害報道では最高の「被写体」だ。現場ではエンジンチェンソーで消防団の人が倒木の大きな枝を横から慎重に切り払っている。
「いたぞ!」
木の枝に小学生くらいの女の子が引っかかっている。よくあんな状況で木の枝に埋もれている子を見つけ出せたものだ。カラスもやるじゃない。消防団員の背中が邪魔で現場を上手く映せない。その後15分ほどで女の子は助け出され、消防団の人に抱きかかえられて病院へと運ばれた。スクープだ。特ダネだ。その一部始終を映像に納めた私たちスタッフは、先の『死神』を探したが、既に次の被災者の捜索に、カラスとともに消えていた。
「あのカラスは何なんですか?」
私たちの再度の質問に消防団の現場の式の人が重い口を開いた。
「わかんないねぇ。消防署の偉い人に紹介された、救助カラスのトレーナーだそうだ。」
「救助カラス?」
「そう。行方不明者の捜索を行うカラスだよ。あなたも見てたでしょ? 救助犬と同じように、埋まっている人や見つからない人を探し出す手助けをしてくれているんだ。どうやって見つけ出しているのかはわからないが、上空から行方不明者やご遺体を見つけてくれる。」
「それは、….ありがたいですね。」
我ながら間抜けな言葉だ。消防団のボスは泥の付いた顔を汚れた軍手で拭い、苦笑しながら答えてくれた。
「ありがたいよ。発見効率がすごく良い。今朝から先のでもう七人目だ。この分ならタイムリミットまでにあと七人、見つけ出せるかもしれない。もっと救助カラスとそのトレーナーが増えると良いんだが。今回が試験的な活動で、まだ彼ともう一人しかトレーナーはいないそうだ。彼も学生さんのボランティアだから、まあ無理を言えないしなあ。」
そんな立ち話をしているうちに、先ほど死神君の立てた黒い布をつけた竹竿のところの捜索が行われ、ご遺体が見つかった。おもわず合掌する。消防団のボスも合掌している。黒い布をつけた竹竿は死の象徴だ。死神の『鎌』に見えたのは、口に出せない。
夕方まで、消防団のボスにくっついて取材した。途中で黒マントの男に接触を試みたが、周りの消防団の人に
「後にしてくれ、まだ要救助者がいる。」
と追い払われた。これは仕方がない。マスコミの悪癖に染まった私が悪い。黒マントの彼からは、
「お手数ですが、今日の画像を放送するなら、私の顔にはモザイクを掛けてくださいね。後、声も変えてください。よろしくお願いします。」
と丁寧にお願いされた。明日の昼にインタビューをしたい旨を告げて、彼を見送った。
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昨日午後に取材した映像は、女の子の救出作業だけが放送された。カラスとトレーナの『死神』についてはまだ放映していない。あの後、黒服の彼とまだ接触できていない。後日談として放映するしかない。「死神」と言うパワー・ワードが何か引っかかる。翌日の昼過ぎ、発災後72時間を過ぎてしまった…。
仲良くなった?団長さんを捕まえた。
「あと1人です。でも、難しい場所で…」
最後のひとりの居場所もカラスが見つけてくれたそうだ。その場所には大きな落石があった。おそらくあの岩の下に最後のひとりはいるのであろう。現場でその岩の根元に黒布をつけた竹竿が刺してあった。削岩機で岩を崩さないと、救出はできないだろう、とのことであった。
私たち取材スタッフは黙って手を合わせ黙祷した。
その後、私たちスタッフは現場の捜索本部にもなっている市役所の、死神君の休んでいる会議室へと向かった。
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「ちょっと待っててくださいね。」
市役所の職員さんは私たちを会議室の前で待たせて、ひとり会議室に入り、黒マントの男に取材したいという我々の希望を伝えている。
しばらくして、
「どうぞ。」
と促され、我々は30畳くらいの広さの会議室に通された。部屋では少しくたびれた私らと同じ世代?の男が座っていた。フードは脱いでいるが、髪の毛にも泥がついている。服も泥だらけだ。部屋の空気が悪い。風呂に入れない彼から汗のすえた臭いがする。でも、我々も他人のことは言えない。私らが入室した後から消防団のボスと消防署の偉いさん?が入室し、その後から案内してくれた女の人がお茶を持って来てくれた。彼女は入室した後、ちょっと顔をしかめてから窓を開けて換気してくれた。