10-カー太ンの物語 <カラスのカー太ン>
ブドリ君は一匹のカラスとなかよしだ。よくつるんでいる。しばしばカラスを肩に乗せている。カラスの名前は『カー太ン』だそうだ。こら! 『カー太ン』はカッパの名前じゃないのか? 何でカラスなんだ?
彼は小声でカラスと話しているように見える。何かをお願いしている? 頼んでいる? 命令している? そのように見える。カラスはブドリ君と話すとき、コクコクと頷いたり、小首をかしげたり、首を横に振ってみたりしている。ことばが通じているのか? ブドリ君から何かを頼まれた『カラスのカー太ン』はコクコクと頷くと飛び立ち、しばらくしてから戻って来て、ブドリ君に何かを『ブツブツグッグ』っと報告している。ブドリ君はティマーなのか? カラスを使い魔にしているのか? あれは本当にカラスなのか? 疑問は尽きない。そして、ブドリ君はカラスに一体全体、何を頼んだりしているの?
ブドリ君によると、カラスは頭が良いそうだ。野生のカラスでもだいたい5〜6才くらいの知能、記憶力と思考力を持っているらしい。カー太ンのようにエサを与えて躾ければ、トイレで排便するし、ゴミも荒らさない。そして、カー太ンはカラスの中でも特に賢いそうだ。だから人語もある程度解するらしい。発声器官の都合で、人の言葉はしゃべれないが彼の発声の特徴を理解すれば、会話になるそうだ。それってすごいことじゃないの? 本当かなあ? しかし、不気味だ。 カー太ンよ! 私まで友達認定するのは、ちょっとやめてほしい。 あああ! 肩に乗ってこないで! 肩がダメだからって、頭の上に乗らないの! ブドリ君もニヤニヤしてないで、止めてぇ〜。
♫ ♫ ♫ ♫ ♫
村山さんの家の前でブドリ君が村山のおばさんと何か話している。そう言えば、最近、村山さんのおばあちゃんが少しぼけて来たって、お母さんが言っていたっけ。私は興味本位でブドリ君に声をかけた。
「ブドリ君。どうしたの。」
「あ、ミヤサワさん。」
「宮澤医院の娘さんだったわね。いぇねえ、うちのおばあちゃん見かけなかった? どっか行っちゃったの。」
「え〜っ。大変じゃないですか。警察にはもう連絡しましたか?」
「いえ、警察に連絡したら大事になるしねぇ。ブドリ君とカー太ンに探してもらおうって思って。」
「ブドリ君とカー太ンに? 探すって?」
「ブドリ君ねぇ、カラスを使っておばあちゃんを探してくれるの。もう何回かお願いしたわ。 …ということで、ブドリ君、またお願いね。」
「はい。」
といって、ブドリ君は肩の上に乗っているカー太ンに小声で何か話している。カー太ンがコクコクと頷く。
「よろしくね。」
というブドリ君の声が聞こえ、カー太ンは彼の肩からバサバサと飛び立った。
「じゃあ、おばさん、行きましょう。」
ブドリ君は村山のおばさんを促し、山の方へ歩き出した。不可解に思いながら、私もブドリ君達に付いていった。
カー太ンは時々旋回しながら山の麓の方へ飛んで行った。しばらくして畑の上で
『カーカーコーコー』
と大きな声で鳴いた。なぜか私にはそれが『居た居た。こっち来お』に聞こえた。まさか私までカラス語を理解できるようになったのだろうか。う〜、それは嫌だ、不本意だ。 カラスの言葉がわかるヒトはカーリンガルとでも呼ぶのだろうか。
畑の側におばあちゃんはうつむいて体育座りしていた。
「ブドリ君、今回もありがとね。」
おばさんはほっとした顔でブドリ君にお礼を言っていた。
「いいえ、カー太ンが見つけてくれたんですよ。お礼はカー太ンに。」
「カー太ンもありがとね。 あとでお肉をあげるね。」
おばさんはカラスにもしっかりとお礼を言っていた。カー太ンはそれに一声返した。
『カーククク』
私にはそれが『どういたしまして』に聞こえた。後でブドリ君に聞いて、答え合わせをしよう。
肩にカー太ンをのせたブドリ君と並んでの家への帰り道、私は答え合わせを試みた。
「ブドリ君、カー太ンが最後に一声、『カーククク』と鳴いたけど、アレはなんて言ってたの?」
ブドリ君は苦笑して言った。
「『たくさん頂戴ね。』だよ。」
カー太ンは図々しくもお礼に注文をつけていたよ。
『アホー』
と一声鳴いてカー太ンが当然と言わんばかりに彼の肩の上で胸を貼っている。何を言っているのかわからない。私のカラス語ヒヤリングはまだまだのようだ。
「今の『アホー』は? 何といってるの?」
「う〜ん。ミヤサワさんは知らない方が良いかな?」
ブドリ君は苦笑している。カー太ンは『カー』と鳴いて、ミヤサワ君の肩から私の頭の上に跳び乗った。あー、もういいわ。でも、そこでうんちをしないでね。
「ところで、あんな迷子? 迷子ばーちゃん騒動はよくあるの?」
「うん。たまにね。村山さんに頼まれるのは月に一回程度だけどね。」
「月に1回って結構、頻繁じゃない。」
「まあね。だからカー太ンも村山のおばあちゃんの行動パターンを憶えちゃって、すぐに見つけ出すことができるようになっちゃった。」
「カー太ン。あなた結構賢いのね。」
カー太ンは私の褒め言葉に
『グワッ』
と答えた。私はブドリ君に聞いた。
「今のは?」
「『当たり前だよ』だってさ。」
う〜ん。賢い。カラスはバカにできない。それどころか、バカにされかねない。
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夕飯後に、父母兄に今日の出来事を話した。
「〜〜と、いうことがあったの。」
母と父は
「まあ、村山さんも大変ね。」
「そうだな。おばあちゃんに怪我はなかったかい。」
と問うた。
「怪我はしてなかったわ。居なくなってすぐに見つけ出せたみたいよ。」
村山さんのおばあちゃんはお父さんの診ている患者さんのひとりだから、そこが気になるようだ。
「それにしてもカラスって賢いんだね。」
と兄が感心している。
「そうだね。特にブドリ君のとこのカラスはハシボソカラスだから賢いんだろうね。たしか堅いクルミの殻を車に轢き潰させて割る技を開発したのがハシボソだった…かな。ヒトと同じように道具を使い、創意工夫をする能力を持っているんだ。それを雛鳥のころからブドリ君に育てられたから、人間にも慣れているし、彼の言うことを聞くようになるんだろうな。」
「へ〜、それなら僕もカラスを飼おうかな?」
「やめてくれ。病院の玄関でカラスが「ガー」って鳴いているのは、縁起が悪いし見栄えが悪い。どうしてもカラスには死の使いみたいなイメージがあるからなぁ。」
「お父さん。カラスってどのくらい賢くなれるの? 何かブドリ君のペットというより友達のように振る舞っていたわ。」
「そうだなあ。野生のカラスは5〜6歳児程度と言われているな。お前の好きなゴールデンレッドリバーと同じ程度だな。でも、しつけられて育った犬と野生のカラスが同じ程度なら、…しつけられて育ったカラスがどれくらい賢くなるのか、想像もつかないよ。」
鳥の方がほ乳類より賢いとは…侮れん。お部屋の犬のぬいぐるみが急に色あせたように思われる。でもカラスのぬいぐるみは…ナシだよなあ。かわいさを追求している私のお部屋にはあり得ない。
「でも、不気味よねえ。」
母は否定的だ。父は感情ではなく論理で分析する。
「う〜ん。イヌと違ってカラスは感情表現に乏しいから、何を考えているかわかり難い。だから、不気味に感じるんだろうなぁ。」
「じゃあ、カラスと会話できれば不気味に感じなくなるのね。ブドリ君はカラスと会話していたわ。」
「それはすごい。信じられないけどねぇ。でも、会話できるならカラスはヒトの良い友人になれるな。」
「でも、ゴミをあさって散らかすし。」
「いや、母さん。それは単なるイメージじゃないかな。このご近所でカラスのゴミあさりを私は見たことが無いぞ。カラスの糞害もないし。」
「あら。本当ね。」
「ブドリ君のカラスが周りのカラスに言い聞かせているのかもしれないね。」
「まさか…ねぇ」
「なんというファンタジー。ますますカラスを飼いたくなった。」
「でも鳥獣保護法で、カラスは飼えないんだよ。」
「じゃあ何でブドリ君はカラスを飼っていられるのさ?」
「あれは飼っているというのではないだろう? 檻に閉じ込めているわけでもないし。小鳥の巣箱を掛けているのと同じだろう? 時々エサを与えているだけだし。飼っているというより、まあ…お友達だな。」
「ドリトル先生かな?」
「彼のおじいさんの『ミヤサワ君』も私の従姉妹の水田真子さん…今は武鳥さんも学者だからなあ。ドリトル先生も博物学者だったかな。まあ、学者には変人…ンンン…失礼、世間の常識からはずれたヒトが多いから、ブドリ君も世間の常識で計ってはいけないと思うよ。」
「そうね。小学校でも浮いているわ。いつも地面を掘り返して化石や変な石を探しているわ。」
「あはは。『栴檀は双葉より芳しい』だな。あの子は頭も良さそうだし、オマエの婿にでもするか?」
「冗談はヨシコさん。あのずれたジャガイモと結婚するような趣味はありませんヨ〜だ。」
「おじいちゃんの話しでは、ブドリ君のおじいちゃん、僕の叔父さんはかなりずれたジャガイモだったそうだよ? それでも美人の奥さんと大恋愛で結婚したそうだよ? 本人より、むしろ奥さんの方が結婚に積極的だったそうだよ。」
「ウッソ〜ダ!!!」
私は悲鳴のように叫んだ。母はハハハと笑っている。兄はなぜか苦笑いをしている。




