09-ブドリ君の物語(第2部プロローグに代えて) <河原の石 >
日曜日の朝、川の土手で麦わら帽子に半ズボンランニングシャツのブドリ君を見かけた。
「ブドリ君。 そんなところで何やってんの?」
「化石掘り。 この川の上流に古い石灰岩の地層があるんだ。」
「石灰岩?」
「そう、石灰岩。 ほらこれ!」
ブドリ君は灰白色の少し大きめのこぶし大の石を指差した。
「この石はノジュールと言われるものなんだ。ごく稀にこの中に化石が隠れているんだ。」
そう言うとブドリ君石をまじまじと眺め、「ここかな?」とつぶやくと、黒のマジックで印をつけて地面に置き、ハガネとハンマーでその石を割った。石はきれい二つに割れた。その断面に何か模様がある。
「ほらこれ、小さな貝の化石だ。」
「ちっちゃいね。恐竜の化石は見つからないの?」
ブドリ君は笑いながら答えた。
「無理だよ。ここは崖からはがれ落ちた石が流されて来る場所だから、恐竜みたいな大物はとれないよ。」
「ふ〜ん!? つまんないね。」
ブドリ君は私の反応に苦笑した。
「いや、この貝は海の底にいたんだよ。それが化石になって、海の底がせり上がり、山になって、そこから転がり落ちて、そして今ここにあるんだょ。ロマンだよ。」
「ふ〜ん? そんなものなの? その貝の化石は売れるの?」
「売れないねぇ。だれもお金を出してまで欲しいとは思わないよ。」
「な〜んだ。つまんないわね。」
ブドリ君は盛大に苦笑して言った。
「男のロマンはお金に換算できるもんじゃないよ。」
「ブドリ君のくせに、まだ小学生のくせに、何をカッコつけてんのよ。」
私も苦笑した。
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その後、ブドリ君は黙々と土手の石を掘り返しては割っていた。私はそんなブドリ君の行動ををその横でしゃがんで眺めていた。それから30分ほど経って、ブドリ君はハッとした表情で立ち上がった。
「ミヤサワさん。あのね…、ちょっと嫌なことに付き合わせるかもしれない。 ごめんねっ。」
といって、10メートルほど川上の土手を小さなショベルで一心不乱に掘り始めた。
私にはブドリ君が何を言ったのかわからない。何かを探すかのように、一生懸命に土手を掘っている。やがて彼は小さな茶色い石を掘り出し、ピンセットでつまみ上げ、小さなビニール袋にそっと入れた。
「これかぁ。」
「何それ? 化石?」
「いや、骨だけど…化石じゃない。…おそらく、人の骨だ。 ごめん。大人と警察を呼んで来てくれる?」
それから大騒ぎになった。その茶色いものは本当に人骨だった。おそらく手の指のかけらだと、警察の鑑識の人が言っていた。発掘捜査の結果、さらに左手の骨と指輪が見つかった。指輪と骨のDNA鑑定から、10年前の洪水で行方不明になっていた女の人の遺骨だと断定された。
ブドリ君は何であの石ころのようなものが人の骨だとわかったのだろう?
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それから1週間後、私は河原の土手を懲りずにほじくりかえしているブドリ君を捕まえて、問いただした。
「何であのときあの骨を見つけることができたの?」
ブドリ君は目をそらした。その目が泳いでいる。
「ななな..何のこと?」
「とぼけないで! あのとき、迷わずに土手を掘り返して骨を見つけたわよね。」
「いや? たまたまだよ。たまたま。アハハハハ…」
笑い声がわざとらしい。
「あなたあの時、土手を掘る前に『嫌なことに付き合わせる。ごめん』って言ったわよね。あれは、どういうこと。」
「アハハハ…ハァ」
「笑ってもごまかされないわよ。あなたは、あそこに骨が埋まっていることを知ってたわよね。 あなたが埋めたの?」
「埋めたって、そんなわけないじゃん。」
「じゃあどうして知っていたのよ。」
「…」
「教えなさいよ。黙っていたら、わからないじゃないの。」
問いつめたところ、ブドリ君はぼそっと言った。
「他の人には絶対に内緒にしてくれる? 約束できる? 」
「や…約束するから教えなさいよ。」
ブドリ君は少し考えた後でしゃべり始めた。あ〜、あんなこと聞くんじゃなかった。
「…居たんだ。」
「誰が?」
「…半透明の女の人がそこの土手を素手でほっていたんだ。」
私はゾッとして、掴んでいたブドリ君の襟首を離し、3歩後ろへ下がってから、遺骨の発見現場の方を見た。
「ナナナ…何よそれ。 幽霊なの?」
「ミヤサワさん。お願いだからこの話しは内緒にしておいてね。」
「バッ…バカね、そんなこと誰にも言えるわけないじゃないの。言ったら私まであなたの同類の変な人にされてしまうわ。」
私は一目散に駆け出して後ろも見ずにその場から逃げた。
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でも、なぜか私は同じような事件にブドリ君と巻き込まれ、私のあだ名は『ランねーちゃん』になってしまった。何で『ランねーちゃん』なのだ。殺人事件に遭遇したわけではないのに…。私には美知子という立派な名前がある!
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