10-カー太ンの物語 <死神夫妻>
中1の夏休みの朝、私は近所のブドリ君のお家の裏の坂の方へ歩いていた。中学校の部活の朝練に行くところだ。遠くに小鳥のさえずりが聞こえる。
「おはよう、小鳥さん。」
『ガーガー』
でもそれに答えてくれたのは近所の田んぼに放し飼いのカモだった。
「….」
気を取り直して再挑戦する。
「おはよう、小鳥さん。」
『カーカー。アホー!』
カラスの泣き声、あれはカー太ンだな、テメーは小鳥じゃないだろう! ふざけるなよ!
「だめだ…私はプリンセスにはなれないわ。」
と、肩を落として一人つぶやく。私の後ろの方にカラスが降りてくる羽音がする。振り向くと後ろから、肩にカー太ンを乗せたブドリ君が声をかけて来た。
「オハヨー。 ゥプププ」『ゥクククク』
ブドリ君は目を泳がせながら笑いをこらえている。カー太ンの低い鳴き声が笑いをこらえているように聞こえる。こいつら、いつから、どこからから聞いていた? 恥ずかしくて赤くなる。
「お、おはよう。」
少し声がうわずる。ブドリ君は私の赤くなった顔を見て、口に手をあててそっぽを向いて笑いをさらにこらえている。こいつはかなり前から聞いていたな。コノヤロー! でもその怒りを顔に出さずにすました顔で私は問いかけた。
「ブドリ君はこんなに朝早くから、お散歩?」
「うん。カー太ンが誘って来たんで。…おかげで面白い寸劇を見れたよ。」
こいつぅ。それを口に出されたら、私は怒るしかないだろう?
「みぃたぁなぁ~」
「うん。見ちゃった。プフッ」
ブドリ君は盛大に吹き出した。
「コノヤロー! 一発殴る。そこへ直れ!」
「ごめん、ごめん。許して。」
と言いながらブドリ君は一目散に中学校の方の坂へ逃げ出した。カー太ンはブドリ君の走る上空を飛んでいる。
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追いかけっこしてたら、突然ブドリ君が真面目な顔で立ち止まった。私は勢い余ってブドリ君の背中に顔から激突した。 ヘプッ イテッ!
「ちょっと待って。静かにして。」
さっきまでふざけていたブドリ君の顔が真剣だ。
「どうしたの?」
「何か泣き声が聞こえたような気がした。 カー太ン?どっち?….こっちか!」
ブドリ君はカー太ンを追って迷わず林の中に踏み入る。私も後に続く。また『ランねーちゃん案件』かな?と少し憂鬱になる。
「こっちだ!」
林の中の木にカー太ンがとまっている。数メートル向こうの窪地に小学生くらいの子供が倒れていた。朝露でぬれた落ち葉で足下が悪い。助けに行くと二次遭難しそうだ。カー太ンが片方の羽根を上げている。
「ミヤサワさん、すぐに救急車を。頭を打っているかもしれない。」
ブドリ君はなぜかその子供ではなくその子の頭の向こうの方を見ながら私に指示を出すと、小さな声でつぶやいた。
「まだ切れていない、間に合う。」
ブドリ君、それどういう意味?
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隣町で子供が行方不明になり、山の向こうでは一晩中捜索が行われ、大騒ぎだったらしい。詳しいことはまだわからないが、ブドリ君と私が見つけたのはその子供だった。夜中の真っ暗な林の中で、ぬれた枯れ葉を踏み、窪地に転げ落ちた時に大きな石で頭を打っていた。私たちが発見時に慌てて動かさなかったのは大正解だったようだ。 男の子は救急隊に救助され大きな救急病院に運ばれて、キンキューカイトウ手術を受けたそうだ。頭の打ち所は悪かったがギリギリで一命を取り留めた。危ないところだったそうだ。
確かに息をしていたが、気を失っていた。見つかってよかった。うん? ちょっと待って? 気を失っていたら泣き声は出せない、聞こえないはずだ。
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子供の発見から1時間後、私とブドリ君は林の入り口で警察の現場検証に付き合わされている。貴重な夏休みの1日がまた潰れる。部活の顧問に連絡したいけど、それどころじゃないょなあ。
「また君たちか。」
いつもおなじみさんの警察官があきれた声で言う。
「はあ。すんません。」
おもわず謝る。
「いや、謝ることじゃない。人命救助だ。感謝されることだ。助かると良いなあ。」
警官は救急車のサイレンを聞きながらメモを取り出して聞き取りを始める。
「どうしてこの林の奥に来たの?」
「朝、登校中だったんです。」
「いやぁ、現場は通学路からかなり離れているよね。林の奥では人通りもないし。」
「それは…ブドリ君に聞いてください。彼がカー太ンを、カラスを追って通学路から突然走り出したんです。」
警察官と私はそろって黙りを決め込んでいるブドリ君を見た。ブドリ君は肩にカー太ンを乗せたまま、困ったような顔をして、言葉を探しているようだった。
「えーと、泣き声が聞こえたような気がしたンです。」
うん。確かにあのときそんなことを言っていた。私はそれを肯定するように頷いた。
「う〜ん。でもあの子はそんな声を出せる状態じゃなかったよ。」
「それでも、泣き声が、助けを求めるような声が聞こえたような気がしたンです。信じてもらえないかもしれないけど。 そして、カー太ンが飛んでいって見つけたンです。」
「声が聞こえたについては…記録には残せないよなあ。 う〜ん」
警官は少し疲れた顔をした。いつものことだけどね。
「『飼っているカラスが見つけた』にしておくくかなぁ?」
「カー太ンはペットじゃありません。別に飼っているわけじゃありません。」
「いや、でも、懐いているだろう?」
警官は肩に乗るカー太ンを見ながら質問した。カー太ンはそっぽを向いて目をそらせた。
「カー太ンは友達です。 建前上は野生のカラスです。たまたまうちの庭先に巣を作っているだけです。」
警官は何か察してくれたようだ。
「う〜ん。じゃあ『カラスがけたたましく鳴いているのに気がついて』トいうことにしておこうか。」
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その後、警察署で書類を作成し、その後中学校へパトカーで送ってもらった。部活の朝練の無断欠席は顧問への警官の説明で不問にされた。 でも、また巻き込まれた! 私はブドリ君とセットで『死神夫妻』と噂されているらしい。 夫妻と呼ぶのは事実誤認だ!訂正して私に謝れ。 それに死神も間違っている。あの子は死んでいない。死にかけていたけど…
後日、隣町の警察署で人命救助の感謝状を二人で受け取った。
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警察で書類を作成したその日の夜、家の団らんでその事故発見の『本当の』話が出た。
「すごいね。カラスは賢いね。やっぱり、僕、1羽飼いたいな。 ブドリ君とこのカラス、この間ヒナが生まれたって言ってたよね。分けてもらえないかな?」
「おい、カラスを飼うのはやめてくれ。病院とカラスはトコトン相性が悪い。」
「カー太ンは子煩悩だそうだから、ヒナを渡してはくれないわよ。」
「じゃあさ、巣立ちしたら1羽紹介してくれるように、カー太ンに直接頼んでくれよ。カー太ンは美知子の友達なんだろう?」
「お〜い。父親を無視するな〜。カラスを飼うことは絶対に許さんぞ。 それよりもブドリ君は良い判断だったな。慌てて揺り動かしたりしたら危なかった。」
父はあの騒動のときに、近所の医者として呼ばれ、現場に駆けつけ、救急搬送のお手伝いをしていた。
「二次遭難を避けるためと言っていたわ。それに胸が動いて息をしているとも。ただ頭を打っているかもしれないから、私たちにできる救命処置はない、と私が駆け寄るのを止めて、すぐに消防と警察とお父さんに連絡するように私に指示したわ。」
「中学1年でそこまで判断できるのか。すごい観察力と判断力だな。やっぱり彼を宮澤医院の婿に迎えたいな。」
「やめてよ。冗談ポイよ。あんなジャガイモは私の好みじゃないわ。」
「いつもそういうくせに、よくつるんでいるじゃない。」
と、母が笑いながら混ぜ返す。
「えっ。待って、僕が跡取りじゃないの?」
と、兄が焦りだす。
「オマエは勉強嫌いだろう? 今のままでは医者にはなれんぞ。カラスにかまけている余裕なんかないぞ。」
「うへぇ。やぶ蛇だ。」
我が家の団らんはいつも通りぐだぐだになった。




