08-祖父母の物語 (第1部エピローグに代えて)<祖父母>
水田のおばあちゃんの住んでいた家の表札には、三つの名字が並んでいます。左から『武鳥』、『水田』、『宮澤』です。
『武鳥』は今の我が家の名字です。僕ももちろん武鳥です。『水田』はお母さんの旧姓でおばあちゃんの名字でした。だから、この家は水田の実家でお母さんの弟の水田の叔父さん達といとこ達が正月やお盆に遊びに来ます。『宮澤』は婿養子に来たおじいちゃんの旧姓だそうです。近所の宮澤サン家がおじいちゃんの実家だったそうです。僕と同じ小学校の同学年の宮澤さんはまたいとこです。
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うちから高台の上の中学校の方へ抜ける細い坂道の麓の扉の無い小さな木造の祠の中にいる2体の石造りのお地蔵様は、水田の叔父さん達とお母さんが、おじいちゃんとおばあちゃんを偲んで作ったものだそうです。右側のお地蔵様は緑色のチロル地方のとんがり帽子のようなものをかぶり、左側のお地蔵様はピンク色のスカーフをショールのように肩にかけています。この服装は、おじいちゃんとおばあちゃんの生前のお気に入りだったそうです。おばあちゃんはともかく、おじいちゃんは変な人だったんだろうなぁ。
このお地蔵様の祠の前の石段には、薄青く透けている半透明な小さなおじいさんとおばあさんがお地蔵様と同じ服装で並んで座っています。おそらくこのお二人は、僕のおじいちゃんとおばあちゃんなのでしょう。
先日、試しに祠の前で、
「おじいちゃん? おばあちゃん?」
と声を掛けてみたところ。お二人はにっこりと微笑み、頷いていました。その日から、僕にはおじいちゃんとおばあちゃんの姿だけではなく、その声も聞こえるようになりました。おじいちゃんはミヤサワ君、おばあちゃんはリエコさんというお名前だそうです。そしてお二人は僕のことをときどきですが、アーちゃんと呼びます。
おじいちゃんは生前からあの世?狭間の世界と現世を行き来できたそうです。そして今でも現世でさまよっている人、特に子供や赤ん坊たちを狭間の世界に案内したり、現世で迷子にならないようにしているそうです。ただ現世に単身赴任するのが寂しくて嫌で、狭間の世界に後から来たおばあちゃんに頼み込んで一緒に現世でお仕事をしているそうです。そして、おじいちゃんやおばあちゃんを見ることができて、お話しできるのは、どうやら僕だけらしいとのことでした。『カクトクケイシツのイデン』って何?『カクセイイデン』ってそれ何? それっておいしいの?
「おじいちゃん? 僕がおじいちゃん、おばあちゃんをみることができるってことを、ママやうちの親戚の人に教えても良い?」
と尋ねました。おじいちゃん、おばあちゃんは顔を見合わせて考えてから答えてくれました。
「そうだね。真子ママには伝えても良いだろう。でもね、武鳥クン、君のお父さんやその他の人には黙っておきなさい。現世から去ったはずの家族が自分の周りをうろうろしていると知ったら、いろいろ不快になることもあるだろう。そして、なによりオマエが変な人と思われてしまう。」
「え〜。おじいちゃんおばあちゃんが見えてお話しできる僕は変な人なの?」
「十分に変な人だよ。変な人で済めば良いが、危ない人、ヤバい人、おかしくなった人と思われてしまうかもしれないよ。」
「それは困るな。」
「そうだろう? だから話すなら真子ママだけにしておきなさい。」
「真子ママ…お母さんにはしゃべっても、大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。あの子は狭間の世界のこともおじいちゃんが現世と狭間の世界を行き来できることも知っているよ。そうだ、試しに真子ママに『まりこさん?』と呼びかけてごらん。おもしろいことになるよ。」
とおじいさんがいたずらっ子の顔で言うと、横に座っていたおばあちゃんが不快さを隠さない顔で口を挟んだ。
「だめよ、そんなイタズラをしては。ただでさえ真子はこの子がおじいさんの生まれ変わりじゃないかって少し疑っているんだから。そんな紛らわしい、誤解を増長するようなことしちゃダメよ。」
そう言いながら、手に持った孫の手でおじいちゃんをどついていた。
「へっ? 僕、お母さんからおじいちゃんの生まれからりだと思われているの?」
「思われているというより、ちょっと疑われているんじゃろうな。」
といって、おじいちゃんは楽しそうにケラケラと笑った。その横でおばあちゃんはさらに渋い顔でおじいちゃんを孫の手でしばいていた。
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「ところで『まりこさん』ってだれ?」
「真理子サンは、この理恵子おばあちゃんのお姉さんだった人、現世ではオマエの大伯母様だよ。若くして交通事故で亡くなっちゃったけどね。」
「へえ、そんな人がいたんだ。だからお母さんは人工知能による交通事故の防止を研究してたんだ。」
そのおじいちゃんのコメントにおばあちゃんが補足した。
「そうよ。私たち水田家のひいおじいちゃんやひいおばあちゃんや私の悲しむ様子を見て、交通事故をなくすための研究を決心したの。」
「理恵子バーサン!」
おじいちゃんがおばあちゃんに注意を促す。おばあちゃんは『あっ!』という顔をして口を手で覆った。
「おばあちゃん、なんか時期が微妙に合わないような…」
おばあちゃんは僕の疑問にかぶせるように。
「少しボケたかねえ…アハハハ。」
とごまかすように笑った。その横でおじいさんも盛大に苦笑いしている。
「むしろ孫のオマエにわしらが見えることを告げた方が真子ママはイロイロと安心するだろうな。」
とおじいちゃんは笑いながら言った。
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実際に、僕が祠のところでとんがり帽子をかぶったおじいちゃんとピンクのスカーフのおばあちゃんとお話ししたことをお母さんに告げたところ、お母さんは目玉が落ちるかと思うくらい目を見開き、その目に涙を浮かべ、そして手で胸をなでおろして「よかった」とつぶやいた。何を安心したんだろう? そして、おじいちゃんとおばあちゃんが時々僕を『アーちゃん』と呼ぶことを告げると、泣きながら僕をぎゅっと抱きしめた。
そして、僕がおじいちゃんやおばあちゃん、その他にも透けた人を見ることができることについては、
「絶対に他の人に言ってはダメよ!」
と、強く禁止した。
お母さんに「まりこさん?」という質問?呼びかけ?はまだ行っていない。
第1部 ミヤサワ君の物語、ここまでです。
第2部 ブドリ君の物語 へ続きます。




