10-カー太ンの物語 <山田の調査報告1>
私、『ちゃらんぽらん山田』はステラ・マリス女子高校の課題探求のテーマに『マリアの予言』を選んだ。最初はネットにおけるデマの発生と伝播の調査研究のつもりであった。しかし、この晩秋に実際に北東の県で起きたマグニチュード8.2、最大震度7の津波を伴う地震の発生は、この『マリアの予言』がネット上のいつものフカシの噂とするには「当たり」すぎていた。当地は震度5強で、大きな被害はなかった。しかし、ここから250Km離れた震源地付近では津波に加え、液状化、土砂崩れ、家屋の倒壊など考えられる直接地震被害が多く起きた。しかし、火災被害は少なく、救助活動はスムーズに行われ、設備や物資を備えた避難所や被害者向け仮設住宅もすぐに用意され、交通遮断の復旧などもすごくスムーズだった。災害関連死0人という驚くべき行政の有能さを示したのだ。 …有能すぎる。行政は『マリアの予言』を信じて備えていたとしか思えない。
そして、聞き取り調査の結果、ビックリしたことには、この噂が近隣県の行政で信じられているらしい。広域行政である程度信じられていることは、消防署に努めている叔父への聞き取りで明らかにできた。その一方で、行政を動かした『マリアの予言』の発信元は消防も県の安全・防災担当もかなり上の方から降ってきたものであることはわかった。そして、その内容を上層部は信じており、発信元については箝口令が出されているとのことであった。何か大きな秘密を県や消防の上層部が隠しているとしか思えない。陰謀の匂いがする。好奇心の固まりであったばーちゃんの名に掛けて、この『マリアの予言』の発信元を明らかにするぞ。
マリアの予言は発災の2ヶ月前まで遡ることができる。しかもその発信地はどうやら今私の住んでいる県だと推定された。一番古いオリジナルの『マリアの予言』の内容は、
・災害は大地震であること。津波を伴うこと
(津波が襲うことから海溝地震の可能性が高い)。
・被害地域は当県の北東方向の広い地域。当県の被害は比較的小さい。
・9月の時点でおおよそ2ヶ月後、遅くても3ヶ月後と予言。
地震予知の3要素、規模、場所、時期、いずれも曖昧である。でも、何月何日に大地震というものよりも、それだけにもっともらしく信憑性が高い。
そして、この予言情報のSNS上の発信時期は、県の防災担当や消防や警察が動き始めた時期と一致する。これらの組織がどのような備えをしたのかは、発災後の新聞報道などにより明らかにできた。しかし、行政の備えと『マリアの予言』との関係はマスコミ報道されていない。つまり、行政組織と予言者の間には秘密のつながりがあり信頼関係が存在することを示唆する。もしかしたら予言者は当県の防災関係の幹部かもしれない。実際、消防に努めている叔父さんに聞いても、どうも署長クラス以上には箝口令が引かれているらしい。消防署長級よりも上から情報が落ちて来たらしいが、それ以上は遡ることができなかった。
『マリアの予言』という予言の名称から、私は当初、うちの高校に関係しているのではないかと疑った。ステラ・マリスは「海の星の聖母」すなわちマリア様のことを示す。この地域で聖母を冠する高校は本校しかない。私は祖母『ざっくばらん山本』から3代続けてステラ・マリス高校の出身である。「三代目もクリスチャン」である。ちなみに、ざっくばらん山本は芸能レポーターとしての芸名・ペンネームだ。ベストセラーの恋愛小説「美女とジャガイモ」でも有名だ。そのおかげで私も高校の教員やシスター達に知り合いが多い。聞き取り調査を行ったけど、発災まではこの『マリアの予言』を信じている教員はいなかった。鼻で笑われた。またシスター達は「マリア様の御名を騙るなんて」と憤慨していた。しかし、発災直後から「マリア様のお導き・お助けです」とコロッと180°態度を変えた。ゲンキンなものである。うん。これはうちの高校とは関係ないな。
直前の10月以降のSNS情報はオリジナルの予言者ではないものは、便乗して書き込んだものと思われる。発災時期について、より正確な予言をしているものもあったが、他はほぼ全て外れている。日をあてているものは2件あったが、いずれも発災場所と規模を大きく外している。おそらく、本物の『マリアの予言』は最初に1回出されたものだけであろう。
いずれにせよ『マリアの予言』は存在し、それを当県だけではなく近隣県の行政機関が取り上げて、救援物資などの準備を行い、ハザードマップと避難経路を整備し、行政として周知させ、人的被害を細小にしたという事実は疑うことができない。この『マリアの予言』が根拠のない単なる噂やだれかのフカシではないことを示している。
この調査は高校の課題探求にとどまらず、私のライフワークになるような気がする。




