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狭間の世界にて  作者: リオン/片桐リシン
10-カー太ンの物語 全9羽
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10-カー太ンの物語 <血まみれ夫婦>

 カラスの寿命は長い。野生のカラスで7〜8年だそうだ。野良猫の寿命が3〜5年で、飼い猫が最長20年程度だとすると、飼いカラスは40年くらいの寿命を持つことになる。実際、海外では推定60才の飼いカラスが居るそうだ。そう言えばインコやオウムは50年から90年くらい生きるそうだ。ヒトとあまり変わりがない。種類と場合によってはヒトよりも長生きだ。その上、賢いとなれば、人類が滅びた後に地球を支配するのは鳥人類かもしれない。ニーチェもビックリだ。今のうちに媚を売っておかねば。


 カラスもネコもヒトも、野生環境での寿命は短い。これは幼体の死亡率が高いためである。いまでこそ、日本人の平均寿命は80才を越えているけども、大正時代の平均寿命は45才程度だったそうだ。平安時代まで遡れば30代だったらしい。70才のお祝いの古希は「人生七十古来稀まれなり」と言う漢詩が由来らしい。今では70前に亡くなると「まだ若いのに」と言われてしまう。ヒトでも野生に近い環境での生存は厳しく酷なのだろう。

 ネコと言えば、「ネコの子殺し」はおぞましいけど、野良ではよく見られる。弱く生存確率の低い子ネコを母親が処分する行為だ。体の弱い子ネコほ、他の子ネコの生存にマイナスの影響を与える。母親の行動を制限し、群れに危険を招く。そして、亡くなった後、その死骸はネコを補食するモノを呼び集めてしまう。ほ乳類でもこのような現象が見られる。家ネコでは子殺しの確率が低い。これは十分な食事が与えられ、安心できる環境にあるためであろう。食べ物の心配もなく、敵のいない、安心して子育てのできる環境にいる母ネコは子を殺す必要がない。ヒトも同じかもしれない。


 私とブドリ君は、カー太ンが見つけた親子心中事件に巻き込まれた。


 ♫ ♫ ♫ ♫ ♫ 


 私とブドリ君はぽかぽかと暖かい春の日差しの降り注ぐ窓際の席でぽかぽかと生温いおじいちゃん先生の国語の授業をぽけーっと聞いていた。時たまそよ風が開け放された窓のカーテンを揺らす。穏やかな日差しの中、給食後の授業は眠い。生徒は睡魔と闘っている。もう既に3割以上の生徒は机に突っ伏している。先生も苦笑いしながら、寝ている生徒を特に咎めることもなく、淡々と授業を進めている。授業も終盤にかかる頃、もう起きている生徒は2人になった。先生が

 「おや、まだ起きている生徒が2人もいますね。」

と苦笑いしながらのたまう。

 そんな教室に突然、緊張感が走った。カラスが部屋に飛び込んで来た。「キャー」という女の子の悲鳴が教室に響く。 


 あ!カー太ンだ。 カー太ンは一直線にブドリ君の机の上に降り立ち、ブドリ君に何かを訴えている。どう見えても異常な光景だ。教室は騒然としている。さすがのおじいちゃん先生もこれを咎める。

 「ブドリ君! カラスを外に出したまえ!」

 「先生!緊急事態です。」

ブドリ君は立ち上がり教室の外へと駆け出した。

 「待ちたまえ!」

しかし、ブドリ君はその指示を無視して、カー太ンと一緒に廊下を走る。思わず付いて来た私にブドリ君は建物の入り口の下駄箱で靴を突っかけながら指示を飛ばす。

 「大人をつれて来て。 キミのお父さんと、救急車と、警察を呼んで!」

 「わかったわ。どこへ行けばいいの?」

 「2丁目のスーパーの隣の隣のアパート。」

 「わかったわ。」

私はブドリ君と別方向へ駆け出した。

 父は午後の診察前の昼休みだったが、診察開始を延期して、ダレスバッグを掴んで一緒に駆け出した。看護婦さんと受付の母がぽかんとしている。

 「緊急!ブドリ君案件!」

と私が叫ぶと、すぐに事態を理解して、『本日午後、診察開始が遅れます』の札を玄関に掛けてていた。


 私は通り道の交番に飛び込み救急車と警察の手配を頼んだ。

 「おんや? 宮澤医院のお嬢ちゃんじゃないか。まだ学校の時間だろ? 補導しちゃうぞ(笑)。」

 「ブドリ君案件です。2丁目のスーパーの側のアパートにカー太ンと走っていきました。緊急事態だと言ってました。」 

 「わかった。」

交番にいた2人の警官はすぐに臨戦態勢になり、ひとりは走り出し、もうひとりは無線機でどこかへ通話した。さすが日本の警察は初動が早い。


 アパートの屋根にカラスが2羽止まって、『ここだここだ』とけたたましく鳴きながら羽ばたいている。2階の開いている扉からブドリ君の叫び声が聞こえる。

 「だれか、救急車を呼んで。」

先に走っていった警官が部屋に飛び込む。父がやって来て部屋に入る。私も部屋に入ろうとしたら、

 「ダメだ。お前は入るな。」

と父の鋭い声が飛んできた。


 ここからは伝聞になる。

 部屋の中には若い女のヒトが首に包丁を刺して倒れていたそうだ。部屋の中は血まみれで酷い有様だったそうだ。父が私の入室をきつく静止したのは、その有様を見せないようにしてくれたようだ。その横には小学生の女の子、幼稚園くらいの男の子と、赤ちゃんが首を締められて倒れていたそうだ。父と警官が部屋に飛び込んだとき、ブドリ君は女の子の心臓マッサージと人工呼吸を行っていたそうだ。その後、父が若い女のヒトと男の子と赤ちゃんの死亡を確認したそうだ。女の子はギリギリで蘇生したらしい。すぐに救急車で運ばれていった。その後の聞き込みや現場検証、そして走り書きの遺書から亡くなった若い女のヒト=お母さんの起こした無理心中だろうと警察のヒトが言っていた。

 翌日の朝刊の地域面に小さな記事が載っていた。あの女の人のダンナは、子供達のお父さんは何をやっているの(怒)!?


 ♫ ♫ ♫ ♫ ♫ 


 警察署での事情聴取を済まして、私とブドリ君は放課後の中学校へ送ってもらった。疲れ果ててもう何も考えられない。おじいちゃん先生をはじめ、多くの先生が「何があったのか?」を聞こうと待ちかまえていたが、血まみれでぐったりとしているブドリ君を見て引いていた。英語の若い女の先生は小さな悲鳴を上げていた。私たちは説明することもできないほど、肉体的にも精神的にも疲れ果てていた。送ってくれた警官の方から先生方には事情を説明してもらった。

 放課後の教室に荷物を取りに向かったが、すれ違う生徒達がみんな何も言わずに道をあけてくれた。明日は質問攻めにされるのだろうなあ。今度は『血まみれ夫妻』という二つ名がつくんだろうなあ。そんなことを思いながら、無言で教室に放置していた荷物をまとめ、玄関に戻った。家へはパトカーで送ってもらった。もちろんパトライトやサイレンは消してくれている。

 ブドリ君は明日、触れてしまった血液などから感染などしていないかの検査を受けるために中学校はおやすみだそうだ。仕方がないよなあ。でも、明日、学校で質問攻めにされるのは私一人だ。嫌になる。気が重い。


 ♫ ♫ ♫ ♫ ♫ 


 その夜のミヤサワ家の夕食は重く暗かった。父は午後の診察を短めに済まし。また警察署へ行ってまだ帰って来ていない。

 母と兄と私は夕ご飯をもそもそと食べた。


 夜遅くに父が帰って来た。夕飯は食べれそうにもない、ということで、クッキーをつまみながらコーヒーを飲んでいた。

 「それにしても、ブドリ君はすごいなあ。あの状況でトリアージをやってのけたのには驚く。あの中で救命の可能性があったのは間違いなくあの女の子だけだった。即座にそれを判断し、心臓マッサージと人工呼吸を施したのは…すごい判断力と実行力とそして度胸だ。やはり婿にしてうちの医院の跡継ぎに欲しいな。」

 「だから、私の婿とかいうの、やめて! そんなに跡継ぎにしたいなら、養子にでも迎えたら?」

 「でもねぇ、ブドリ君は武鳥さん家のひとり息子だし、真子さんが手放さないよなあ。」


 「今回もカー太ンの知らせだったんだよね?」

兄はカラスのことしか興味がないのか?

 「そうよ。いきなり教室にカー太ンが飛び込んで来て、緊急事態を知らせたの。」 

 「どうやって事件を察知したのかな? 救命できたなら、心臓停止後5分くらいだったんでしょ?」

 「そうだな。心停止から5分で五分五分、7分経つとほぼ助からないと言われているな。」

 「教室を飛び出してから4分くらいで心臓マッサージを始めたとして、事件発生後1〜2分でカー太ンは事件をブドリ君に知らせたわけよね。空を飛べるにしても早いわよね。」

 「ふ〜む。」

父は口と顎に手をあてて考え込んでいる。

 「常識的に考えて、カー太ンは『死』を察知している…のか? 美知子。どう思う?」

 「わからないわ。そんなことをブドリ君と話したことがないもの。」

 「やっぱり、カラスは死を運ぶ のかしらねえ。」

と母は否定的な見解を述べる。

 「いや違うぞ、お母さん。もしカー太ンが…カラスが死を察知できるなら、その死を事前対応で回避できるはずだ。実際今回も一人は助かった。」

 「うん。そうだ。きっとそうだ。ねえ、父さん母さん。やっぱりうちでもカラスを飼おう? きっと役に立つよ。『救急救命カラス』ってかっこ良くない?」

 「うーん、でもカラスを飼うと風評がなあ。」

 「ねえ、美知子ぉ。交渉して来て?」

 「嫌よ、自分で行きなさい。」


 後日、兄はカー太ンへ直接交渉に行ったが、カー太ンに頭をつつかれ、『アホカ〜』とののしられて帰って来た。


 ♫ ♫ ♫ ♫ ♫ 


 私たちは無事に中学を卒業し、同じ高校へ進学した。好んで同じ高校へいったのでは断じてない。成績で輪切りにされた結果、普通高校がそこしかなかったのだ。でも、くちさがない同級生達は、公認カップルだとか婚約者だとかはやし立てる。


 そして、父よ。頼むから患者さん達に「ブドリ君を婿に欲しい」と公言するのをやめてくれ! その発言が風評被害を招いている。

 何度でも言うが「ジャガイモは趣味じゃない」。ブドリ君本人は私のジャガイモ拒絶宣言を聞いて、困った顔で苦笑いしている。う〜ん。大人の対応だ。



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